第9話 メイド少女と異形の神編

 列車に乗り込み、車内を見渡す。

 乗客は俺も含めて四人。

 可愛らしいひよこ柄パジャマの安藤さんと、四十代後半くらいの草臥くたびれたスーツを着たやつれたおじさん。

 それと、二十代半ばくらいの不健康そうな白衣のお兄さんだ。


 よく見ると安藤さんは右手の小指の爪が剥がされており、おじさんは右手の親指と中指が折れてしまっている。お兄さんに至っては左足の小指が切断されて血が出ていた。


「――――――」


 三人とも金縛りにでもかかっているのか、瞬きすらせずじっと席に座ったままで、辛うじて口だけは動かせるものの声は出せないようだった。


「ほら、包帯と消毒液。アンタ、応急手当くらいならできるでしょ? 手伝いなさい」

「お、おう。用意がいいじゃねえかよ」

「メイドですから」


 レイラが持っていた包帯と消毒液を使い、三人に今できる範囲の応急手当を施してから他の車両を見て回る。


 この列車は三両編成で、乗客が乗っていたのは中央の車両。

 先頭と後方の車両にはそれぞれ運転席があったが、ガラスが黒く塗りつぶされていて中の様子は見えなかった。


『えー、本日はご乗車、誠にありがとうございます。この列車は終点まで各駅に止まります。次は、舌抜き~、舌抜き~。全員舌抜きでございます』


 中央の車両に戻ってくると、なにやら物騒な車内アナウンスが流れ、列車はまた速度を落として駅のホームへ滑り込み停車する。

 ドアが開くと猿の面を付けたスーツ姿の男がぞろぞろと乗り込んできた。

 男たちの手には舌を抜くのに使うのか、大きなペンチが握られており、それを見た乗客たちが息を詰まらせ、かすれたような悲鳴を上げる。


 猿面の一人がこちらにガンを飛ばしてきたので、俺も負けじとガンを飛ばす。

 気合いを込めて放った眼力メンチビームが猿面の男の顔面をぶち抜いて爆散させる。


 どす黒いタール状の何かが車内に飛び散り、今まさに他の乗客たちの舌をペンチで挟んで引き抜かんとしていた猿面たちが一斉にこちらを向いた。

 うげぇ、口の中入った。


「苦っ!? まっず! ぺっぺっ! あー、くそっ、生臭なまぐせぇ……」


 味覚への冒涜としか思えない黒いネトネトを吐き出すと同時、俺たちを排除しようと猿面たちが一斉に襲い掛かってくる。


「妖魔仏滅! 急急如律令!」


 レイラがレッグポーチから取り出した札を投げる。

 すると、札は空中で燕へと変わり、ひゅるりひゅるりと猿面の男たちの間を駆け抜け――――。


 ドパンッ!!


 身体をバラバラに切り刻まれた猿面たちが黒いヘドロを撒き散らして爆散した。


 だが、猿面たちの勢いはまだまだ止まらない。

 吊り革に捕まって猿のように飛び掛かってきた一人をメンチビームで撃ち落とす。


 続いて左右から座席を蹴って獣のような動きで襲ってきた二人の攻撃を紙一重で躱すと、その攻撃の勢いを利用して腕を掴んで、そこから霊力を流し込んで風船みたく爆発させた。


「後ろ!」

「おりゃー!」


 レイラが叫ぶと同時、俺は尻を後ろに突き出して菊門波動砲をぶっ放す。

 背後から襲い掛かろうとしていた猿面たちは霊力の奔流に押し流されて跡形もなく蒸発した。

 全ての猿面たちを倒してレベルがまた一つ上がる。


『……チッ。列車が発射します、閉まるドアにご注意ください』


 舌打ち一つ、ドアが閉まり再び列車が走り出す。

 先頭車両ごと破壊するつもりでぶっ放したのに、なんて頑丈な車体だ。


「あーあ、尻のとこ全部無くなっちゃったよ……」

「えっ、えっ!? な、何、今の!? お尻からビーム出てたよね!?」


 尻の部分だけ丸く消失したパジャマに気をとられていると、金縛りから解放された安藤さんが目を白黒させて俺の顔と尻を交互に見る。


「いやんエッチ!」

「えっ!? あ、ごめんなさい! ……なんで私謝ってるんだろう」

「ちょっと、汚いもの見せないでよ。目が腐るわ」

「腐らねぇよ! よく見ろオラ! プリっプリの美尻やろがい!」

「なんで私には見せつけてくるのよ!? こっちくんな変態!」

「はぁんっ!?」


 思い切り尻をぶたれた。ふえぇ、痛いよぅ。


 ……ん? また?

 なんだろうこの感じ。前にもこんな事があった気がする。


 それにしたって冗談の通じない女だ。

 堅いのは平たい胸板だけにしときなさいよっての。


「あ?」

「ひぇっ……」


 心を読まれた!? これ以上は危険だ。話題を逸らそう。


「ところで、怪我は大丈夫?」

「え。あ、うん。おかげさまで……。っていうか君、やっぱり同じクラスの人だよね? 名前は確か、えっと……チワワ君?」

「チワワじゃねーよ犬飼だよっ! 二つ後ろの席の犬飼晃弘!」

「ぷっ! チワワって……ぷくくっ!」


 レイラが堪えきれずにクスクス笑う。

 テメェ、後で覚えとけよコラ。


「ごめんね? あ、そうだ。私、安藤朱莉あんどうあかりです。えっと、あなたは?」

「……麗羅でいいわ」


 安藤さんに名前を聞かれ、つっけんどんにレイラが返す。

 ふむ、よくよく見れば中々可愛い子じゃないか。メガネ取ったら化けるタイプと見た。


「ところで犬飼君、その……お、お尻からビーム出してたけど」

「ほげー」

「ぶふーっ!」「ぷっ!?」


 変顔しながら顔中のいろんなところをリズミカルにピカピカ光らせる。

 ほーれ、顔面エレ●トリカルパレードだぞー。


「ふっ、ふふふ! ダメ、それ……ぶふーっ!」

「少しは怖くなくなった?」

「う、うん。ひひっ! あ、ありがと……ぶふーっ!」


 腹を抱えてひぃひぃ笑いながら頷く安藤さん。

 どうやら彼女、笑いのツボに嵌ると中々抜け出せないタイプらしい。


「ふっ、ふふっ……ダメよ。あんなので笑うなんて。くふ………ぷふーっ!」


 レイラ、お前もか。

 ともあれ、安藤さんの顔色もだいぶマシになったし、これなら大丈夫そうだ。


「ところで、そっちの二人はまだ動けそうにないですかね?」


 おじさんとお兄さんの方へ視線を向けると、口の形で「そうみたい」と答えが返ってくる。

 となると、身体が自由になるのは一つの駅につき一人か?


『次は~、足もぎ取り~、足もぎ取り~。全員もれなく足もぎ取りでございます』

「……やっぱりどんどん酷くなってる」

「その辺は都市伝説と同じなのか」


 口調こそ落ち着いているが、それでもやはり怖いのか、安藤さんが俺のパジャマの裾をキュッと掴む。

 くっ、シャンプーのいい匂いさせやがって。

 やめろよな、そういうの。思春期の男子はすぐに勘違いしちゃうんだぞ!


「……なに鼻の下伸ばしてんのよ、気色悪い」

「はぁん? 何か言いましたかねぇー?」

「ぷふっ!? だからっ、それ、やめなさいって! ぷふーっ!」


 レイラからの棘のあるツッコミに鼻の穴からビームを出しつつ変顔で反撃。

 よし、この技は鼻毛サーチライトと名付けよう。


 色即是空、空即是色。吊り橋効果。

 お釈迦様のありがたい教えで煩悩を鎮めていると、再びドアが開く。

 すると今度は、はちきれんばかりの胸板が逞しい筋骨隆々の猿面の男たちが乗車してくる。


 つーか、本当に猿なのかアレは。絶対ゴリラだろ。

 おサルのプリントTシャツが胸板ではちきれそうになっていてちょっと可哀想な事になっている。


 が、それはそれとして。先手必勝メンチビーム!


『……ウホッ?』

「やっぱりゴリラじゃねーか!」


 が、俺の目力は分厚い筋肉の鎧にあえなくはじき返されてしまった。

 筋肉には勝てなかったよ……。


『ウガァ! ホホホホゥ!』


 お気に入りのおサルTシャツを焦がされて怒ったのか、分厚い胸板をドンドコ叩いて猿面ゴリラたちが襲い掛かってきた。


「伏せろ!」

「ひぃっ!?」


 安藤さんを背中に庇いつつ、列車の前後に向けて手を伸ばした俺は、掌からドリルのように高速回転させた超高密度のエネルギー弾をぶっ放す!


 回転させることで貫通力を高めたエネルギー弾が、猿面ゴリラの筋肉の鎧をぶち抜いて、さらに連結部のドアを吹き飛ばした。

 敵を倒して霊力の新たな使い方に気付いたおかげかレベルが二つ上がる。

 これでレベル十三。



 ――――――アホなのね、アンタ。



 記憶の一部がまた蘇る。

 ……そうだ。あの時はあっさり流してしまったけど、思い返してみれば違和感しかない。

 初対面の相手に「相変わらず」なんて普通は使わない。そして、俺はそれを当然のように受け入れていた。


 それにあのどこか昔を懐かしむような表情。あれではまるで……。


 くそっ。コイツ、マジで何者だよ。




「なにボサッとしてんのよ! まだ来るわよ!」

「言われんでも分かってらい!」


 レイラが軽く足踏みすると、スカートの中からミニガンがゴトンと床に落ちた。

 オイコラ! 明らかに容積オーバーだろうが! どこにそんなもん入れてたんだよ!?


「砕け散りなさい!」


 レイラがミニガンを構える。

 法螺貝みたいな爆音と共に目の前の猿面ゴリラたちがバラバラに消し飛んだ。……おっかねぇ女。


 俺も負けじとレイラの背中側から襲ってきたゴリラどもを霊力弾でぶっ飛ばす。

 敵が粗方片付いたところで、再び車内アナウンスが流れる。


『クソがッ! ……ゴホンッ! えー、列車が発射します。閉まるドアにご注意ください』


 ドアが閉まり列車が再び動き出す。


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