第16話 チマルマ再来


 出来上がった煎じ薬を瓢箪ひょうたんに詰め、テオに渡して来た。


 その後で、修治室を借り、“突撃じょう”と名付けたあめを十個作り、一個はすぐ食べた。


 濃度を少しづつ高くしておいて、最後の十個目は致死量の三倍にしてある。

 効能は、脈拍が早くなり、瞳孔が開き、力がみなぎってくる。摂取し過ぎると、内臓と肺をやぶり、脳と心臓を破壊してしまう。


 気狂いナスなどの毒草を組み合わせ、インカとマヤで改良を加え、自分に合わせて調合したものだった。ただし、寿命と引き換えに身体能力の限界を超えさせるもので、よくない類の薬だ。

 

「さーて、することは全然やったし、行きますか」


 ちょうど、自分に向けられた気配が家に近づいて来た。


 マリナリとは、詳しい打ち合わせをしていない。

 出かけるまで誰も来ず、何もないようなら一人で聖域にいるヴィオシュトリの元まで行くつもりだった。


 テオの家の中庭から見上げる空は青く、よく澄んでいる。

 湖を渡る風が、ほどよい湿気と冷気を運んで来てもいる。


 太陽は中天に差しかかり、今日も陽射しは強く、白亜の街並みを照らし上げていた。


 死ぬのに、ちょうどいい日。


 違う。


 心に浮かんだ言葉を、即座に否定した。今日から、始まる日だ。

 体中に巻きついた、見えない鎖を断ち切り、自分の足で自分に寄って立つ日。


 おそらく、きっとこれがエナにとっての成人の儀式の最終日なのだ。


 外に出た。


 テオの家周辺の医薬品地区も、人通りはかなり多い。

 男は、ほとんどが上半身裸で肌は日に焼けて褐色になっている。さまざまな部族がいて、マヤ人やたまにインカ人もいる。


 離れた大通りの方からは、雑踏の音がしていて、トラテロルコ大市場には噂通り数万人はいそうだった。


 テオが、薬草屋で一級の修治室を持っていたのは幸運だった。手持ちの突撃錠は、使い果たしていて、ヴィオシュトリに会う前に用意したいと思っていたところだ。

 今までに使わなければならない場面が何度もあって、無毒化が未完成の突撃錠も使ってきた。

 そのせいで、味覚の大部分が失われてしまったのだった。

 障害は、わずかだが聴覚と視覚にも及んでいて、仙術の望と聞で補っている。


「ま、致命傷以外は、かすり傷やしな」


 伸びをしながら、中庭を歩いて敷地を出た。敷地と道路の境界は、背の低い垣根になっていてまたげばどこからでも出入りできる。


 一歩出た所で立ち止まった。

 笑ってしまいそうなほど、明確な殺気が足元に突き刺さっている。


 投擲とうてきの風切り音。


 ひょいと横に動いてかわした。間髪入れず、足元にズンっと音を立てて短槍が突き刺さった。

 漆喰で舗装された地面に、半分ほどもめり込んでいる。

 周囲の人々が驚いて離れ、エナを中心に誰もいなくなった。


「ずいぶんと、ゆっくりなのだな」


 チマルマが、何事もなかったかのように悠然と歩いてきた。昨晩の戦闘用の油や炎の紋様は落とし、褐色の素肌をみせている。

 颯爽と歩く姿は、豹の戦士らしくさまになっていて自然と人々は道を開けていく。


「豹槍術の一つ、“烈空”という技だ」


 突き刺さった槍を、ずぼっと引き抜き丁寧に土を払い、なぜかドヤ顔を向けてきた。


「あほか! 家まで来とんやったら、普通に声かけんかい! っていうか、なんで往来で、殺気込めて槍投げつけとんねん」


 とりあえず、丸く結い上げた髪ごと頭をしばいた。


「? お前なら、躱せるだろう?」


「そういう問題ちゃうわっ」



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