第14話 メイド少女と異形の神編
翌日。
朝食のトーストを齧りながらふとテレビを見ると、例のカルト教団の教祖と幹部たちが逮捕されたニュースが映っていた。
どうやらあの教団は警察もマークしていたらしく、騙されていた事に気付いた信者たちからの通報が決め手となり強制捜査に踏み切ったようだ。
「あ、そういや小春さ。最近美羽ちゃんに変わった様子とかないか?」
「え? 特にそんなこと無いと思うけど。なんで?」
「いや、美麗さんがさ。迷子になって帰ってきてから美羽ちゃんに違和感があるっていうから」
「うーん、そうかなぁ。別にいつも通りだと思うけど」
十年の付き合いがある小春でも気付かないような些細な違和感か。
なんだろう。気になるがデリケートなことかもしれないし、俺が本人に直接聞く訳にもいかないよな。
「もしかして何か悩みでもあるのかもしれないし、小春も力になってやってくれ」
「わかった。今日それとなく聞いてみるね」
朝の準備を済ませて家を出た俺は、いつもの十字路でタッツンと合流して学校へ向かう。
「おっ、ヒロ。おはよう。ニュース見た?」
「ああ、あの教祖たち逮捕されたってな。いい気味だ」
「ところで、昨日振り回してたアレはなんなん?」
と、バットの素振りみたいなジェスチャーを交えてタッツンが訊ねてきた。
そういえばまだ言ってなかったっけ。
「あ? ああ、一昨日の夜に猿夢見ちまってさ。そん時に猿面の鬼から奪い取った。なんか地獄の拷問具なんだとさ」
「猿夢!? 大丈夫なんかそれ」
「なんか夢の核? をぶっ壊したから当分は心配ないって逢魔さんも言ってたし大丈夫だろ。おかげでボーナスも入ったしな」
一昨日の夜のあらましを順を追ってざっくりと説明する。
最後とか割とギリギリだったけど、それでも一晩で三十万はデカい。
「また無茶な事を……。なんか俺が知っとる話とも違うみたいやし、それ本当にただの猿夢だったんか?」
逢魔さんが猿夢と言っていたからそういうもんなのかと思っていたが、言われてみれば確かに変かもしれない。
そもそも猿夢っていう割には猿の要素ほとんど無かったし。
列車の終点が無間地獄で、鬼まで出てきたとなると、地獄が関係しているのかもしれない。
……まさかこの幽霊の大発生も、地獄の門が開いたせいだったりするのだろうか。
「よお兄弟!」
と、思考の沼に嵌りかけていると、宇治原に声をかけられた。
その背後には白い特攻服姿の青年が静かに佇んでいる。髪形もそうだが、顔立ちが宇治原そっくりだ。
こちらの視線に気づいた金髪リーゼントの特攻番長は俺たちに軽く会釈すると、そのまま宇治原の背中へと潜り込み消えてしまった。
もしかして今の、宇治原の親父さんか? フランスパンみてぇなリーゼントはもしや遺伝……な訳ねぇか。
ともあれ、あれだけ強そうなのが守ってくれるならもう大丈夫だな。
「なんだ宇治原か。つーかいつから俺たちゃ兄弟になったんだよ」
「同じ店の飯食えばもう兄弟みてぇなもんだろ」
「それを言うなら『同じ釜の飯』な」
「こまけぇ事気にすんなよ。とにかく、昨日はありがとうな! 今後は俺にできる事があればなんでも言ってくれ」
悩みの種が解決したからか、今日の宇治原はいつになく上機嫌だった。
なんというか、雰囲気が丸くなったように感じる。初日は近づけば怪我しそうなくらいトゲトゲしていたのに。
あれ、そういえば何か忘れてるような……。
あ。
「お前、今なんでもするって言ったよな?」
「お、おう。……ま、まさか!?」
何を勘違いしたのか、顔を青くして内股で後ずさる宇治原。
「ちげーよ! オカ研入ってくれねぇかって頼もうとしただけだっての。部員あと一人足りなくて廃部になりそうなんだよ」
「なんだ脅かすなよ。そんな事なら全然いいぞ。後で職員室に入部届け出しとくわ」
「サンキュー!」
これでオカ研の廃部は無くなったな。やっぱり人助けはしとくもんだ。
「うぃーす! おはようヒロ!」
「あ、犬飼君おはよう」
「お、安藤さんとケンじゃん。二人とも家の方向一緒だったのか」
「おう、中学一緒だしな」
校門の前で安藤さんとケンの二人と出くわし挨拶を交わす。
「あ、そうだ安藤さんもオカ研入らない? 部員足りなくて困ってんだ」
「いいよ」
「えっ、そんなあっさり」
「今ちょうど小林くんからも誘われてたしね。それにオカ研なら私の『体質』も少しは役に立つかなって」
そんなわけで女子部員もあっさりゲットである。
確かに望まずとも怪異に巻き込まれてしまう彼女の体質はオカ研にピッタリだろうけど、本当に大丈夫なのだろうか。
「誘っといてなんだけど、無茶してない?」
「大丈夫。……今までずっと受け身だったから。これからは前向きに行こうって決めたの」
どうやら彼女なりの決意あっての事だったらしい。
「ふふっ、これも高校デビューなのかな」
「いんじゃね? オレっちは何事も前向きにとらえるのはいいことだと思うぜ!」
「ありがと小林くん。じゃあちょっと職員室に入部届出してくるね」
それから朝の内に安藤さんと宇治原は職員室へ行き、正式にオカルト研究部の部員になったのだった。
◇
放課後、さっそく俺たちは五人で校舎裏にある部室棟へと向かった。
建物自体が古く、立地の関係で午後になると校舎の影に隠れてしまう部室棟は全体的に薄暗かった。
四階廊下の蛍光灯が切れかかっている事もあり、部室に行くまでの道のりがすでにホラーチックである。
「お、おじゃましまーす……」
「イエーイ! ウェルカーム!」
漫画研究部と共同らしい部室のドアを開けると、クラッカーを構えた部長が俺たちを出迎えた。
ふざけた鼻眼鏡といい、部室内の飾り付けといい、ノリが完全にクリスマスだ。
「よく来てくれたね! ささ、小汚いとこで悪いけど入って入ってー! 今お茶出すねー」
中央には折りたたみ式の長テーブルが向かい合わせに四つ置かれており、その脇にクッションのへたったパイプ椅子が十脚並んでいる。
奥の窓の前にある立派な机と革張りの椅子が場違いな存在感を主張していた。
両側の壁は全て本棚で隠れており、向かって右側は漫画の単行本や漫研の発行誌が順番通りに収められている。
対する左側の本棚はと言えば、各種オカルト雑誌や書籍が適当に詰め込まれており、それぞれの部長の性格が現れているようだった。
いそいそと全員にお茶を出し終わった部長が自分の椅子に座り、ふぅと一息ついてから口を開く。
「さて、改めてオカルト研究部へようこそ! 私は部長で三年の
「あ、じゃあオレっちいきまーす!」
一番最初に名乗りを上げたのはやはりというか、コミュ力の化身ことケンだった。
「小林健介っす! 趣味で釣りとかカメラとか色々やってます。あと、オカルト的な特技が一個あって、実は動物と喋れるっす」
マジで!? コミュ力高いってレベルじゃねーだろそれ。
俺が仔犬の飼い主を探した話も、もしかしたら動物たちから聞いていたのだろうか。
「へぇー! じゃあ、にゃんこの言葉わかるの!? いいなぁー。今度ウチの猫の言葉翻訳してよ。綺麗な白猫なんだけどさ」
「もしかしてその猫、ダイフクって名前じゃないっすか?」
「そうそう! え、何、もしかしてウチの子と知り合い?」
「子猫の時に拾ってもらって、今も大切にしてくれてるってめっちゃ感謝してたっすよ」
「おお……。ヤバイどうしよ、めっちゃ嬉しい。あ、ダメ、涙出てきた」
目元を赤くした部長がハンカチで目尻を拭う。
「ただ、お父さんがこたつの中でオナラするのだけは許せないとも言ってたっすね」
「ちょ!? そんな事まで筒抜けなの!? あっはは、こりゃ間違いなく本物だわ。大型新人現るだね! これからよろしく!」
いたずら小僧のような笑顔でケンが元気よく返事を返した。
安堂さんとは同じ中学だったらしいし、空気の読めるケンのことだからきっと彼女が自分の体質をカミングアウトしやすい空気を作ろうとしたのだろう。
おかげで俺とタッツンも秘密を打ち明けやすくなった。
「さーて、ハードルかなり上がっちゃったけど、次、誰が行く?」
なぜか全員の視線が俺に集まった。なんでだ。
そんな熱い視線向けられたら俺が行くしかないじゃねぇか。
「犬飼晃弘です。名字は犬飼だけど一家全員犬アレルギーなんで犬は近づけさせないでください。趣味はゲームと読書で、ジャンルはこだわらず幅広く読むようにしてます。格闘術も修めてるんで腕っぷしにも自信あります。あと、最近とつぜん霊能力に目覚めました」
「はははっ、どこからつっこめばいいんだコノヤロー」
だって事実なんだもん。仕方ねぇじゃん。
「霊能力って、どんなことができるの?」
「じゃあ今からちょっと見せます」
霊力の手を作り、空になった湯呑みを持ち上げる。
ぐるりと部屋の中を一週させてもとの位置におろす。
昨日一度やって力加減のコツを掴んでいたおかげで割らずにできた。
部長とケンが目を丸くして俺の顔と湯呑みを交互に見る。
「お、おおっ!? すごいすごい! え、今のトリックとかじゃないよね!?」
「種も仕掛けもないですよ」
部長の顔の周りを湯呑みがぐるぐる浮遊する。
ケンが手をかざしたり、紐で吊っていないか確認するが、本当に種も仕掛けもないのだから、いくら調べても意味はない。
「すっげぇ。どうなってんだコレ」
「だから種も仕掛けもないんだって」
あの教祖もこれくらいで満足していれば逮捕されることもなかっただろうに。
……いや、むしろ誰も認めてくれなかったから歪んでしまったのかもしれないな。
そう考えると今の自分がいかに恵まれているかが分かる。
本当にありがたい事だ。
「じゃあ次は……メガネちゃんいってみようか! あ、全然特別な力とか無くても大丈夫だからね? この二人は例外だから」
「あ、はい」
次に指名されたのは安藤さんだ。
「えっと、安藤朱莉です。趣味は編み物とかよくやります。私、小さい頃から不思議な事というか、恐怖体験というか、そういうのによく遭遇して、たぶんそういう体質なんだと思います。この部には自分の体質と向き合うために入りました。よろしくお願いします!」
「おお!
部誌にして大丈夫なのか、それ。
安藤さんがどんな体験をしてきたかは知らないが、少なくとも猿夢
最悪、発行禁止もありえるんじゃないのか。
「さて、残りの二人は……どうしようっか? じゃんけんで決める?」
「あ、じゃあ俺いっすか」
宇治原が手を挙げ、椅子から立ち上がる。
「宇治原愛斗っす! 趣味は野球と筋トレとカラオケ! 演歌とかよく歌いますッ! あとなんか霊に憑かれやすい体質みたいっす。よろしくオナシャスッ!」
「ただのヤンキーかと思えばお前もかーい! まあでもオカ研って意外とフィールドワーク多いから体力ある子は大歓迎だよ! よろしくね!」
そして最後に残ったグラサンパンチパーマに皆の視線が集まる。
「く、熊谷辰巳です。えっと、趣味はピアノとガーデニングです。あ、実家が寺で、保育園もやっとるんでよく子供たちに演奏とか聞かせてます。それで、その、俺も幽霊とか見えます。えっと……以上です。よろしくお願いします」
改めて思うが、寺生まれの霊感持ちで、目からビームも出せるし、組手も強いし、子供に優しくてピアノまで弾けるとかほんと何なんだよお前。
漫画の主人公か。
「なんかもうみんなキャラ濃すぎてお腹いっぱいだよ……。ってか、そのナリでピアノ少年とかもはや詐欺でしょそれ。ちなみにその髪型ってやっぱりお釈迦様リスペクトなわけ?」
「あっハイ。高校卒業したらどうせ坊主なんで、今の内に遊びたいって言ったら親父から勧められて」
「マジかー。ファンキーな和尚様だなー。こんな部だからお祓いとか頼むかもしれないけど、その時はよろしくね!」
全員の自己紹介が終わった所で唐木部長が改めて一人一人の顔を見渡して、もったいぶったように机に肘をついた。
「さて、自己紹介も終わった事だし、早速オカ研伝統の新人歓迎肝試し、行ってみようか!」
「おっ、肝試しっすか! いいっすね! どこ行くんすか?」
肝試しと聞いてワクワクした様子のケンが聞くと、唐木部長は悪の大幹部みたいな含み笑いを浮かべる。
「くっくっく……。我が部の肝試しはちょいとレベル高いぞー」
唐木部長が肝試しの場所を告げると、その場の全員の顔が引き攣った。
それもそのはず。なにせそこはオカルトに詳しくない人でも、このあたりに住む住民なら誰もが知る場所だった。
――――
数年おきに境内で首吊りの自殺者が出る事で有名な、言わずと知れた心霊スポットだ。
「みなさんちゃんと部活やってますか~?」
「あ、ミコちゃんセンセー!」
と、ここで我らがクラス担任にしてラスボスの三原先生が部室に入ってきた。
ドーモ、阿修羅ドラゴン=サン。ぼくわるい子じゃないよ。殺さないでくださいお願いします。
「あ、そっか。三原先生、オカ研の臨時顧問だって朝言ってましたもんね」
安藤さんの口から衝撃の事実が
そ、そんな! 学校に安息の地は無いのか!
「うぅ、そうなんですよ。顧問の田口先生が産休でお休みに入ったので、先生が復職されるまでの間、私が代わりにオカ研の顧問をやる事になっちゃって。私、怖いの苦手だって言ったんですけど、アンタなら大丈夫だって押し切られちゃって……」
「あははは。ミコちゃんセンセー押しに弱いもんねー。あ、そうだ、これから新入部員たちと肝試し行くんだけど、先生も一緒に行こうよ!」
「ふえぇ!? き、肝試し!? せ、先生用事を思い出したのでそろそろお暇しますね! あ、外に出るなら車に気をつけて、わが校の生徒として自覚ある行動を心がけてくださいね! ではでは!」
部長からのお誘いに目を泳がせた先生は、最後にきっちり教師っぽい事を言ってから風のように部室から去っていった。
「あーあ、振られちゃった」
「ってか、部長、先生とめっちゃ仲いいっすね?」
「ま、二年の時の副担だったしね。それよりほら、そろそろ行くよ!」
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