第2話 メイド少女と異形の神編

「俺のクラスは……んだよ、また三組じゃねーか」


 入学式当日。

 俺は県立白烏しろからす高校の校門を潜り、昇降口に貼りだされたクラス名簿から自分の名前を確認して溜息をこぼす。

 この学校はクラス替えは無いので、これで俺は十二年連続で三組が確定したことになる。


「いいじゃない、さわやかで」


 と、母ちゃんがいまいち伝わらない冗談を言いながら、俺の背中をバシバシ叩く。

 俺がまだ小さい頃にそんな名前の番組があった気もするが、オープニング曲のメロディーが妙に耳に残っているだけで、内容はまったく覚えていないからなんとも言えない。

 ちなみに父ちゃんは妹の中学の入学式に出席しているので、ここにはいない。


 それはさておき、同じクラスに知っている名前が無いか探してみると、幼馴染のタッツンこと熊谷辰巳くまがいたつみの名前を見つけた。


「「まーたアイツと同じクラスか…………あ?」」


 異口同音の溜息に振り返ると、俺を見下ろすグラサンパンチパーマの強面巨人、もといタッツンと目が合う。

 せっかくの洒落しゃれたデザインの制服もコイツが着るとヤンキー漫画の登場人物にしか見えない。


 なんでも、卒業生の有名デザイナーが、母校の制服のダサさを嘆いてデザインを申し出たらしく、七年ほど前から今の制服に変わったらしい。

 女子の制服もこの辺の高校の中では一番オシャレだと評判で、ついでに女子の顔面偏差値も高いともっぱらの噂である。


 ともあれ、これでコイツとはお寺の保育園も合わせて十五年の付き合いになることが確定したわけだ。


「おお、ヒロ。そんなとこにおったんか。小さくて見えんかったわ」

「誰がミトコンドリアだ!?」

「いや、言っとらん言っとらん」


 俺と誕生日が三日しか違わないくせに、俺より身長が三十センチ以上もデカイとは何様だ。

 こいつを見ていると本当に同じ人類なのか信じられなくなってくる。

 昔は俺の方が大きかったのに、中学入った途端に雨後のタケノコみたくにょきにょき伸びやがって。畜生。


「おや。これは美春先生、おはようございます」


 と、タッツンの背後からスーツ姿の筋肉ヒゲダルマが、巌のような四角い顔をのっそりと出して、母ちゃんに軽く会釈する。

 このスーツが絶望的に似合っていないツルツル親父がタッツンの父親にして本歩来寺ぽんぽこじの和尚、熊谷辰虎くまがいたつとらである。


 ちなみに俺の家は一階が診療スペースになっていて、父ちゃんが鍼灸師しんきゅうし、母ちゃんが整体師をやっている。犬飼鍼灸・整骨院だ。

 和尚が母ちゃんを先生と呼んだのもそういう理由だ。


「あら和尚さま。おはようございます。ウチの子がまた辰巳君と同じクラスになったみたいで。今後ともよろしくお願いしますね」

「いやいや、こちらこそ。いつも辰巳がお世話になってばかりで」

「いーえそんなとんでもない! ウチの馬鹿息子の方こそ辰巳君にはいつもお世話になりっぱなしで」


 オバサン臭い仕草で母ちゃんがおほほと笑う。 

 歳の割には若作りで、同じクラスの男子から「お前の母ちゃん美人だよな」と言われるくらいには美形な我が母だが、中身は自衛隊上がりのメスゴリラなので見た目に騙されてはいけない。


 なんでも、特殊作戦群とかいう特殊部隊にいたらしいが、ある日思い立ったように自衛隊を退官して中央アジアくんだりまでマッサージ修業の旅に出て、それから日本に戻って柔道整復師の資格を取ったとかなんとか。

 我が母ながら、ずいぶん濃ゆい人生を送っているなぁと常々思う次第である。


「……ところでヒロさ、昨日なんかあった?」

「あ? なんかってなんだよ」

「いや、なんていうか、一昨日見たときとオーラの量が全然違っとったから、なんかあったのかと……」


 昇降口で母ちゃんたちと別れ、教室へ移動しながらタッツンが小声で話しかけてきた。

 コイツは幽霊以外にもオーラや人の死期など普通の人には見えないモノが色々と見えるらしいが、そのせいで周囲から怖がられることも多いので普段はあまりそういう事を話したがらない。


 せいぜい俺が知っている事といえば、コイツの色々視える眼は母親譲りのものであるらしいことくらいだ。

 ちなみにタッツンの母ちゃんはピアニストとしても有名で、コンサートのために世界中を飛び回っているため、滅多に日本には帰ってこない。


 なお、どこの方言か分からない微妙な訛りは、地方出身の幽霊の方言を聞いている内にあちこちの言葉が混ざってしまったらしい。


「うーむ。……強いて言うなら変な夢? は見たかな」

「夢?」

「そう。ケツからビーム出す夢。ああ、あとカッコイイ老執事とも会ったな」

「なんじゃそりゃ。わけわからん」

「まあ夢なんてそんなもんだろ」

「うーん。まぁ、身体に異常がないならいいんやけど。特に死相も出とらんし」


 と、そうこう話している内に一年三組の教室に到着。

 教室に入ると二種類の視線が俺たちに向けられた。


 一つはグラサンパンチパーマの強面野郎に対する一般ピーポーたちからの恐怖の視線。


 そしてもう一つは、入学式から気合いの入った頭でやってきた同類(本当は違うけど)に対する、値踏みするような視線。


 ちなみにコイツが頭をパンチパーマにしているのは、高校を卒業したら寺を継ぐことが決まっているので、どうせ剃るなら今の内に遊んでおきたいという割としょうもない理由だ。

 それならもっと今風の髪型にすればいいのに、どうせやるならお釈迦さまと同じ髪型にしなさいと和尚に強く勧められ、試しにやってみたら思いのほか気に入ってしまったらしい。


 なお、お釈迦様の髪は螺髪らほつと言って、全部右巻きなのだそうな。

 閑話休題。


 ……つーかヤンキー多くない? 

 金髪リーゼントに赤髪ドレッド、果ては七色モヒカンまで。どいつもこいつも初日から気合い入れすぎだろ。

 そんなに眉間にシワ寄せて「!?マガジンのアレ」でも出そうとしてるの? 新連載始まっちゃうの?

 面倒な事になりそうな予感しかしない。


 確かに入試の時にもそれっぽい奴は会場内にチラホラといたが、まさかそいつらが全員合格していて同じクラスになるとは完全に予想外だ。

 なお、この学校は偉大なる校長先生の信念に基づき、頭髪の完全な自由が認められているので、どんな奇抜な頭だろうと校則違反には当たらない。

 

 ちなみに俺がここを志望した理由は、単純に家から近かったのと、諸事情で真っ白になってしまった髪を染めなくても学校に通えるというのが一番の決め手だ。


「おうテメェ、なにガン飛ばしてんだよチビ」

「んだとテメ……ぇ!?」


 予感的中。案の定絡まれた。金髪リーゼントの奴だ。

 大きい。三メートル以上はある。

 そして黒い。全身に大小様々な口があって、そこから舌の代わりに真っ黒な手がウネウネと伸びている。


 ……ねぇ君、背後に変なのりついてるよ? 大丈夫?

 ちなみに金髪リーゼント自身は中肉中背で、背後に憑りついている奴のせいか、心なしか顔がやつれている。


 明らかな化け物。入学式の朝に相応しくない、日常に入り込んだ異物。

 だのに憑りつかれている本人も含めて誰もアレの存在に気付かない。まるで、そんな化け物など見えていないかのようだ。


 タッツンの方に横目で視線を向けると、どうやらコイツもアレに気付いたらしく不愉快そうに眉間にシワを寄せてサングラスを外し――――。



 ――――――ビュイイイイイイン!



 と、タッツンの目からビームが迸った。

 えぇぇぇーっ!? お前そんなことできたの!?

 そういえば中学のころからたまに、を睨んだりするようになったけど、まさか目力で除霊していたとは思わなんだ。


 タッツンのメンチビームを食らった化け物はその身をよじらせながら悶え苦しみ、おぞましい絶叫をあげる。

 黒板を引っ掻いた音を百倍にしたような金切り声は、教室の後ろに飾ってあった花瓶を割り、窓ガラスに稲妻のようなひびを入れた。


 突然の怪現象に女子たちが悲鳴をあげて、ヤンキーたちが「なんだなんだ!?」と騒ぎ出す。

 思いのほか化け物が強かったのか、タッツンが奥歯を食いしばる。

 父親そっくりの巌のような四角い顔に一筋の汗が伝う。


 ところで、変な夢(?)を見たあとだからか、なんとなく今なら俺もビーム出せそうな気がする。

 こう、魂をグワッ! として、お腹の中でグルグル回して、目に集めてドピュっと……。



 ――――――ビュイイイイイイイイイイン!



 おおおおっ!? マジで出たよスゲェ!

 ということは、夜の路上でびっくりするほどユートピアしたのは夢じゃなかった……?


 うん。まあ、般若心経が効かなきゃ、やるか。

 俺ならそうする。なら皆もそうするはず。だから俺は変態じゃない。理論証明完了QED


 と、それはさておき。


 タッツンを援護すべく、ビームの焦点を重ね合わせる。

 するとジュウジュウと音を立てて化け物の身体が溶けはじめ、赤熱した胴体を俺たちの眼光がドバンッ! と貫き穿つ。

 身体に大穴が開いた化け物は、そのままサラサラと黒い塵になって空気に溶けて消えた。


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