第3話 メイド少女と異形の神編

 ――――――ててててん♪ レベルが 三 あがった!



 そして脳裏に響く謎のファンファーレとアナウンス。

 そういえば夢の中でもこんなようなアナウンスが流れたような気がするが……はて、あの時はどうやってレベルが上がったのだったか。

 つーかレベルってなんだよ。ゲームじゃねぇんだぞ。


「んあ……? なんか肩めっちゃ軽くなった」


 金髪リーゼントは文字通り憑き物が落ちたようにすっきりした顔になって不思議そうに肩をグルグル回す。

 どうやら霊障でイライラしていたらしい。


「(ひ、ヒロ!? おま、お前……っ!? な、なんで!? またオーラ増えとるし!?)」


 タッツンがつぶらな瞳を見開いて、小声で話しかけてくる。

 どうやらレベルが上がるとオーラの量が増えるようだ。

 俺にはオーラが見えないので自覚は全くないのだが。


 ちなみにコイツがいつもサングラスをかけているのは『見えすぎる目』を休ませるためだ。

 サングラスの色が濃くなるほど色々と見えにくくなるらしい。


 そりゃあ昨日まで霊感すら無かった俺が新学期早々いきなり目からビーム出したら驚くのも無理はないが、なんでと聞かれてもむしろ説明してもらいたいのは俺の方だ。

 マジでどうなってんだよ俺の身体。変な病気だったら嫌だなぁ……。

 などと若干不安になってきた、その時だった。



 ――――この豆粒ドチビ!



 唐突に、目も冴えるほどの黒髪狐耳美少女メイドから罵倒された記憶が脳裏をよぎる。

 なんだ、今のは。なぜメイドさん……?


 つーか誰が豆粒ドチビじゃい!? こちとらまだまだ成長期じゃ! このまな板メイ……ド……。




「……あ」




 俺はここでようやくレイラという名前を思い出す。そうか、まな板メイドってこの事だったのか。

 だが、それ以上の事がどうしても思い出せない。

 昨夜のことのはずなのに、まるで幼い日の記憶を辿るように曖昧だ。


 ひどく不気味で、不自然だった。

 思い出せない、というより、まるで彼女に関する記憶だけごっそりと抜け落ちているような。


 俺は、いったい何を忘れたんだ……?


「……どした? 顔色悪いぞ?」


 タッツンが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 ああ、くそっ! 思い出せねぇ!


「ぬぐぐぐっ。……はぁ。なんでもねぇ」

「お前本当に大丈夫か? あとで親父に見てもらった方がいいって絶対」

「ああ。そうするわ……」


 結局、ツンデレイラに関する記憶はそれ以上思い出せなかった。ああもう! モヤモヤする!


「おいコラ、さっきから何を人の目の前でコソコソ話してんだよ!」

「そっちから絡んできたんだろ。まあそうカッカすんなって。仲良くしようぜ、な?」


 いつまでも入り口の前で睨み合っていても邪魔になるので、金髪リーゼントの手を引き寄せて強引に握手を交わす。


「うぉ、なんだコレ!? う、動けねぇ!?」

「ケンカはよくないヨー。俺たちトモダチ。OK?」


 若干の圧を込めてにっこり笑いながらここは引いとけと言外に諭す。


 重心を押さえて相手の動きを封じる。

 これは合気道の技だが、自衛隊の格闘術は合気道の流れも汲んでいるので、動画を見て少し練習したらすぐに習得できた。

 幸いというか生憎というか、練習相手、もとい実験台は勝手に寄ってくるからな。何事もトライアンドエラーの繰り返しだ。


「お、OK……」


 はい、俺の勝ち。

 ヤンキーにはこの手に限る。あいつら自分より強いか弱いかでしか人を見ないからな。野生の獣と一緒だ。


 その場をなんとか丸く収め、自分の席を探して着席する。

 席順は名簿順になっているようで、俺の席は窓際の後ろから二番目。

 タッツンの席は俺の右斜め前だ。


 というか、俺の周囲がヤンキーで囲まれている件について。

 ヤンキー四面楚歌で俺の新学期が大ピンチ。入学式から大乱闘だけはマジで勘弁願いたい。

 つーか金髪リーゼント、お前の席俺の後ろかよ。気まずいじゃねーか。


「っべーわ。入学式から心霊現象とかヤバすぎだろ。な、お前もそう思うだろ? あ、オレっち小林健介こばやしけんすけな」


 隣の席のホストみたいな髪形の雰囲気イケメンが握手を求めてきた。

 なおイケメンなのはあくまで雰囲気だけで、顔自体はジャガイモである。

 意外とフランクな感じで内心ほっとしつつも、適当に頷き握手を返す。


「犬飼晃弘だ。よろしくな小林」

「白髪頭の犬飼って……もしかして西中の百人殺しの狂犬チワワ!? すっげぇ! 本物かよ!?」

「誰がチワワじゃコラァ!?」


 百人殺しなのにチワワとはこれ如何に。

 この強いんだか弱いんだかわからないダサイ異名のせいで、俺に喧嘩をふっかけてくる馬鹿が後を絶たない。

 そもそも誰も殺してねーし。どうしてこうなった。


「いや、ごめんごめん。オレっちのことはケンでいいぜ」

「もうチワワって言うなよ。気にしてんだから。あとあの噂は全部嘘だからに受けるなよ」

「大丈夫大丈夫、わかってるって。犬アレルギーのくせに雨に濡れた仔犬の飼い主探してやるくらい良い奴だもんな」

「あー、あったなそんな事。ってかそんな事まで噂になってんのかよ」

「見てる奴は見てるって事さ。あ、そうだ。『縁結び』しとこうぜ」

「おう。じゃあ俺のことはヒロでいいぞ」


 制服のポケットからスマホを出してアプリの『縁結び帳』にお互いを登録する。

 これでいつでもお互い、チャット機能と無料通話で会話できるようになった。


「にしてもヒロ、度胸あるよな! 絡まれても全然ビビってなかったしさ。そっちのデカイのも。名前なんてーの?」


 ケンがタッツンの肩を叩いて声をかける。どうやら人見知りしない性格のようだ。


「ん? あ、ああ、俺? 熊谷辰巳やけど……」

「そっか! オレっち小林健介な! ケンでいいぜ!」

「お、おう。よろしく」


 ケンが差し出した手を照れくさそうにタッツンが握り返す。

 タッツンの表情を見るに、どうやらケンはオーラも綺麗な根っからの陽キャらしい。


 タッツンいわく、善人と悪人ではオーラの雰囲気が全然違うそうで、オーラは悪いことをするほど黒く濁って、あまり黒くなると変な臭いまで発するようになるのだとか。

 アイツはすぐ顔や態度に出るので、俺自身はオーラが見えずともそれでなんとなく察しがつくというわけだ。


 今までで一番酷かったのは中一の時の担任教師で、初めてその顔を見た瞬間に盛大に嘔吐して気絶したほどだった。

 あの時は何事かと焦ったが、あの外道教師の悪行を知った今となってはゲロを吐いても仕方ないとも思える。


 吐き気を催す邪悪とは、ああいうやつのことを言うのだろう。

 ……高校ではそんなことにならなければいいのだが。




 嫌な過去を思い出してしまい、ちょっぴり新教師への不安を抱いていると、教室の前のドアが開く。


 教室に入ってきたのは、ぱっと見小学生かと思うほど小柄な、座敷わらしみたいなおかっぱ頭が可愛らしい女教師だった。

 緊張した面持ちで教壇の上にちょこんと先生が立ち……その背後になんかもの凄いのがピタリと寄り添う。


 それを一言で表すとすれば『阿修羅ドラゴン』だろうか。

 厳めしい三面の鬼神。その逞しい身体から生えた六腕は、それぞれが独立した意思を持つ龍だった。


 小柄でほんわかした可愛らしい先生を守護まもるように、先生の三倍以上もある巨体を揺らして阿修羅ドラゴンが教室内をぎょろりと見渡す。


 六椀の内の一匹と目が合う。

 龍頭の腕がしゅるりと音もなく伸びて、俺の周囲で蜷局とぐろを巻いた。


 めっちゃ睨んできてるぅー。目ぇ超光ってるぅー。ニオイ嗅がれてるぅー! 俺なんて食べてもおいしくないよお腹壊すよ怖いよーっ!


 助けを求めてタッツンの方に視線を向けると、残りの五匹に囲まれて蛇に睨まれた蛙よろしく石像のように固まっていた。

 他の生徒たちも守護霊(?)は見えずとも、本能的に何か感じるものがあるのか、全員一言も発さず小刻みに震えている。


 アレが見えていない生徒からすれば、一見、可愛くて優しそうな先生なのに、なぜか震えが止まらないというのはさぞや不気味だろう。


「な、なんですかこれー!? なんでガラスにひびが!? ああっ! 花瓶も割れてる!?」


 先生が教室の惨状を見て悲鳴をあげる。

 まあ確かに一部始終を見ていなければ、今の教室の状態は学級崩壊でも起きたようにしか見えないけれども。


「うぇぇん! はじめて受け持ったクラスが入学式から学級崩壊してますー!」


 くりっとした大きな瞳に涙をいっぱいに溜めた座敷わらし先生がその場に泣き崩れる。

 先生を悲しませたからか、阿修羅ドラゴンの目が赤々と怒りの色を湛えてギラリと光った。

 教室を謎の重圧が襲う。あ、これ死んだわ。


「せんせー! 違うっす! 心霊現象でこうなったんすよ! こう、突然パリーン! って。な? みんなも見たよな?」


 と、ここで手を挙げたのがケンだった。

 見れば机の下で足が震えていたが、それを気取られないように明るく振舞えるあたりは流石と言うほかない。

 ケンの言葉にクラスの全員が真っ青な顔で首を勢いよく縦にふる。


「ふぇ……? し、心霊現象ですか? たしかにここ数日、学校の備品が突然壊れる怪現象が続いているとは職員会議でも聞きましたけど……」


 いよいよお祓いしてもらった方がいいのかしら、とミニマム先生が不安そうに首をひねる。

 お祓いしてもらった方がいいのは先生の方だと思います。


「……あ! こんなことしてる場合じゃなかった! みなさんはじめまして! 私がこれから三年間みなさんの担任を務める三原美子みはらみこです! こんな見た目でも子供ではないですから、ちゃんと先生って呼んでくださいね。それでは早速、入学式の入場の流れを説明しますから、耳の穴かっぽじってよーく聞いてくださいねー?」


 ひとまず謎の怪現象は棚に上げて、教師としての職務を全うすることにしたらしい。健気である。

 後ろにくっついている「ぼくのかんがえたさいきょうのしゅごれい」さえいなければ、さぞ生徒から人気が出たに違いない。不憫な……。


 と、ここで俺は自分の制服の裏ポケットが熱くなっているのに気付く。

 不審に思い裏ポケットに手を入れると、見覚えのないメモが入っていた。

 すると、どういうわけか熱心に俺のニオイを嗅いでいた龍が少し嫌そうな顔をして離れていくではないか。


 メモを見る。

 ……どこかの住所が書かれているだけの、ごく普通のメモ用紙にしか見えない。

 そこでふと、朝見たときは一だった右手の数字が四に増えている事に気付く。


 こんなメモをポケットに入れた覚えはないし、字も俺のものではない。

 いったい、いつ、誰から……? 謎の数字といい、左手の走り書きといい、どうにも妙な事ばかりだ。


「――――――はーい、説明は以上です! ちゃんと聞いてなかった人は周りの人の行動になんとなく合わせればいいですから、あんまり緊張しなくていいですよー。それでは今から体育館に移動しますから、名簿順に廊下に並んでくださいねー」


 しまった。色々考えていたら説明をすっかり聞き逃してしまった。

 まあ、入学式なんて合図に合わせて立てばいいだけだろうし、そうそう失敗して恥をかくようなこともないだろう。

 最強の守護霊を背後に従えた先生の指示に従い、生徒たちが妙にキビキビした動きで廊下に並び、体育館へと移動を開始した。

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