第19話 コスクァ2


 流水は、すぐに覚えたが“葉隠はがくれ”には手間とっている。


 流水は、相手の攻撃を受け流す回避技で、葉隠は相手の隙につけ込んで姿をくらましたり、懐に入り込む回避技だった。


 どちらも、相手の気を読んで、攻撃を回避という点は一緒でも実際にやってみるとかなり違う。


 何度も基本の歩法をなぞりながら練習するさまは微笑ましかったが、エナの瞳に宿る色は黒いままだ。


 教えると決めてからは、手取り足取り教えたことは一つもなく、技を見せるだけにしていた。

 すべてを教えることは学ぶ機会を奪うことで、良くないこととアステカではされている。


「ぐっ」


 組み手の練習で、エナが拳を腹に受けて吹き飛んだ。

 コスクァの素早さに、流水が間に合っていない。

 それでも半分は発動していて、吹き飛びはしても、体の芯には入らなかった。


 やはり、驚くほど修得が早い。


「気を練るのが、遅ぇんだよ」


 葉隠と“瞬歩”で、吹き飛んだエナに追随ついずいした。

 瞬歩は、仙術の基本歩法の一つで、他の技と組み合わせることで、視界と意識の外での動きができる。


「避けられないと死ぬぞ。これが“龍墜りゅうつい”だ」


 回転しながら、かかとを振り上げ重心のすべてを乗せて振り下ろす。踵には石破を二重に込めていて、直撃すれば大岩をも砕く。


 “瞬転”。紫電の残像だけを残して、エナの姿が消えたように見えた。

 コスクァの踵はドゴっと、ありえない音を立ててエナの下にあった岩だけを砕いた。


 エナは、すぐ横で荒い息を繰り返し、四つん這いになっている。


 瞬転は一度も見せたことのない技だ。瞬歩よりも早いが、移動距離は短く、体への負担も大きい。

 しかも、瞬転の最上位術“雷転瞬動”に近いものがあった。


 見たことのない技を、自分で工夫して会得した。


 無意識でやったのかもしれないが、コスクァは伝授された技しか使えない。

 仙術気身闘法の伝承は、受け継いだ技をほんのわずか改良して、受け渡す。それを繰り返して、現在に至ったものだ。

 既存の術であったとしても、、などということは聞いたこともない。想像したことさえない。


「マジかよ……」


 エナが起きあがろうとして、気絶して寝込んだ。





 尾行の気配があった。


 まだ、山一つ以上離れていて、振り切ろうと思えば振り切れるが、どこか気配がある。


 明日には隊商と合流することになっていて、エナは隊商に紛れてインカ帝国タワンティスーユに亡命する算段だった。


 インカとアステカは、ほとんど国交はないが、ないわけではなく地理的に離れすぎているために敵対もしていない。


 長距離武装商人の多くはマヤと交易をしているが、ごく一部はインカとも商いをしていて、コスクァとヴィオシュトリは二人で話し合ってエナをインカに亡命させることにした。

 形式上、コスクァという貴族ピピルティンの養女ということにし、インカの王宮にもそう伝えてある。


 コスクァの部隊を三つに分け、エナと一隊はインカへ、一隊は北上して敵を撃退しつつチチメカへ、もう一隊はテノチティトランに帰還して、引き続き偽装工作をする。


 部隊が受けた命令と建前は、そうだ。 


 だが、雷一族は、一人たりとも生き残ってはならない。

 特にエナは、前族長の隠し子で、“知られざる生命の秘密”を伝授されている可能性がある。

 どんなことがあろうと、“敵”の手に渡ってはいけないのだ。


 インカへの亡命途中での死亡。


 それが、もっとも望ましい。

 方法はコスクァに一任されていて、遅くとも部隊に合流する前には殺さなければならない。


 もし、エナに生き残る方法があるとすれば、それは本気のコスクァを倒すということだった。

 でなければ、雷一族の災いは世にい出て、すべてを焼き尽くす終焉しゅうえんの炎となるだろう。


 古来より、アステカに伝わる口伝くでんを守るのが神官戦士であるコスクァの使命なのだ。


「どうしたもんかな」


 考える時間は、あまりない。

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