4−1

 翌日、アンカーディアは城へと戻ってきた。

 帰ってきたアンカーディアに抱擁されながら、アンカーデイアを見上げてアリーシアは言った。

「アンカーディア様、お話があります」

「……ネズミが、何かをあなたに吹き込んだようですね」

 アリーシアの今までとは違う様子に、アンカーディアもすぐ気づいた。

 アリーシアから手を離すと眉を寄せ、アリーシアを見て溜息を吐く。

 自室へとアリーシアを招くと、椅子へと腰掛けるよう促した。

 しかしアリーシアはそれを断った。

 立ったまま、アンカーディアの前まで進み出る。

「……アルゴンの隣国、ハイホンからの使者が来ております。謁見していただけますか?」

「おや……あのネズミはここまでたった一人で?」

 アンカーディアは首を傾げる。

 その声は訝しげであり、若干の驚きが含まれていた。

「はい、使者ユーシス様は故国の戦争について、アンカーディア様の協力をとおしゃっています」

「……」

 アンカーディアは答えない。アリーシアは一歩前に出た。

「アンカーディア様。……故国の、アルゴンの窮状を知っておられますよね?」

「ああ、様子を見てきた。もうすぐそこまでまで、開戦が迫っている……そこまで知っているのですね」

「ユーシス様にそうお伺いしました」

 二人の間に沈黙がおりた。

 しばらくして、アンカーディアが立ち上がった。アリーシアは目をそらさずにアンカーディアを見つめ返す。アンカーディアの瞳は、いつもの穏やかなエメラルドグリーンだった。

「良いでしょう。私だって同じ国を二度も焼きたくはない。その使者とやらに会いましょう」

「ありがとうございます、アンカーディア様」

「しかし」

 間近で伏せられるアンカーディアの長いまつげを、アリーシアは見た。

「しかし……?」

 アンカーディアが、不意にアリーシアの腰に手を回した。腕を取られ、抱き寄せられる。

「アンカーディア様!」

「どこにいても、私には私の城とあなたのことが手に取るようにわかる。……あなたの心がグレンへと向いていることも」

 アリーシアは驚いて、身を固くした。

「ほんの二、三日で、あなたは……あの幼いあなたはいなくなってしまったのですね。あなたを変えることができたのが、自分では無いことが本当に悔しい」

 アンカーディアはアリーシアの瞳を覗き込んだ。

「ただ純粋に私を慕い、運命に身を任せていたあなたはもういない」

「いえ、私は、今もあなたの許嫁です……!」

 アリーシアは言い放った。二人の間には今も呪いという絆がある。共に過ごした年月と同じくらいに、解けない強固な絆が。

「貴方様に故国を救っていただけるのなら、喜んでこの身をあなたに捧げましょう。わたしはきっと、あなたの良き妻となれる」

「だが、あなたの心はもうここにはいない」

 アンカーディアは冷たく言った。アリーシアは目を見開いて、アンカーディアの瞳の中に自分の心そのものを見た。

 そう確かに、心はすでにアンカーディアにはない。

 恋を知ってしまった。

 あの漆黒の竜の若者に、アリーシアは恋をしている。

 揺れるアリーシアの瞳に首を振り、アンカーディアは腕に込める力を強めた。抱きすくめるようにしてアリーシアの耳元へ囁く。

「だが、私は諦めない。……あなたの心が今ここになかろうとも、構いはしない。あなたは私の妻となる。そして、最期はその亡骸さえも私のものだ」

『アンカーディアは暴君だが、非道ではない』、その言葉をアリーシアは思い出す。

 アンカーディアは、アリーシアの髪を手で撫でると、印だとでも言うようにアリーシアの耳朶を軽く噛んだ。

 アリーシアは身をよじり、アンカーディアの身から離れる。

「アンカーディア様!?」

 いつもアリーシアの意思を尊重し、聞き入れてくれたアンカーディアだった。そのアンカーディアは今この瞬間はもういない。

「使者殿と謁見をしましょう。明日、ここへラルフに連れてこさせれば良い」

 アンカーディアは冷たく微笑む。その瞳はアリーシアをもう見ていなかった。

「ありがとう、ございます……」

 アリーシアは深くお辞儀をし、アンカーディアの部屋を退出した。

 あの奥底に燃える炎を持つ瞳の、漆黒の竜に会いたいと強く思っていた。

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