4−2

(グレン様……!)

 アリーシアは塔を登りきった。

 そこにはいつもの鉄格子はなく、鍵は壊されて扉は開かれていた。

 そうだ、こんな扉など本当なら意味はない。

 グレンは翼を持っている。

 鋭い爪や牙も。

 竜の姿ならな扉を飛び越え、または切り裂いて、直接会うことなど本当は簡単なのだ。

 けれど、グレンは今までそれをしなかった。

 それが二人の心の距離だったのだと、アリーシアは今更ながらに思った。

「グレン様」

 グレンはいた。

 いつものように竜の姿のまま、庭園の真ん中でアリーシアへ背を向けていた。

 日没はまだだというのに空は雲に覆われて暗く、小雨が降り続いている。

 アリーシアは庭園へと出た。

 大きな竜の体に合わせてか、庭園と言えども何もない。

 ただ広い、石畳の床が続いているだけの庭園だった。

「何をしに来た……」

 グレンがアリーシアを見ずに尋ねる。その声は冷たく、アリーシアを突き放す響きを持っていた。

「グレン様、私は……私は自分の気持ちに素直になりに、参りました」

 グレンが振り返る。鉄格子もなく、漆黒竜の巨体がアリーシアの前に近づいてきたが、アリーシアは怖いとは微塵も思わなかった。

「やはり、いつ見てもグレン様は美しいですね」

 雨に打たれながら、アリーシアは目を細めた。

 竜の体を持つグレン。人間の自分とは相容れないなのかもしれない存在。

「私は……グレン様が好きです」

 アリーシアは竜へと告げる。

「アンカーディア様に大切に扱われながらも、自分の人生などないものだとどこかで思っていました。故国のこと、自分の運命のこと、そんなことは考えることさえ許されないのだと」

 竜は黙ってアリーシアの告白を聞く。

「しかし、グレン様が、私の目を覚まさせてくれました。運命を変える努力はしないのかと、自分のことは考えないのかと言ってくれた」

 アリーシアはグレンへ向かって両手を伸ばす。グレンは一度首を降ると、観念したようにアリーシアへと顔を下げた。

 黒い瞳に、エメラルドグリーンの瞳が写っていた。アリーシアは自身の決意をグレンの中に見る。

「私は、グレン様が好きです。たとえ、アンカーディア様の妻となろうと、この命が24で果てようとも……あなたを愛したことに後悔はない」

 両手で竜の頭を抱き寄せる。目を閉じて、そのまま首を傾けた。

 アリーシアは牙を剥き出した竜の口元へと唇を押し当てる。

「……え」

 ふと、アリーシアの唇に触れる感触が柔らかなものに変わった。

 たくましい腕が腰に回されて、引き寄せられる。

 目を開くと目の前に、漆黒の肌に黒い髪を持つ美しい青年がいた。人間の姿のグレンだった。

「あんたに、先に言われてしまったな」

 黒い瞳が輝き、優しい笑顔でグレンは言った。

「グレン様……」

 グレンはアリーシアの唇に親指で触れた。愛おしそうにアリーシアの頬を撫でる。

「……やり直しだ」

 悪戯っぽく微笑むと、グレンはやや荒々しくアリーシアを抱き寄せた。

 上向かせて、深く唇を合わせる。

 二人は飽きるまで、キスを重ねた。

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