第14話 抜腰虫の治療術2


 まず、香草を乾燥させて粉にしたものに、火をつけた。ゆっくりと煙が立ちのぼり、柑橘かんきつのような爽やかな匂いが立ち込めてくる。


 煙は、テスカトリポカがまとうとされていて、聖なるものの一つだ。

 煙には様々なものが宿り、よくないものを集め、浄化して消えていく。なぜかは分からないが、修治された薬草の煙は特にそうだった。


 服をめくって、テオの腰に直接触れた。


 手が皮膚に触れる瞬間と、離れる瞬間。この瞬間の手応てごたえが、最近ようやく分かるようになった。こういう触り方一つで、正気は補われ治癒が進む。これを手当てという。


「うん? あんた、なんかしてるのかい? なんだか楽な気がするよ」


 滞っていた正気が補われ、循環を開始した。

 触れ合うことで正気が流れ、さらに呼吸によって、天と地の気を取り込み、体内で一つにして、それもテオに流し込む。


「治療は、始まる前から始まっているのデッス!」


「あんたは、たまによく分からないこと言うね。でも、まぁじゃあ、一つ頼むよ」


「お任せー」


 軽く言った。

 目に見えない虫は言うなれば精霊の一種のようなもので、正しい順序と処置で、体から引き剥がして

 それが、“大地の龍この世”のことわりだ。


 二年後の、ケツァルコアトル神が帰還される、一の葦の滅びの年。現在のアステカ国王は、丁重にお帰り願いたてまつるよう、正しい順序と儀式を探しているという。

 現王は、類稀なる呪術師でもあり、テスカトリポカの煙の向こうに、見えない未来を見透す力を持っている。


 次いで、こっそり金属の棒を取り出した。


 銀と銅の棒で、大きさは爪楊枝つまようじ程度の短く細い棒だ。

 金属は一般には“禁忌”とされ、祭事の呪具か高位神官の装身具としてのみ、少しだけ認められている。

 エナはインカで、呪具師に頼み込んで作ってもらい、神に弓引くという意味で“しん”と名付けた。

 

 金銀や銅の金属は、気を集め増幅させる作用があって、それを鍼の一点に集中させることで、瞬間的ではあるが数百倍にすることができる。


 その作用でもって、邪にむしばまれた体の中身を、書き換えていくのだ。


 その際に使うのが“門”で、人間にも、“大地の龍”にも“門”と呼ばれる場所がある。

 正気と邪気は、門から出入りしていて、門は治療点であり診断点なのだった。


 “眼と耳と指を使って”、“望と聞と切を駆使して”門を探していくのが呪医術だと、エナは祖父から習った。


 門を通廊として気の流れを見極め、正邪の境を見定める。


 この世に昼と夜があるように、正と邪があり、天と地と、過去と未来がある。

 なにもかもが“ニ源にげん”から出来ていて、その象徴として、ウィチロポチトリとテスカトリポカがおられる。


 人間は“二つ”をつなぐかなめの円環として、この世にいるのだ。


 門を探し、壊れた要の円環をする。

 呪医術師のすることはいつも一つで、その中で出来ることをする。


 治療をしていると、泡沫のように祖父から教えられた言葉が、浮かんでは消えていく。


 集中して正や邪の気の流れに身を委ねていると、心の中が澄んできて、いつの間にか指先を動かしていて、治療が終わってしまう。

 エナは、その感覚が好きだった。


「治ったよ」


 言葉も勝手に口から出ていた。


「治った? 今日の分の治療が終わったってことかい? ずいぶん楽になったけど、動こうとすると、まだちょっと痛いよ」


「ううん。治った。抜腰虫は、もういない」


 手応えとして、はっきり指先に確信がある。


「それに、“仕上げは、いつも時がする”っていうのが、うちの、まぁ、部族のこよわざなんよね。明日には完全復活するから、今日はゴロゴロしてるとええよ。煎じ薬も、今作ってるし」


 人為的に施した術のみで、治療し切ってしまうと、時間が経つと悪化してしまう。

 時間を考慮して治療する必要があるのだ。


 言いながら、テオの手首の脈を取った。脈に透明感と艶がある。

 いい治療が行われると、必ず透明感と艶が出てくる。


 根源を探るには、眼以外で見、耳以外で聞くしかない。

 見えないもの、聞こえないもの、触れないもの。

 精霊たちは根源と共に、そこに居てそこからいつも人間に何かを語りかけている。


 耳を傾ければ、聴こえてくるのは祝福と喜びの歌だ。


「まぁ、明日になって治ってなかったら、また診るから」


 今日、生きて帰ることが出来れば。それは、言わなかった。

 


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