第16話 メイド少女と異形の神編

 翌日の放課後、俺は家の近所にある八咫鉄神社やたがねじんじゃへやってきた。


 昨日、頚切神社で思い出した事は事件の真相に迫る重要なヒントだが、しかしそれはあくまでも俺の主観でしかない。

 今日この神社へ訪れたのも、自分の記憶だけではなく、他の視点から過去の謎に迫るヒントを探るためだ。


「つっても、ごくごくありふれた普通の神社なんだよなぁ……ここ」


 強いて言うなら本殿の裏にエロ本がよく捨てられているというくらいか。

 なので、『スマホは高校生から』というご家庭の中坊たちが、貴重なエロを求めてたまに境内をウロウロしていたりするのだが、幸いにも今日は誰もいないようだ。


 気まずいもんな。エロ本探してる時に誰かとばったり会うのって。


「……あ」

「む?」


 とか思ってたら境内の裏の木陰で捨てられたエロ本を読んでる女性宮司さん発見。

 やっべ見つかった! 逃げろ!


「待て少年。なぜ逃げるのだ」


 条件反射で逃げ出した俺に、宮司さんがもの凄い勢いで追いついてきて捕まってしまった。

 やべーよこの人。足速すぎだろ。そんな重たそうな双子山ぶら下げといてよく走れるものだ。


「い、いやぁ、ハハハ……。つい条件反射で」

「ふむ、見たところ白鳥はくちょうもどきの生徒か。悪いがお目当てのブツは健全な青少年に相応しくないので没収だ」


 白鳥はくちょうもどきとはウチの高校のあだ名だ。

 由来はぱっと見字面の見分けが付かなくて紛らわしいから。

 ちなみに隣町には県内有数の進学校である白鳥学園はくちょうがくえんがあるので、そことの比較の意味もある。


 白烏しろからす白鳥はくちょう。どちらが偏差値が上は言うまでもない。が、ウチの高校は意外にも著名なアーティストや有名人を多数輩出してもいるので、案外バカにはできない。


「いや、エロ本目当てじゃないんすけどね。つーか、そういうお姉さんは何者っすか。去年までここに女性の宮司なんていなかったと思ったんすけど」

「私はこの神社の娘だよ。今まで県外の神道系の学校へ通っていて、今年の三月に卒業してこっちに戻ってきたのさ」

「なるほど、それで」


 女性の神職というのも珍しいと思ったが、最近ではそういう人も徐々に増えてきているらしい。

 個人的には美人で巨乳な宮司さんが近所の神社にいてくれるのは大歓迎なので、嬉しい限りではある。

 今までとは別の意味で参拝客が増えそうだな。


「ところで、エッチな本が目当てではないなら、こんな特に面白くもない場所に高校生が何の用だね。参拝に来たという訳ではなさそうだが」

「特に面白くもないって自分で言っちゃうんすね……。実は俺、オカルト研究部なんすけど、この神社のお祭りについて調べてまして」

「ふむ……。さしずめどこぞの三流雑誌でも見て五年前の失踪事件について調べに来たのだろうが、私は何も知らないぞ」

「失踪事件、ですか?」

「おや? まさか知らないで来たのか」


 スマホで検索してみると、それらしき事件の記事はすぐに見つかった。

 なんでも、先代の宮司が祭りの最中に神事を投げ出して突如行方不明になってしまったらしい。

 特に金に困っていたという訳でもないらしく、失踪の動機も不明で、警察も行方を捜査したが結局何の手掛かりも見つけられず、捜査はすでに打ち切りになっているようだった。


「この宮司さんってもしかして……」

「私の父だ。少なくとも、私の知る限りでは十年に一度の大事な神事を放り出して失踪するような不真面目な人ではなかったよ」


 宮司の謎の失踪か。

 あの儀式とも無関係とは思えないが、それがどう関係しているのかが見えてこない。


「ああ、そうだ。聞きたいことがもう一つ。町の外れに頚切神社ってあるじゃないっすか。そこってこの神社と何か関係あったりするんですか?」

「む? あそこは確かにウチも管理に携わっている神社だが、関係と言われればその程度でしかないぞ」

「携わるって事は、複数の神社が共同で管理してるんすか?」

「ああ。あそこは祀っているモノが特殊だからな。清掃は持ち回り、祭事は共同で行なっているんだ。父曰く、『神様と一定の距離を置くため』らしい」


 なるほど。確かにアレに目を付けられたら碌な事にはならなそうだ。死後あの世にちゃんと行けるかどうかも怪しい。


「……そういえば十年に一度の祭りも、あの神社に祀られている夜鳥羽の巫女の力を弱めるためのものだと、子供の頃に聞いた覚えがあるな」

「そうなんですか?」

「ああ。ただ、資料の殆どは父が持ち去ってしまったから、詳しい事は今となっては歴史の闇の中だ。……と、私が話せる事と言ったらこのくらいだな」


 夜鳥羽の巫女。また怪しげなワードが出てきたな。

 図書館に資料とか残ってないだろうか。まだ閉館まで時間もあるし、ちょっと行ってみるか。


「今日はお話聞かせてもらってありがとうございました」

「うむ。不純な目的でなければいつでも来るといい。今年もいつも通り夏に祭りがあるから、その時に手伝いにきてくれても構わないぞ」

「んじゃ、そん時は部活の仲間も連れてきますわ。ってか、エロ本目的じゃないですって!」

「ふふふ、冗談だ」


 ぐぬぬ。大人のお姉さんにからかわれた。

 ともあれ、巨乳な神主さんに見送られ、俺は神社を後にして町の図書館へと向かった。



 ◇



「っだとオラァ!? もっぺん言ってみろやクソガキワレェーッ!」

「臭ぇ息吐いてんじゃねぇよって言ったんだよこの木偶の坊が!」


 図書館へ向かう途中、河川敷でヤンキーたちが喧嘩していた。

 どうやら五対一のようで、五人組の方は地元でも有名なヤンキー校の黒羽高校の生徒らしい。


 対する一人は……って宇治原じゃねーか! 何やってんだよアイツ!?

 宇治原の少し後ろで中学生らしき少年が腰を抜かして怯えている。つーかあの制服、西中のやつじゃん。つまり俺の後輩だ。


 なるほど、状況は大体察した。

 おそらく、黒羽の奴らが少年に絡んでいたところを宇治原が見かねて助けに入ったのだろう。

 しかし、いくら義は宇治原にあれど、流石に五対一では分が悪い。


 助太刀してやろうと俺が走り出すと、黒羽側のリーダーらしき大柄な男が宇治原の腹にコンパクトな動きでボディーブローをブチかました。

 体格からなんとなく察しはついたが、やはり格闘技の心得があったようだ。


 だが……。


「なっ!?」

「なんだぁ? そのへなちょこパンチはよぉ……?」


 二〇センチ近い体格差から繰り出された強烈なブローはしかし、片手で完全に抑え込まれていた。

 宇治原の背後にフランスパンみたいなロングリーゼントの守護霊が現れ、宇治原に重なるように憑依する。

 すると宇治原の身体から膨大な量の霊力が溢れ出し――――、


「お返しだオラァ!」


 宇治原のアッパーカットが黒羽のリーダーの顎に突き刺さった。

 ヘビー級の巨体が大きく宙を舞い、川面に水柱が立つ。


 えぇぇぇぇぇぇっ!? 何アレ!? 憑依合体!? ってかアイツあんなに強かったっけ!?


「か、関係ねぇ! 数じゃこっちが上だ! フクロにしちまえ!」


 巨漢のリーダーが漫画みたく吹き飛んだ衝撃から一早く立ち直ったのは、悪知恵の働きそうな出っ歯だった。

 おそらくアイツが頭脳担当なのだろう。

 数の有利を思い出した黒羽の不良たちが警戒しながらも宇治原を取り囲む。させるかよ!


「助太刀するぞ宇治原ぁ!」

「ふげっ!?」


 不意打ちで出っ歯の背中にドロップキックをお見舞いして、場に乱入する。出っ歯野郎が予想以上に大きく吹き飛んで、リーダーと同じく川へと落ちた。

 ……いやいや。流石におかしいだろ。五メートルは吹っ飛んだぞ。


 あ、もしかして魂が強くなると身体も強くなるっていうアレか?

 え、待って。じゃあなんでさっき宮司さん俺に追いついて来れたの? 


 ……ま、まあ、それについてはおいおい考えるとして、今はこのアホどもを片付けるのが先だ。


「で? これで三対二だけど、まだやんのか?」

「し、白髪頭のチビ!? まさか西中の狂犬チワワか!?」

「あぁ!? 誰がチワワだテメェコラ!」

「ち、畜生! 覚えてやがれ!」


 残った三人へ俺が挑発すると、ニキビ面のロン毛野郎がありきたりな捨て台詞を吐いて、川に落ちた二人を引き上げて去っていった。

 仲間を放置して逃げなかっただけまだマシな部類だな、アイツら。


「よぉ兄弟! 来てくれるとは思わなかったぜ」

「偶然だよ。あと、さっきの超パワーは親父さんのおかげだから、今夜仏壇で感謝しとけ」

「マジで? そっか。今の守護霊、親父なんだな。道理で最近調子いいはずだわ」


 得心いったようにうんうんと頷く宇治原。

 ともあれ、ひとまず一件落着のようだし、早く図書館に行かないと閉館時間になってしまう。


「んじゃ、俺これから図書館で調べなきゃいけねぇ事あっから」

「おう、あんがとな兄弟!」

「あ、あのっ!」


 と、その場を去ろうとした俺の背中に声がかった。

 振り返ると、そこには憧れのヒーローを見るようなキラキラした視線を向けてくる華奢な美少年が一人。


「ぼ、ボクを弟子にしてくださいっ!」


 突然の弟子入り志願に宇治原と二人顔を見合わせる。


「弟子って、俺たちにか?」

「は、はい! ボクどうしても強くならなくちゃいけなくて……。それで、お二人の強さを見てこの人たちしかいないって思ったんです! だからお願いします! ボクを弟子にしてください!」

「まいったなこりゃ……」


 あまりにも真っすぐに見つめてくる少年を前に、宇治原が困ったように頭を掻いた。

 何か事情がありそうな雰囲気だし、なにより後輩の頼みを無視するのも後味が悪い。


「とりあえず事情だけでも聞いてやろうぜ」

「だな」


 と、そんな訳で図書館へ向かう道すがら、少年から事情を聞くことにした。


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