第21話 コスクァ4


 黒く染めた貫頭着の男たちだった。

 針葉樹が生える斜面で追いついた。


 一人だけが頭蓋骨とうがいこつの仮面を被り、離れた場所からこちらを見おろしている。

 下顎部分はなく、額から頬辺りまでが精巧に作られ、眼窩の奥にある瞳は正気と狂気が混在したような、不気味な光を放っている。

 

 三人は黒曜石の刃を手に、地面につきそうなほど低い姿勢で構えた。

 それは連中のよく使う構えで、アステカ戦士団の戦い方とはまったく違う。

 思いもよらない場所から斬撃が来て、しかも刃先には麻痺毒が塗られているのだ。慣れなければ、戦士と言えど簡単にやられてしまう。


 連中は頭蓋骨の仮面の戦士を、“黒い太陽の戦士”と呼び、アステカに対して反旗はんきひるがえしている。


 一番右の男が、下から刃をり上げてきた。かわして踏み込んだ所を、別の男がすかさず切りかかってくる。連携の呼吸が絶妙にうまい。


 攻撃でできた隙を、一人が巧みに補い、もう一人が牽制し、三人目が足元からい上がるような斬撃を入れてくる。


 黒曜石の刃に、塗られた毒がやっかいだった。

 いつもより半歩余分に回避する必要があって、その半歩分が遠い。


 コスクァは腰を落とし、両手を突き出すように構えた。

 呼吸を整え、成人の儀式で得た草原狼コヨーテの精霊をその身に宿す。

 力の源泉たる心臓が強く拍動し、体の隅々にまで精霊の加護が行き渡っていく。


 “瞬歩”。三回連続で発動させながら、一人の男の脇を駆け抜けた。


 パリン。


 駆け抜けながら、石破を込めた拳で黒曜石の刃を殴って破壊した。


 男は何事もなかったように、黒曜石の欠片を拾い、懐の瓢箪から毒液をかけなおしている。


 話しかけても喋らず、捕まえて拷問しても口を割らない。


 厄介な相手だった。

 アステカの歴史のなかで戦ってきた、どの部族たちとも何もかもが根底から違う。


 おそらく、連中は精霊を得ていないのだ。


 だから、心のうちに住まう精霊の声に耳を傾けない。

 アステカ人のように、羨望せんぼうに値する戦士として生き、生け贄となって死ぬ運命を望んでいない。


 それは、あり得ない生き方だった。

 コスクァにとって理解できない、まったく別の何かに命をけているのだ。


 流水を使いながら、三人の間に割って入った。葉隠。


 誰かの体の陰になるよう目まぐるしく動き、瞬間も止まらず攻撃の手数を増やした。


 肘。ようやく一人の肋骨に叩き込んだ。折れた肋骨を、さらにえぐり込んで内臓に刺す。その一瞬が無かった。

 毒が塗られた黒曜石の刃が、耳の近くでヒュッと風を切る。

 振り抜かれた刃を追いかけるように踏み込み、“龍墜の裏”を発動させた。


 地面を蹴って垂直に上へ。回転しながら踵で一人の下顎を蹴り砕く。


 一度、距離を取った。


 肋骨を折った方は、まだ立って構えている。顎を砕いた方は、もう倒れて動かない。


 一人減った途端、三人の殺気が急激にしぼんで見えた。


 いきなり、仮面の戦士が斬り込んできた。船ののような形に削り出された棍棒に、無数の黒曜石の刃を埋め込んだ凶悪な武器マクアフティル。


 普通の動きが、すでに異様に速い。


 斬撃の合間に、蹴りと拳も飛んでくる。躱すので精一杯だった。そこに、二人組の連携が加わってくる。


 ひるみそうな、自分の心に気づいて鼓舞した。

 目に見えない怪物ダマァゴメは、いつも弱い自分の横にいて、いつでも喉元にその牙を突き立てる準備をしている。


 勝てない相手に勝つ力。


「偉そうに、エナに言ってる場合じゃねぇな」


 それは、体と魂の奥に眠る力で、命を懸けて勝利の運命を引き寄せる力だ。


 テスカトリポカの示す運命にあらがい、進むと決めた道を最後まで進み続ける意志の力。


 腹をくくって、今まで修めてきた自分の仙術の先へ向かって踏み出した。


 口をすぼめ、長く細く息を吐く。吐きながら、自分とコヨーテ、天と地の気が入り混じり、一体となって融合していく。


 四神六合。


 東西南北と天地。この世のすべてとコスクァが一つになって、恍惚こうこつと万能感が満ちる。


 仮面の戦士と二人組の斬撃が、三方から一斉にくる。


 死が、すぐそこにある。構わず、死に向かって踏み込んだ。生と死の境。死界。


 雷転瞬動。


 なにかに引っ張られるように、仙術が組み上がり、発動した。

 全身に微弱な電流が走り、思考は精妙に澄み渡っている。

 なにが起こったのか、自分でも一瞬分からなかった。

 雷転瞬動は、今まで一度も使えたことのない術だ。


 気がつけば、二人の男は弾き飛ばされ、昏倒こんとうしている。


 それを見て、仮面の戦士が背を向けて走り出した。


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