第11話 メイド少女と異形の神編

 その日の昼休み、俺とタッツンはケンに誘われて学食で昼飯を食べていた。


 弁当も持ってきてはいたのだが、かつ丼が美味いと聞けば別腹だ。

 カツは薄い肉を何層にも重ねて揚げる事でボリューム感を出しており、安い材料で美味いものを提供しようとする食堂のおばちゃんの工夫と心意気が感じられた。


「あ、いたいた。探したよ犬飼君」


 ザクザク衣のミルフィーユカツ丼に舌鼓を打っていると、食堂の入り口の方から安藤さんが小走りで駆け寄ってきた。

 

「安藤さんじゃん。何か用?」

「あ、えっと……」


 そう言って安藤さんは少し言いづらそうに俺をちょいちょいと手招きして、俺だけを学食の外へと連れ出す。

 隣にある体育館の裏まで移動したところで彼女はようやく口を開いた。


「あのね、昨夜のお礼を言おうと思ったんだけど、もしかしたら昨夜の事はあんまり言いふらさない方がいいのかなって思って」

「え? あー……。ごめん、気ぃ使わせちゃったな」


 言いづらそうにしていたのはそのせいか。

 タッツンも小さい頃から能力の事で色々と言われて傷ついていたし、やはり霊能力は大っぴらに言いふらさない方がいいのかもしれない。

 俺たちの力を理解して受け入れてくれる人になら、打ち明けるのもやぶさかではないのだが。そんな人が滅多にいるとも思えない。

 その点、安藤さんは配慮も気配りもできる人のようなので、この件については黙っていてもらおう。


「ありがとな安藤さん。昨夜の事は内緒で頼むわ。変なの寄ってきても困るし」

「うん、わかった。あ、そうそう。それで助けてくれたお礼を犬飼君に渡そうと思ってたの。命のお礼として釣り合うかはわからないけど……」


 そう言って安藤さんはポケットから小さな紙袋を取り出した。

 渡されたそれを開けてみると、鮮やかな飾り紐の付いた小さな翡翠の勾玉が入っていた。

 翡翠は透明度も高く鮮やかな緑色で、これだけでもかなりの価値がありそうだ。


「へぇ、綺麗なネックレスだな」

「うん。春休みに偶然手に入れたんだけど、なんとなく犬飼君が持ってた方がいいような気がして。私が持ってても厄除けにもならなかったしね……」


 安藤さんが渇いた笑みを浮かべて力なく肩を落とす。

 その瞳には自分の努力だけではどうする事もできない理不尽への諦観が色濃く浮かんでいた。

 ……なにがあったかは知らない方がいいんだろうな。精神衛生的に。


「でもいいのか? これだけ色鮮やかなら結構な価値になるだろ」

「いいのいいの。命の恩だもん。今はこんなものでしか返せないけど、何か私が手伝える事があればいつでも相談にのるよ。その手の『体験』だけは無駄に豊富だからさ」

「そ、そっか。まあ、くれるっていうならありがたく貰っとくよ。サンキューな」

「いえいえこちらこそ。それじゃ、用件はそれだけだから。ごめんね? お昼食べてる途中に」

「いやいや全然。ネックレスありがとな!」


 翡翠の勾玉ネックレスを首にかけてシャツの下に仕舞いこんだ俺は速足で食堂へと向かった。






 安藤さんと別れて再び食堂へと戻ってくると、タッツンが小柄な女子に猛烈に絡まれていた。

 胸元のリボンの色が黄色なので三年生だろう。

 童顔で、しかも長い黒髪をツインテールにしているのでかなり幼く見える。

 というか、あそこ俺の席なんだが。目の前に食いかけのカツ丼が置いてあるのに図太い奴だ。


「ね? ね? おーねーがーい! ここに、ここにサインするだけでいいから! そうしたら君の運気はモリモリ急上昇して全ては思いのまま! こんなお得なチャンス滅多にないよ!」

「あの。そこ、俺が座ってたんすけど」

「ん? ああ、ごめんね? ところで君、宇宙人とか妖怪に興味ないかな!?」


 なるほど、部活の勧誘か。さしずめオカルト研究部ってところだろう。

 それにしたって勧誘方法が胡散臭すぎる。あれではまるで霊感商法じゃないか。


「まあ、あるかないかで言えばありますけど……」

「なら話は早いね! あ、私はオカルト研究部部長の唐木真琴からきまこ! ねぇ君もオカルト研究部に入らない!? ほら、ここにサインするだけでいいからさ!」


 どこからともなく取り出された入部届を目の前に押し付けられる。


「さらに! 今入部すれば持ってるだけで幸運を呼ぶこのパワーストーンが、本来なら一万円の所をなんと五〇〇円で売ってあげよう! あ、お金は部の活動資金として活用するからそこは安心してね?」

「こら真琴! 新入生を怪しげな霊感商法に巻き込むな!」


 と、俺たちがヤバめの先輩からの猛アタックに目を回していると、ツインテールの分け目に拳骨が落ちた。


「痛ったぁ!? 何すんのさ生徒会長! 生徒会長が可憐な女生徒に暴力なんてコンプライアンス違反だぞ! パワハラだ!」

「誰が可憐だこのちんちくりんめ! 義兄としての義務を果たしたまでだ! それと、覚えたての言葉を無理に使おうとするなといつも言っているだろう。バカっぽく見えるぞ」

「うるっさいなー。だいたい同学年なんだから変に兄貴面すんなっていつも言ってんだろ!」

「ほう? ならばもうテスト前に勉強見てやらんでもいいんだな?」

「私が悪ぅござんした! 許してつかぁさいお義兄にいさまぁ!」


 利発そうな顔立ちの生徒会長が鼻息一つ、眼鏡の位置を直しながら俺たちに視線を向ける。


「すまないな君たち。コイツも新入生を集めないと部が廃部になってしまうから必死なんだ。どうか許してやってほしい」

「そうなんだよぉ~! 去年は誰も入ってこなかったし、三年生は私だけだから今年新入生が入ってくれないとマジで居場所がなくなっちゃうの! ね! 可愛い先輩を助けると思ってさ。お願い!」


 押し売りロリ、もとい、唐木先輩に拝み倒されてタッツンと思わず顔を見合わせる。

 俺としては怪しげな石ころさえ買わなくていいなら面白そうなので入部することもやぶさかではないのだが、二人はどうだろうか。


「なんか面白そうだったからオレっちはもう入部届書いたぜ? 宇宙人にはまだ会ったことねぇけど、探せばどっかにいそうじゃん? ついでに先輩と『GOENゴエン』も結べたしな」


 と、軽い調子でケンが笑う。

 その言い方だとまるて妖怪には会ったことあるみたいに聞こえるんだが。

 というか、初対面の女子と当然のように『縁結び』できるコイツのコミュ力どうなってんだ。顔はジャガイモのくせに。


 ……あ。さっき安藤さんと『縁結び』しとけばよかった。

 チャンスだったのに惜しい事をした。畜生。


「うん。まあ、悪い人ではなさそうやし。それにこの人、なんか危なっかしくてほっとけんわ」


 それにタッツンが頷く。お人好しめ。

 どうやら二人とも入部の意思はあるらしい。

 まあ、名前貸すくらいなら別にいいか。


「……わかりました。放課後忙しいんであんまり時間とれないかもしれませんけど、幽霊部員でいいなら」

「いいの!? やったー! 一気に部員三人ゲットー! 嬉しいからパワーストーンタダであげちゃう! 持ってけドロボーあっはっは!」


 そう言って唐木先輩がすばやい動きで俺たちの手の中に変な石ころを無理やりねじこんてくる。

 ちょっと、売れ残りの在庫品押し付けないでくださいよ。


「……マジか」

「あ? どうしたタッツン」

「この石、本物だ……」


 …………マジかよ。こんな石ころが?

 さっき貰ったネックレスの方がよっぽどそれっぽいんだが。


「ところで先輩方はどういうご関係なんすか?」


 貰った小石を手の中で弄びながらケンが先輩たちの関係に踏み込んでいく。ホント物怖じしない奴だなコイツ。


「ああ、小学生の頃に親同士が再婚してね」

「そ、私が三月生まれで、こっちのメガネが四月生まれだから、同学年だけど仕方なく私が妹のポジションに甘んじてやってるってわけよ!」

「はっ、よく言う。そういう事は毎朝自分で起きられるようになってから言うんだな」

「あ、ちょ!? なんでここでそういう事言うかな!? 部長としてのメンツが立たないじゃん!」

「メンツも何も、お前に務まるのはせいぜいがマスコットだろう」

「な、なんだとー!」


 部長のぐるぐるパンチを片手で押さえつける生徒会長。夫婦漫才かよ。


「ともあれだ。入部の意思があるなら入部届に名前と部活名を記入して職員室に提出してくれたまえ」

「オカ研の部室は部室棟の四階にあるよ。活動日は月・水・金で、部員はまだまだ募集中だから、候補がいたら三年一組か部室につれてきてね! そんじゃねー!」


 そう言って義理の兄妹だという二人の先輩は嵐のように去っていった。



 ◇ 



 放課後、本歩来寺に立ち寄り通帳とカードを受け取った俺はタッツンを連れて駅前の商店街を歩いていた。

 こうして誘わなくてもついてきてくれるあたり、コイツも中々に心配性だ。


 夕飯前の時間ということもあって商店街は活気づいており、一見、どこにもおかしな点はなさそうに見える。

 だが道行く人々の様子をよくよく観察すれば、皆どこか疲れたような顔をしており、誰も彼もが猫背気味だった。


「あそこやな」


 嫌な気配を頼りに進むと、古本屋と文房具店の間にある猫の通り道みたいな狭い裏路地に辿り着く。

 路地裏から漏れ出る邪気のせいか、路地の両脇の店は通行人たちも無意識の内に避けているようだった。

 心なしか店構えも寂れて見えるのは俺の気のせいではないだろう。


「あれ? あいつ、あんなところで何してんた?」


 いざ悪霊退治と意気込んでいると、見覚えのある金髪リーゼントがふらふらと覚束おぼつかない足取りで問題の路地裏へと入っていくのが見えた。

 入学式の朝に絡んできたヤンキー、宇治原だ。


 学校では三原先生(の守護霊)の睨みが利いているので、今のところおとなしくしている宇治原だが、どうにも様子がおかしい。

 

「あいつ、何かに引き寄せられとるぞ」

「何かって、何に?」

「わからん。けど、黒い鎖みたいなのに縛られとる」


 俺には見えないが、タッツンには何かよくないものが見えたようだ。

 つーかアイツ、入学式の朝もそうだったけど、悪いモノを引き寄せやすい体質なのか?

 なんにせよあのまま放っておいても碌な事にはなるまい。


「しょうがねぇ、ついでに助けるぞ」


 二人で頷きあい俺たちは路地裏へと足を踏み入れる。

 奥に進むほどに周囲の景色がどんどん歪んでいく。どうやらここは悪霊の力で異界になっているらしい。

 景色が歪んでいるせいで、宇治原の姿を見失ってしまった。


「こっちだ」


 だが、タッツンの足取りに迷いはない。こういう時は本当に頼りになる奴だ。

 タッツンに導かれて、迷路のようにうねる路地裏を進むと、やがて開けた場所に出た。


「こいつか……!」

『グルルルル……ッ』


 そこにいたのは禍々しくも巨大な犬の霊だった。

 全身を黒い瘴気の鎖で縛られていて、切り落とされてしまった首の周囲には強い恨みに顔を歪ませた犬の頭が三つ浮かんでいる。


 犬の霊は鎖の呪縛を解こうと必死に悶えるが、もがくほどに鎖はその身に食い込み、どす黒い体液が傷口から滲み出て、見ていて痛々しい事この上ない。


 生前によほど酷い目に遭ったのだろうか。

 死後もこんな場所に留まり続け、抱えた恨みのあまり化け物になり果てるなんてあまりにも惨すぎる。


『グルァァァアアアアアアアアアアアアッ!』


 宙に浮かぶ三つの犬の頭が瘴毒に濡れた牙を剥いて飛び掛かってきた。

 押し寄せる三つの首を霊力弾でけん制すると、隣で印を組んでいたタッツンの術が完成する。


「オンマイタレイヤソワカ!」


 真言が唱えられると同時、金色に輝く弥勒菩薩の御手が現れ、悪霊の身体を丸ごとふわりと包み込む。

 衆生救済の光が悪霊が抱えていた恨みやつらみを優しく溶かし、魂をこの地に縛り付けていた鎖が焼け落ちていく。

 

 せめて来世は幸せでありますように。

 せめてもの手向けとして二人で静かに手を合わせる。

 憎しみに歪んだ魂が光の中へと消えていく――――。


 ――――ピロリロリリ♪ 残機が 一 ふえた。



「逝ったか」


 光が消えると、歪んでいた周囲の景色はすっかり元通りになっており、悪霊の姿も綺麗さっぱり消えていた。

 ……なんか今残機増えなかったか?


「ってか、宇治原のヤツどこいきやがったんだ?」


 同じ路地に入ったはずなのに、宇治原の姿が見当たらない。

 ここは行き止まりだし、空間が正常化すればこのあたりにいてもおかしくないはずなのだが。どこへいってしまったのだろう。


「……ここか?」


 言って、タッツンは一見ただのコンクリートにしか見えない足元に手を触れる。

 すると驚いたことにタッツンの手の触れた部分がぼやけて、蓋の外れたマンホールが現れたではないか。


「やっぱり」

「おい、これって……」

「認識阻害の結界やね。だいぶアレンジが加えられてたっぽいけど、一度と認識すれば、この手の結界は途端に意味がなくなるから」


 つまり、あの悪霊はここから意識を逸らす番犬だったわけか。

 宇治原が先に入っていなかったら気付かずにそのまま外へ出ていたかもしれない。




 二人で梯子を下り奥へ進むと、薄暗い通路のような場所に出た。

 両脇を見れば頑丈そうな鉄格子がズラリと奥まで並んでいて、その中に捕えられているものを見て、俺たちは言葉を失った。


 ……人だ。


 獣のように這いつくばり、犬になりきった人々が檻の中に閉じ込められている。

 そこに老若男女の区別は無い。誰も彼もが、まるで自分が本当に犬であると信じているかのようだった。


 左右で吼えまくる狂った人々に恐怖を感じながらも、警戒しながら二人でさらに奥へ進む。

 どこからともなく漂ってくる美味そうな匂いが、否応なしに空腹を誘う。


 通路の先には両開きの金属扉があって、半開きになった扉の隙間から部屋の中の光が通路に漏れ出ていた。


 慎重に、息を潜めて中の様子を伺うと、そこにいたのは――――。

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