第25話 動物園2


 動物園は、大神殿を囲う“蛇紋の外壁コアテパントリ”に隣接した島が丸々一つ、猛獣の棲家すみかになっている。

 人間の味を覚えた豹や獣がんでいて、一般人が立ち入るような場所ではない。


 チマルマについて行くと、王宮の裏手から動物園に続く橋があった。


 その橋は木で作られていて、いつでもすぐに取り外しが出来るようにしてある。テノチティトランは首都でありながら、常に戦時のことを想定して建設されている。


 橋の両端には若い戦士が一人ずついて、チマルマに敬礼してきた。


「ようこそ、チマルマ様」


「異常はないか?」


「はい。ヴィオシュトリ様が、いっこうに出て来られない以外は」


 橋から水路を見下ろせば、澄んだ透明な水がサラサラと音を立てて流れ、太陽の光を反射して輝いているのに、死臭と獣臭が入り混じった悪臭が、妖気のように動物園の奥から漂い出している。


 戦士が、動物園に通じる門を開けてくれた。

 門から先は土の道になっていて、隣接する植物園からの、豊かな植生が動物園にも蔓延まんえんしてきている。

 そのせいで、道の両側には背の高い草と苔が生えていた。

 土の道には、死体から流れ出た血が染み込んで黒い筋となって、雨が降っても消えることのない紋様を形作っている。


 道は、少し先で広場になっていて、そこで行き止まりだった。鬱蒼うっそうとした樹木が生い茂り、苔むし、先は見通せない。


 動物園に一歩踏み込んだ途端、殺気ににも似た視線がエナの全身を包み込んだ。人肉を喰らう獣の視線は、嫌が応にも肌に食い込んでくる。


「ここで平然としていられる、お前も相変わらずお前だな」


 チマルマが珍しく、まともな笑みを浮かべた。


「呪医術師の、“心の中の怪物ダマァゴメ”とは大したものだ」


 言いながら、チマルマはやぶから飛びかかってきたガラガラ蛇を無感動に槍で刺し殺した。


「あー! なにやってんねん! もったいない。殺したら、毒が採取できんやんか」


 ガラガラ蛇は生きたまま細口の壺に入れ、水を満たす。糞尿を出させたあとで、竜舌蘭の酒を入れると死ぬまでの間に毒液を吐き出しながら熟成していき、薬酒になる。


「すまんな。だが、そうするとなぜ死んだその蛇を持ち帰ろうとしている?」


 頭のちぎれた蛇を嬉々として手に持つエナに、チマルマが言った。


「肉は食って、骨を黒焼きにすんねん。あと蟹の甲羅の粉とか混ぜると、褥瘡じょくそうの薬になるんや。持って帰って、テオさんちで作って売ってもうけるんや」


「毒ヘビから作られる薬か」


「せや。あらゆる毒は、薬にできるんや」


「あの黒い粉薬のことは知っているぞ。傷口が腐っていても治っていくやつだ」


「お、中々物知りじゃんね」


 じっと見つめてくるチマルマの視線をかわし、先を促した。


「ほら、とっとと行くで。ヴィオ爺が待っとるんやろ」


 広場を抜けて歩いていくと、島の中央付近に大広場がまたあって、そこの木の切り株にヴィオシュトリとコスクァが座っていた。




参考

『伯州散』

中屋彦十郎薬局

https://www.kanpoyaku-nakaya.com/hakushusan.html

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