第10話 メイド少女と異形の神編

「――――はっ!? ふぅ、ようやく動けるようになっ痛たたたた!?」


 動けるようになったらしいお兄さんが立ち上がり、切られた足の小指の痛みにまた座り込む。


「大丈夫っすか? 一応止血はしましたけど、あんまり動かないほうがいいっすよ」

「みたいだね……。あ、そういえばお礼、言ってなかったね。ありがとう。手当してくれて」

「いえいえ。当然のことをしたまでなんで」


 これでも鍼灸・整骨院の跡取り息子(予定)なんでね。このくらいの応急手当はお手の物だ。


「ところで君、さっきからビーム出しまくってるけど宇宙人か何か?」

「いえ、ある日突然覚醒した系の霊能力者っす」

「(ふむ、夢の中なら霊感が無くとも霊力を視認できるのか。)」


 顎に手を当て、考え込みながら小声でぶつぶつと呟くお兄さん。

 見た目通り、研究者気質な人らしい。


「……おっと失礼。そちらのお嬢さんは?」

「見ての通り、ただのメイドですわ」

「お前みてぇな危ないメイドがいてたまるか!」


 俺の中のメイドさんのイメージはお前のせいでズタボロだ!

 メイドさんってのはな……もっとこう、謙虚で、おしとやかで、萌え萌えであるべきなんだよ……。


「ははは……。見たところ二人とも随分と若いけど、こういう事にはよく遭遇するのかい?」

「まあ多少は。そういうお兄さんは学者さんか何かで?」

「ただのしがない研究員だよ。最近仕事が忙しくて寝不足でね。仕事中に寝落ちしたらこの有り様さ」


 確かにギラギラと危ない光を湛えた目の下には大きなくまがあった。

 研究職がブラックという話はよく聞くが、俺の想像以上に大変な仕事なのかもしれない。


『次は~、ひき肉~、ひき肉~。チビとまな板だけひき肉でございます』

「「喧嘩売ってんのか!?」」


 どいつもこいつもチビだのチワワだのと! 人を馬鹿にするのも大概にしろ!


 暴れすぎたのか、どうやらこの世界は本気で俺たちを排除しようと動き出したようだ。

 そっちがその気なら、全力で抗って絶対生き残ってやる!


 何が来てもいいように、他の三人を巻き込まないよう先頭車両で待ち構える。


 列車が止まり、ドアが開く。すると濃密な霧が一気に流れ込んできて、あっという間に視界がゼロになった。

 まずは視界を確保しようと爆霊波で邪魔な霧を吹き飛ばした、その瞬間。


「――――っ!?」


 総毛立つほどの鋭い殺気を背後から感じ取り、咄嗟にしゃがむ。

 頭上を巨大な何かがぐぉん! と風を切って通り抜けた。

 そのまま前転回避で距離を取り、体制を整え振り返る。


 すると、そこにいたのは猿の面を付けた赤鬼。


 二メートルはあろうかという金棒を軽々と担ぎ、首をごきりと鳴らすその姿は、地獄の獄卒に相応しい覇気を纏っている。

 そんなデカイ得物、この狭い中でどうやって振り回したんだよ。


『ちっ、避けんなよ。かったりぃ。俺は定時で帰りたいんだ……よっ!』


 刹那、猿鬼の巨体が俺の眼前に現れ、巨大な金棒が真上から振り下ろされる。

 紙一重でそれを見切り、鬼の脇をすり抜けるようにして金棒の一撃を躱す。

 見れば金棒は床をすり抜けており、本来ならあり得ない位置からゴルフのフルスイングみたく鉄の塊が振り抜かれる。


 全力で後ろに飛び退くと同時、ぐぉん! と、鼻先を金棒の圧が掠めた。

 鼻先が焼けるように熱い。どうやら標的だけはすり抜けないらしい。チート武器かよクソッたれ!。


『だぁー! もうめんどくせぇ! おいコラチビ! 避けんな! 大人しく死ね! 余計な仕事増やすんじゃねぇ! 俺は早く帰って酒盛りしてぇんだよ!』

「だったらそのまま回れ右しろやボケェ! あと誰がチビだゴラァ!?」


 またも一瞬で距離を詰められ、横薙ぎに金棒が振り抜かれる。

 しゃがんで金棒をすれすれのところで躱すと、今まで気配を消していたレイラの術が飛来して鬼の頭に爆炎の華が咲いた。


「あっつ!?」

「そいやっ!」


 猿鬼がたたらを踏んだ隙に素早くその手首を掴んで、腕を外側に捻り上げながら相手の神経を乱すイメージで霊力を流し込む。


 ビクンッ! と猿鬼の身体が震え、俺の腕の動きに合わせて巨体がぐるんと円を描くように宙を舞った。

 背中から床に落ちた猿鬼の手から金棒をブン盗り、鬼の頭へ思い切り振り下ろす!


 バキッと硬いものが砕ける感触がして、直後、猿鬼の身体が黒いタール状の液体となって水風船のように弾け飛ぶ。

 妙に生臭いドロドロした物体を全身に浴びてしまい身体中が真っ黒になった。臭っせぇ……。


 鬼を倒してまたレベルが上がる。これで十四。


 すると奪った金棒が光の粒子へ変わり、俺の右手のあざへと吸い込まれていくではないか。

 粒子が全て吸い込まれると、あの金棒の所有権が完全に俺に移ったのが直感的にわかった。

 どうやら俺は新たな主人として金棒に認められたらしい。


『あああああああッ! クソがクソがクソがぁあああああ! ……ゴホンッ。えー、列車が発車します。この先、終点の無限地獄までこの列車は止まりません。現実世界への帰還をご希望されるお客様は、自分以外の乗客を全員殺して生贄にしてください』


 とうとう悪意を隠しもしなくなったアナウンスに抗議する間もなく、ドアが閉まり列車がぐんぐん加速していく。


「ちっ、とうとう相手もなりふり構わなくなったわね」

「閻魔の裁きも無しにいきなり地獄行きかよ」

「……臭いから半径五〇万キロ以内で呼吸しないでくれる?」

「地球から出てけと!?」


 くそう。言いたい放題言いやがって。臭い汁でも食らえ! お前も臭くなれ!


「ちょっと!? 汚いもの飛ばさないでよ! バカの菌がうつるじゃない!」

「誰がバイ○ンマンじゃコラ!?」


 謎の攻防を繰り広げつつ中央の車両に戻ると、ようやく動けるようになったおじさんが頭を抱えて蹲っていた。


「そ、そんな。ようやく動けるようになったのに、こんなのあんまりだ!」

「諦めちゃダメです! 全員で助かる方法を考えましょうよ! せっかく全員動けるようになったんですから!」


 そんなおじさんを安藤さんが気丈に振る舞って勇気づける。

 自分だって怖いだろうに、強い子だ。


「君たちの力でどうにかできないのか!? 私にはまだやるべきことが残っているんだ! こんな所で死ぬわけにはいかない!」


 パニックになりかけているおじさんが折れた指の痛みも忘れてレイラに泣きすがる。


 妙に埃っぽい臭いが鼻についた。ふと、おじさんのスーツの袖が泥で汚れている事に気付く。


「落ち着いてください。一か八かですけど、俺に考えがあります」


 全員に作戦を説明する。

 それで助かる保証なんてどこにもないし、もしかしたら全員この夢の世界に閉じ込められるかもしれないが、それでもやるかと、一人一人の顔を見て問いかける。


「一見デタラメだけど、他に代案もないし……仕方ない。癪だけど手伝ってあげる」

「なんで上から目線なんだよ」


 ホント、素直じゃねえ女だ。


「……私も賛成。ここにきて全員で殺し合うなんて論外だし、全員助かる可能性があるなら、それに賭けてみるべきだと思う」

「き、君、若いのに随分と肝が据わってるね……」


 親子ほども歳の離れた女の子の年齢に見合わぬ冷静さを前にして、一周まわって落ち着いたらしいおじさんが感心したように言った。


 確かに、こんな理不尽な怪異に巻き込まれたら、普通はパニックになって泣き叫んでもおかしくないだろうに。


「……慣れてるだけですよ」


 安藤さんは渇いた笑みを浮かべてそう言った。

 こんな状況に慣れるなんて、この子はいったい今までどれだけの修羅場をくぐり抜けてきたのだろうか。


「僕も賛成かな。少なくともこうしている今も僕たちは地獄に向かっているようだし、決断は早い方がいい」

「……そう、だな。わかった。君の作戦に賭けよう」


 足を負傷しているお兄さんにおじさんが肩を貸して、全員で後方車両へ移動する。


 そういえばこのお兄さん、一番酷い怪我なのに、やけに冷静だな。

 本人は研究員と言っていたが、普段どんな研究をしているのだろうか。


 全員が手すりにしっかりと捉まったことを確認し、俺は自分の内側に意識を向け、魂の奥深くで暴れたがっていた新たな相棒の名を叫ぶ。


「――――来い! 死刃鬼棒シバキボウ!」


 俺の呼びかけに応じて先程鬼から奪った金棒が手の中に現れる。

 一度融合したおかげか、不思議と使い方は手に取るようにわかった。


 コイツは霊力を込めるほど威力が増して、狙った標的だけを打ち砕く地獄の拷問具だ。

 名前がダサいのはどうしようもないが、性能だけ見るならどんな狭い場所でも振り回せて、目に見えないモノもぶっ壊せるチート武器だ。


「うぉぉりゃああああああああああ!」


 限界ギリギリまで霊力を込めた死刃鬼棒を、車両の連結部目掛けて大上段から何度も振り降ろす。


 ッガ! ゴッ! バゴン!


 連結部だけを的確に破壊して、俺たちの乗った後方車両が切り離された。

 間髪入れず死刃鬼棒を前に突き出して、限界まで込めた霊力を一気に解き放つ!


『ぎゃあああああああああああああああああああああああああッ!? れ、れれれ列車内での危険行為は、おや、おやおやおやおやめめめめめくだくだくださあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――』


 地獄へ向かって直進する先頭二両が霊力の波動に飲み込まれ、怪異の断末魔がトンネル内に木霊こだまする。

 一気にレベルが三つ上がった。どうやら悪夢の元凶を倒したらしい。


 すると地獄へと続いていた線路が奥の方からガラガラと崩れて、俺たちを道連れにしようと瓦礫の山が迫る。


 すると急に立ち眩みがして、その場に倒れそうになる。

 ヤバい。もう霊力が……。


「しっかりしなさい! こんなところで死ぬなんて私嫌よ!」


 倒れそうになった俺をレイラが支えてくれた。

 俺を支える手から暖かい力が流れ込んでくる。


「っ、俺だって、まだやり残した事いっぱいあんだよ……。こんな、ところで………死ねるかぁーっ!」


 レイラから渡された霊力を腹の底で回して増やすイメージ。

 すると右の掌が焼けるように熱くなり、俺の中で何かが弾けた。



 ――――封◾限tゾ解◾耡。


 ――――レベル八〇相当の出力を一時的に解放。



 身体の、魂の奥底から制御不能の力の奔流が爆発的に溢れだす。

 う、うぐぁぁぁ!? か、身体が爆発するぅーっ! パーンてなる!? 汚い花火になっちゃう!?


「制御は私がやるからアンタは死なないように踏ん張りなさい!」


 死刃鬼棒に手を添えたレイラが俺の代わりに制御を肩代わりしてくれた。

 言われなくても自分の身体が爆発しないようにするだけで手一杯だっての!


「「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ! 間に合えぇぇえええええええええええええええええええッ!」」


 追加の霊力をぶち込むと、先端から極太の霊光を吐き出しながら死刃鬼棒が手の中でガタガタと震えだす。

 車輪が火花を散らして悲鳴を上げ、後方車両はみるみる速度を落とし、青白い尾を引きながら逆方向へと爆走する。


 背後から迫るトンネルの崩壊を振り切り車両はどこまでも加速して、やがて窓の外が白く輝き、そして――――――。







 意識だけが水底を揺蕩っている。

 風邪で高熱が出た時に見る悪夢のような、気怠さを伴う浮遊感だった。

 浮かんでは消える水泡の中に見えるのは、俺が辿ってきた人生の記憶。


 それらをどこか他人事のようにぼんやりと眺めていると、その中に自分のものではない記憶が混ざっている事に気付いた。

 記憶の泡にそっと触れると、そこからその時誰かが感じていた感情が俺の中に流れ込んでくる。




 大きな姿見に映る綺麗な着物姿。

 自慢の黒髪をお母さんに結い上げてもらい、口元にはうっすらと口紅も引いて、普段とはまるで別人みたいな自分に少しワクワクする。


「とっても綺麗よ、■■。流石、私の娘ね」

「お姉ちゃんきれー!」

「ふふん。当然よ」


 お母さんも妹も、私を綺麗だと褒めてくれた。

 なんたって今日は私の晴れ舞台なのだ。胸を張って、堂々としなくては。


 二人とも、きっと驚くに違いない。

 ……アイツは、今の私を見てどんな顔するのかな――――。




 暗転。


 生暖かい感触に全身が包まれている。

 息が苦しい。

 苦しさに手足を動かしもがくと、すぐ傍にいた「誰か」に触れた。

 真っ暗で何も見えないのに、なぜかそれが人であると触れた瞬間に分かった。


 俺はお前。私はあなた。

 二人はドロドロに■けて■■■て、また■■く■ま■■わる――――。





「あだっ!? ……助かった、のか? って、痛たたたたた!?」


 ベッドから落ちた痛みで目を覚ますと、時刻は朝の五時半。

 全身を謎の筋肉痛が襲う。息をするだけでも痛い。


 掌を見ると数字が十七になっていて、パジャマの尻の部分が完全に消失していた。

 やはりあの夢は現実とリンクしていたらしい。……が、所々の記憶が曖昧だ。

 なんとなく誰かに助けられたような気がするのだが、はて、誰に助けられたのだったか。


「……あれ? なんだこれ。くそっ、止まらねぇ」


 涙がぽろぽろ溢れて止まらない。

 理由も分からないまま、しばらくの間、涙は止まることなく流れ続けた。本当にわけが分からない。


 ふと左の掌を見ると、手汗と涙で滲んだマジックの汚れが目に留まる。

 何か大事な事を忘れないためにメモしていたはずなのだが、何が書いてあったか思い出せない。


 と、ここでスマホにメールが入る。

 見ると逢魔さんからだった。


『猿夢からの生還お疲れ様です。犬飼様は今回、夢世界の核を破壊されたため、当面猿夢が人々に害を与えることは無くなるでしょう。

 それを踏まえて、臨時ボーナスとして二〇〇万円をお支払いいたします。通帳とカードは今日中に本歩来寺にお届けいたします。振り込んだ報酬をご確認の上、お受け取りください』


 気が付くと、いつの間にか破れていたパジャマが元通りに直っていた。相変わらず仕事が早すぎる。

 それにしてもたった一晩で二〇〇万か……。

 いや、命懸けの報酬と見るならむしろ妥当なのか? というか、夢の中の出来事をどうやって知ったのだろうか。


 ……まあ、あの人ならそういう事もあるかもしれないな。深くは考えまい。


 いずれにせよ、こんな大金貰ってもあまり派手な買い物はできないので、大半は貯金しておくしかないのだが。

 このペースだと二千万なんてあっという間だろうな。これなら老後も安泰だ。

 ……老後まで生きていられればいいけど。


 などとぼんやり考えていると、さらにメールが送られてきた。


『依頼案件 一件


 一、ふくろう町商店街の調査。


 駅前の商店街に悪い気が集まりつつあります。

 町の平和のためにも速やかに原因を特定し、可能であれば解決してください。


 達成期限 四月六日 十八時まで。 報酬 十万円~』

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