第20話 コスクァ3


 砂利と岩の間の土に、豹の足跡を見つけた。

 指の長さと歩幅から、若い雌だ。しかも、群れていない。


 数日前から、足跡は発見していて、確認しながら稜線を追跡してきた。南の方の高地は、まだ雪は積もってなく氷土もない。


 豹も、こちらのことには気づいていて、それでも足跡を隠したり、人間をだますようなことをしかけて来ない。

 

 それは歳の若い証拠で、歳た個体になると、さまざまな騙しを足跡にいれてくる。


 いつもはマヤの密林に棲む豹が、なぜかたまに森林限界を超え、高山にまで登ってくることがあった。


 誘い。足跡を見て、コスクァはいつもそう感じていた。


 戦うためか、あるいは死ぬためか。何度か山の稜線で出会ったことがあるが、見つめ合っただけで、コスクァとは戦闘になることはなかった。

 そうやって棲みついた豹の毛皮は白くなり、高地と氷壁に適応し、雪豹と呼ばれるに至っている。


「今日の獲物は、お前が獲ってこい」


 後ろを黙ってついてくる、エナに言った。


 エナは何を言っても、疑問を挟まず頷くようになっていて、まるでよく訓練された戦士のようだった。

 ただ、殺気や邪気は奥に秘めるようになっていて、表面上は一見無気力にさえ見える。


 コスクァの言うことは、行軍中の命令とでも思っているふしもあり、自分で考えることを放棄しているようでもある。


「若い豹の雌だ。無闇に近づけば襲ってくるだろうから、接敵しさえすればいい」


 おそらく、エナには襲いかかって来るような気がする。コスクァが、豹だったらそうすると思うのだ。


 また、黙ってエナは頷いた。武装は黒曜石の刃と細い紐。瓢箪に入れた水と一握りの干し肉。

 あとは、初級と中級仙術がいくつか。

 普通に考えれば、今のエナに勝てる相手ではない。

 

 勝てない相手に勝つ方法。

 それを、今ここで身につけねばならない。もう、手助け出来る段階はとうに過ぎていて、死ぬしかないような状況に追い込むことしかできない。

 死の際でのみ、手に入るものが確かにあるのだ。


「よし、行け」


 立ち上がったエナの尻を叩くと、珍しくちょっと驚いた顔をした。




 

 エナと別れると、コスクァはすぐに駆け出した。


 晴天のいい日だった。風はそよぐ程度で雲は一つもない。陽射し自体は強いが高地は肌寒く、動くとちょうどいい。

 こういう日は狩りには向かない。気配が通り過ぎるのだ。


 コスクァが稜線を駆け下り、一直線に向かっていくと、も、こちらの気配は察知していて、手早く二手に別れた。

 三人と一人。

 やはり、禍々まがまがしい気配が混じっている。連中は、大なり小なりよくない気配をびているが、今回は飛び切りだ。


 連中は、言うなれば麻薬を使って“無敵の戦士”のようなものを作り上げようとしている。そこまでは、分かっていた。


 元々、世界中で麻薬はよく使われていて、戦闘時にも煙にしてよく吸う。

 神経を研ぎ澄ませ、気分を高揚させる。

 精霊との交信を密にし、大いなるものと一つになるのだ。


 敬意を持って使われる麻薬は聖なるものであり、テスカトリポカからの恵みでもある。


 だが、連中は違う。悪しきものとして使い、快楽を貪り、堕落させる薬としてテノチティトランにもばら撒き始めている。


 未だ目的は不明で、不穏な影だけでしかなかったものが、雷一族に目をつけ“知られざる生命の秘密”にまで手を出して動き出した。


 テノチティトランでは、夜な夜な“両面宿儺りょうめんすくな”や、泣き女という妖怪が跋扈ばっこし、旱魃かんばつや洪水、イナゴの大量発生などが頻発し始めている。

 

 いよいよ、来たるべく“一の葦の滅びの日”の前兆が現れ出したのだ。


 呪医術師の隠れ里が滅んだとヴィオシュトリから聞いた時、コスクァはそう思った。



 

† 参考資料


『第六の前兆は、泣きながら叫びながら行く女の声がたびたび聞こえた』

『第八の前兆は、たびたび人々の前に奇怪な人間、頭は二つあるのだが胴体は一つしかない人間があらわれた』

大航海時代叢書第2期12-征服者と新世界p9











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