第17話 零番隊の隊長


「ふむ……。これは失礼した。お前は、確かチチメカの産まれで、この辺りの文化を知らないのだったな」


 チマルマは立ち上がり、エナを見下ろしながら真面目な顔で謝罪した。

 黒豹の毛皮を身にまとうチマルマが、エナに頭を下げているのを見て、周囲の人はいぶかしながらも去っていく。


「うちを、野蛮人みたいに言うの、やめてくれる? 誰が見ても、非常識なんはアンタやからね」


「侮辱したように思えたなら、非礼を詫びよう。お前のような、殺しても死ななさそうな奴はそういないので、思わず、はしゃいでしまった。すまぬ」


 やはり、チマルマは真面目な顔をしている。はしゃいでいるようには見えないが、喜色きしょくが見えないこともない。


「まぁええわ。それで? アンタの用は?」


「マリナリから、およその事情は聞いたが、私には難しいことは分からん。だから」


 と、チマルマは意味ありげに後ろを振り向いた。


 人垣の向こうから、巨漢が歩いてくるのが見えた。特に、なにか危険な気配を放っているでもないが、禿頭と長身、分厚い筋肉はそれだけで異様な圧をかけている。


「…………」


 顔に見覚えがあった。初めて会ったのは八年前で、別れたのは七年前だ。

 一年間だけ、一緒に旅をしたことがある。


 戦い方、生き残り方、そして人の殺し方。様々なことを教えられた。


 仙術の基礎として、呼吸法や呪術、身体操作法は祖父から教えられていたが、それらを戦闘に応用した仙術気身闘法は、その一年で学んだのだった。


「お前を呪術師長ヴィオシュトリ殿の元に案内するのは、長距離武装商人ポチテカのコスクァ殿が最適だとマリナリが言うので、お連れした」


 全部で公式には十二部隊あるポチテカの、存在しないことになっている十三番目の部隊。第零番隊の隊長コスクァ。


 八年前の、

 エナはヴィオシュトリに案内され、コスクァに引き合わされた。

 あの日のことは、よく覚えているようで、細部はどこか虚で記憶が混濁していて、コスクァと会った瞬間のことはもう思い出せない。

 一応、コスクァがエナの養父ということにして、旅に出たのだった。


「とーちゃぁーん」


 人垣からコスクァの全身が見えると、軽く駆け出し、胸に飛び込んで抱きつくと“虚砲”を腹にぶち込んだ。


「おぐっ」

「この、あほんだら!」


 別れたのは、コスクァのせいで雪山の上から滑落させられ、それっきり出会えず生き別れることになっていた。


 とりあえず一発殴る。それは心に決めていたことだった。



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