第4話 メイド少女と異形の神編

 校長先生からの髪の毛は人生の長い友達云々うんぬんという話を最後に、入学式は無事に終わった。


 つるりと光る頭を撫でながらの「ある内に遊んでおきなさい」という実感の籠った言葉は、これ以上ない説得力をもって全校生徒の心に響いた事だろう。

 この学校の頭髪自由という珍しい校風は、そんな校長先生の思いがあるからこそだ。

 ハゲである事もまた自由。全然恥ずかしい事じゃない。


 そんなありがたいお話の途中にも、そこそこヤバそうな悪霊が何体か壁や天井をすり抜けて現れたが、すべて三原先生の守護霊のエサになった。


 伸縮自在の龍の首が悪霊を捕食する様子は、以前テレビで見たカメレオンの舌を彷彿とさせた。

 あの牙がいつか自分に向かってこない事を祈るばかりである。


 いつだったか、タッツンが「見えない方が幸せだ」と心の内を漏らした事があったが、今になってようやくその言葉の意味が理解できた。

 確かに世の中にはほうが幸せなこともある。


 それはそうと、入学式が終わったあと、家の近所にある本歩来寺ぽんぽこじに立ち寄り、突然霊能力に目覚めてしまったことについて専門家の意見を聞こうと和尚に相談したのだが……。


「……ふむ。それで、いつの間にかそのメモが制服の中に入っていたと?」


 スーツから袈裟にけなおした和尚が、寺の講堂で俺に問い返す。

 ちなみに、こんな変な名前の寺だが、室町時代から続く由緒あるお寺である。


「なんか魔除けの力もあるみたいなんすよ。……なんなんすか、これ?」

「見たまま、ただのメモだよ。ただし、凄まじい呪力が込められているがな。……こんなマネができる人物は、ワシは一人しか知らん。今からこの住所へ伺うから、二人ともついてきなさい」


 と、一人納得したように頷いて、戸惑うタッツンも一緒に連れて車でメモに書かれた住所まで向かうことになった。

 しかし今更だけど、お坊さんが車を運転する姿ってすげぇ違和感あるよな。


「ところで、お前たちの担任の先生の『アレ』は凄かったな。あれほど強い守護霊はワシもはじめて見たぞ」


 黒い軽自動車を街の外へ向かわせながら、後ろに座る俺たちに和尚が話しかけてくる。


「三原先生。オーラは清らかなんやけどなぁ……」

「クズ谷とは真逆のベクトルでおっかねぇよな」


 クズ谷とは俺たちが中一のときに担任を務めていた腐れ外道のことだ。

 あいつには「人間の怖さ」を嫌というほど教わったが、三原先生のアレは別次元の恐怖だ。

 オールデイズ命の危機とか冗談抜きで笑えない。


「極めて格の高い神霊だぞアレは。妙に殺気立ってはいたが、おそらくそれも最近の幽霊の大量発生のせいだろうな」

「え、そうなんすか?」


 タッツンに視線を向けると目を逸らされた。

 コイツ、知ってて黙ってやがったな。


「……だって言ったらお前、絶対に『じゃあ幽霊退治行こうぜ!』とか言って、心霊スポット巡りするやろ」

「そりゃ行くだろ。そんな楽しそうな覚醒イベント見逃すわけねぇじゃん」

「だ~か~ら! 地道に修業する以外で霊感が身に付いたらヤバイっていつも言っとるに!」

「でも、今のところなんともないんだろ?」

「そりゃそうだけどさぁ……」


 コイツには、俺には見えない。

 そのことを俺はつい昨日までずっと、心の片隅で羨ましいと思っていた。

 だから少しでも霊感が身に付けばと思って、中学生の頃は心霊スポットの噂を聞けばあちこち自転車で出かけたりもしたのだが、俺が望んだような少年漫画みたいな超覚醒は、結局一度も起きなかった。


 それがまさか、こんな唐突に目覚めるなんて。人生なにが起きるか分からないものだ。

 思った以上に悪霊たちの見た目がエグすぎて若干後悔しているのは内緒である。


「なんだ辰巳、言っとらんかったのか? ……まあいい。最近、この街の幽霊の数が妙に増えておってな。元々この地は大きな霊脈がいくつも重なる大霊地だから、他よりも霊が集まりやすいんだが……」


 と、言ってるそばから、道を塞ぐように巨大な悪霊が地面の下から顔を出す。

 長い首から人の手足が無数に生えた、ろくろ首とムカデを足したみたいなやつだ。気持ち悪い。


 だが、そんな化け物が運転中に突然目の前に現れても、和尚はつまらなそうに鼻から息を吐くだけだった。

 車の前方に青白いバリアのようなものが発生して、車はそのままお構いなしに速度を上げて直進する。


 激突。


 景色と一緒にムカデ首の残骸が後ろへ流れてゆき、そのまま黒い塵となって消えていく。

 バラバラになって吹き飛んだムカデ首の手足を見て、ボーリングのピンを思い出した。

 何食わぬ顔で悪霊退治(物理)した和尚が再び口を開く。


「こんなふうに昼間から所かまわず出てくるようなことは今まで一度もなかった。まったく困ったものだ」


 心底うんざりといった調子で、やれやれと和尚が嘆息する。

 どうやら今の町の状態は和尚たちから見ても異常事態らしい。


「ところで俺たち、いったい誰に会いに行くんで?」

臥龍院尊がりゅういんみこと。ワシの知る限りでは世界最強にして最古の呪術師だ。熊谷家の初代と契約を交わし、それ以来、ワシらは先祖代々、この地を守る役目を預かっておる。……数千年の時を生きるとすら噂される不老不死の怪物だよ」

「……冗談っすよね?」

「……少なくともワシがお前らくらいの歳から見た目は全く変わっとらんよ」


 和尚がゆるく首を横にふって苦笑する。

 いやいや、不老不死って。漫画じゃあるまいし……。


 しばらく行くと、やがて周囲の家々はまばらになり、車はそのまま山の中へと入っていく。

 やがて曲がりくねった細い山道の先に、じっとりと闇を抱え込んだ不気味なトンネルが見えてくる。


「そら、このトンネルを越えたらすぐだぞ」

「お、和尚。ここってまさか……」

「全国的にも有名な心霊スポットだな。なーに、心配するな。一気に突っ切るから不安ならしっかり掴まっておけ! ノウマクサンマンダバザラダンセンダマカロシャダソワタヤウンタラタカンマン!」


 和尚が不動明王の真言マントラを早口で唱えて車の速度をさらに上げる。

 言霊が梵字の火花となってほとばしり、山吹色の結界となって車体を包み込んだ。

 トンネルへ近づくほどに、制服の裏ポケットに入れていたメモが再び熱を帯びはじめる。


 ぐおん! と空気がたわむ音がして、車がトンネルに突入する。

 窓の外に目を向けると、無数の悪霊たちが除霊車と化した軽ワゴンに次々と撥ね飛ばされて塵と消えていく。

 なんだかB級スプラッタ映画でも見ているような気分だ。ミンチよりひでぇや。


「抜けるぞ!」


 出口から差し込む光に視界が白む。

 トンネルを抜けると、左右に杉並木が並ぶ一本道に出る。


 なんとなく背後が気になって振り返ると、トンネルの入り口付近でバイクのチェーンが絡まった赤黒い肉塊のようなモノがぐじゅぐじゅとうごめいているのが見えてしまった。ヒェッ……。


 ……帰りもあそこ通るんだよなぁ。嫌だなぁーっ!


 などと考えている内に、前方にレンガ調の瀟洒しょうしゃな洋館と、それを守る草生くさむした大きな鉄門が見えてくる。

 車が近づくと門はひとりでに開いて、車はそのままゆっくりと敷地内へ入っていく。


 藤の花が咲き乱れる前庭を横切り、馬車回しに車が停車する。

 玄関の扉の前には夢の中で会った老執事が背筋を伸ばして立っていて、車から降りた俺たちを折り目正しく出迎えた。


「ようこそおいでくださいました」

「お久しぶりですな、逢魔さん」

「五年ぶりになりますかな。和尚様もお変わりないようで何よりでございます。さあ、主人がお待ちです。どうぞ中へ」


 和尚が老執事(オウマさんと言うらしい)と挨拶を交わし、オウマさんに連れられて屋敷の中へと通される。

 珍しい名前だが、どういう字を書くのだろうか。


 玄関扉を潜ると、そこは二階まで吹き抜けになったエントランスだった。

 外観と同じレンガ調の壁には、古めかしい金の燭台が等間隔に取り付けられていて、そこに灯る蝋燭ろうそくと天井から釣り下がったシャンデリアの光が館の中を優しく照らしている。


 正面には二階へと上がる階段が両翼に広がり、オウマさんの案内で階段を上がり二階の奥へと進む。

 迷路のように複雑な館の中を右へ左へ曲がっていくと、やがて両開きの重厚な扉の前までやってきた。


「お客様をお連れしました」

『お通しして』


 涼やかな美声が響き、オウマさんが扉を開ける。

 扉の奥は落ち着いた調度品が並ぶ客間だった。

 磨き抜かれた黒檀のテーブルを挟んで、黒革のソファーが向かい合わせに並んでいる。


 向かって右側のソファーには、この屋敷の主人だろう。黒い西洋喪服に身を包み、ヴェールで目元を隠した年齢不詳の女が座っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る