第23話 コスクァ6


 エナの元に着いた時、異様な気配はもうどこにもなかった。


 頭蓋骨の仮面の戦士は、眠るようにこと切れ、エナも倒れて気絶している。

 豹の血臭が漂っているだけで、空は変わらず晴れ渡り、冷気を乗せた風がごうごうと稜線を吹きすさんでいる。


 天空の遥か高みで、一匹の大きい鳥が舞っていた。

 遠すぎてコスクァ視力でも大鷲オオワシなのか犬鷲イヌワシなのか区別がつかない。


 鷲と白い雪豹。

 二匹の聖獣。

 世の中の出来事には、意味が隠されていて、予兆に気がつくかどうかは本人次第だという。

 祝福なのか、凶報なのか。それさえも、今のコスクァには分からなかった。コスクァの精霊である草原狼コヨーテも、息を潜め固唾かたずを飲んで沈黙している。


 エナの体表には、赤い線はもうなく、豹の血にまみれているだけだ。


 赤い線の話は、聞いたことがないが、“

赤い道”の伝承は聞いたことがある。

 大いなるものが指し示す道の一つで、右でも左でもなく、上でも下でもない道。

 たった一つだけある正しい道。

 もっとも簡単で、もっとも難しい道。

 それが赤い道だという。


 エナの体の線と、それが関係あるのかは分からない。

 ただ、そこになにかの予兆を勝手に見出し、まつりあげたいとする人間は出てくるかもしれない。


 エナには、雷一族の生き残りということ以外にも、なにか秘密があるのかもしれない。


 エナを抱えあげようとした時、小さい毛玉が目についた。死んだ豹の頭部に隠れたまま、威嚇している。豹の子供だった。それも産まれて間もない幼獣だ。


「おいおい、マジかよ」


 どうしていいのか分からないまま、コスクァは毛玉を片手で拾いあげ、エナは肩に担いだ。


 難題を抱え込んでしまった。自分がそういう性分なのは、成人の儀式でコヨーテを得た時から知っている。

 抱え込んだまま強引に突き進む。そういう生き方しかできないのだ。

 

 南に向かって歩き始めた。稜線の先の山嶺は雪に覆われている。標高や風向きによっては、南の方が雪深いことも珍しくない。


 知っていることの、すべてをエナに習得させてやろう。落魂拳だけでなく、コスクァが知っていることのすべて。


 とりあえず、一つ決めた。


 この道の先に、なにがあるのかは今はまだ分からない。




† コスクァ回想編 了



参考

循経じゅんけい感伝現象についての臨床的考察

https://www.meiji-u.ac.jp/research/files/shinkyuigaku1_9.pdf明治鍼灸大学


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