第24話 動物園1


 王宮横の動物園で待ち合わせる、ということになってコスクァとは一度分かれた。

 代わりに、引き続きチマルマが一緒に行くという。


 陽の光の下で、チマルマと歩くと美丈夫びじょうふだということが一層よく分かった。

 艶のある黒髪と褐色の肌に、細い眉。切れ長の目尻と鋭い視線に、引き締まった唇。

 歩く姿の中にも、一本の芯が入っているかのように凛々しく、トラテロルコの雑踏の中であっても、存在感は消えることがない。


「テオあねの容体は、もういいのか?」


 ギックリ腰の治療をしてきたことを、チマルマにはさっき伝えてあった。歳上の女性の名前を呼ぶ時、アステカでは姉をつけて呼ぶらしい。

 チマルマもテオのことは知っていて、トラテロルコでも指折りの薬草店だという。


「あー、あとはもう日にち薬やな。いい薬草が揃ってたし」


 人間が治療で出来ることは、全部やった。あとは、時が治療する番だ。


「治療ができると言うのは、便利なものだな。お前なら自分で自分の治療もできるのか?」


「そりゃな。それこそ、最初は自分を実験台にして練習するし」


「なるほど。訓練の時に、お前がいれば治療しながら訓練を続けることができるな」


「いやいや。かすり傷ぐらいならともかく、骨折や裂傷は、すぐには治らんからね?」


「そうなのか? 残念だな」


「あんた、どんだけ訓練好きやのよ」


「訓練は、いいぞ。自分を限界まで追い詰めるたび、自分の知らない自分が現れるのだ」


「やべぇな」

 

 ちょっと危ない方向の笑みが浮かび出し、エナはチマルマから距離を取った。


「そうだ。この快感を知ると、もはや止められぬ。やばい」


 満面の笑顔だった。周囲に歩く人々がいなければ、槍を振り回し踊り出しそうなほどの笑顔だった。


「その訓練のお陰で、私は十五歳という最年少で黒豹を倒して豹戦士になったのだ。どうだ、すごいだろう」


 出会った中で、最高のドヤ顔だった。今日の晴天の元になっている、太陽よりも輝いている。輝きすぎて、まぶしさが痛い。


「え、あ、うん。あの、ハイ。スゴイ、デス」


「だが案ずることはない。お前もなかなかやるからな。私と訓練をすれば、豹を倒すこともやがて出来るだろう。そして、いい戦士になり、生け贄となって死ぬといい」


 いいことを教えてやったという、満足感に満ち足りた顔をしている。


「え、あ、うん。あの、あ、アリガ、トォ?」


 などと話していると、あっと言う間にテノチティトランの中央、王宮や大神殿のある聖域に着いた。


 大テオカリ地区とも呼ばれる聖域は、高い壁で囲まれていた。

 壁は火山岩を積み重ね、膠泥こうでいで塗り固め、白漆喰で装飾した壮麗なもので、聖域の名に相応しいものだった。


 鷲と豹と蛇の紋様が描かれ、ウィチロポチトリやテスカトリポカ、トラロックなどの絵文字が随所に刻印されてもいる。

 これを、“蛇紋の外壁コアテパントリ”という。

 呪術的な防衛の意味もあり、高度な建築技術と伝統の両方がそこにはあった。


 外からでもいくつもの尖塔や、大神殿上層部にある双子神殿がそびえ立ち、そしてすさまじい血臭と悪臭が流れてくる。


 隣接する動物園では、猛獣や毒蛇を飼っていて、王と貴族が食べた生贄の死体の残りを、餌にしている。


 



参考資料

『大神殿の前庭には、うずたかく積まれた死体の山。キチンと積み重ねられたシャレコウベの山。死体の肉は、動物園の猛獣の餌になる。アステカ人は、宗教の名において「宇宙の均衡を支えていく」ために、このような集団殺人をあえてしていたのである』

古代アステカ王国p140 中公新書 増田義郎著


『テノチティトランの中心部には、大テオカリの名で知られる「聖域」があった。その外側には、動物園や植物園が設けられ珍しい動物や植物がそろっていた。(中略)猛獣にはライオン、ジャガー、狼などが鳥肉や人肉で飼育されていた。また、大きな土の甕の中には各種の蛇が飼われていた。また、奇形児を集めて世話をしている場所もあった』

アステカ文明の謎 講談社現代新書 高山智博著


『死体を解体し、腿の一つは王にご馳走するために送り届け、残りは有力者や親戚の間で分配した。肉はトウモロコシと一緒に煮て小さなお椀に少量のスープ、トウモロコシと共に盛って各人に配った。この料理をトラカトロリという』

ヌエバ・エスパーニャ諸事物概史 サアグン神父著




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