第15話 エナの朝食


「ちょっと、今日は遊びに行ってくるから、ご飯いらへんから〜」


 治療が終わると、共同の上水路から水を汲んできてかめに溜め、朝食はエナが作った。

 テオは、引き続き寝室で寝させ、素焼きの皿と汁椀に加工した瓢箪ひょうたんに食事を入れて持ってきた。


 トウモロコシとトウガラシの粉を適当に練って適当に焼き、発酵豆と茹でたジャガイモを、トウガラシと香辛料だけで味付けして適当に潰して適当に混ぜた。

 汁物はトウモロコシ粉をいて、ウーパールーパーオショロトルとトウガラシを丸ごと鍋に入れ、適当に煮た。


「あんたね、作っておいてもらって文句を言うもんじゃあないけど、口に入れるものは丁寧に作らなきゃいけないよ」


 テオは、どんよりとした目で、運ばれてきたエナの朝食を見て言った。


「ナンデスト!? うち史上、もっとも手の込んだ朝ごはんなんやけど!? いったいどこに問題が!?」


 心底意味が分からないという顔で、エナは抗議した。

 トウモロコシ粉の練ったものは、表面は焦げて中は生だったが、トウガラシが効いて

問題ない。

 発酵豆とジャガイモと香辛料は、混ざり合って茶色くなってえぐい臭いを放っているが、発酵とはきっとそういうものだ。

 汁は、トウモロコシとウーパールーパーの出汁が生臭く混じっているようだが、何ら問題ない。

 どう検討しても、命の危険はどこにも見当たらない。むしろ、体に良さそうな気さえする。


「うむ。我ながら完璧。さすが、うち。さすうち」


 胸を張って上から見下ろすと、鍋で煮えあげられたウーパールーパーと目が合った。よく見るまでもなく、実に嬉しそうな顔をしている。

 きっと、明日あたり、わしの精霊と一緒に太陽の共をして、天上界オメヨカンまで昇ることだろう。


「はー、あんたは、武術と呪術の腕はいいのに、他のことは学んで来なかったんだね」


 なぜか、大きなため息を吐かれてしまった。


「いやー、面と向かって褒められると照れるね」


「褒めてないよ」


「うそん!? マジか……。さ、さすが首都テノチティトランだけのことはあるね。料理に求められる質がこれほど高いとは……。都会恐るべし」


 ぴしりと、エナは自分のオデコを叩いた。


「あんたが、低過ぎるんだよ。今まで、いったいどんなとこで生きてきたんだい、まったく」


「インカのどえらい山奥とか、巡礼の氷山の中腹とか、豹だらけのマヤの高地と低地? みたいな?」


「どう生きたら、そんなことになるんだか……」


「人生とは、数奇なものなのデス」

 

 昔を思い出しながら、悟りを開いた神官のような顔をして言った。


「よし。あんた、ここでうちの手伝いしながら家事と炊事を覚えな。そんなんじゃ、将来困るよ」


「え、えぇぇ……。ええよ、別に。世の中、暴力があればなんとかなるんだってっば。エナ知ってる」


「ええじゃないよ。グダグダ言わずに、言う通りにしな」


「えぇぇ……。う、うち、用事あるし」


「じゃあ、さっさと終わらせてきな」


「えぇぇぇ……」


 そういうことになった。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る