23話 光


 ジャリッ。


 俺が立ち上がると、気配を察知した織田さんがすぐにこちらを向いた。

 その表情に今までの余裕は一切ない。

 どうも俺は、ようやく彼の意表を突くことがことができたらしい。


「…ッ!?馬鹿な?どうして立ち上がることが出来る?」

《…。》


 "遠隔操作(リモコン)"。

 学校通っててよかった。

 全身の力を抜いて、ただ俺の脳に操作される。

 今までろくに練習もしてこなかった魔力に身を任せた。

 この世界はゲームで、俺は操作キャラだ。

 もう話をするのすら余計だ。

 この魔法に集中力の全てを捧げる。


『す、凄いです契躱君!世論はやはり楓ちゃんを助ける方向に完全に舵を切り始めました!いくつものニュースに取り上げられてます!私達勝ったんですよ!これならもうシェルターの作戦は中止になるはずです!』

《…。》

『け、契躱君?どうしたんですか?なぜ…返事をしてくれないんですか?』


 ミルさんの声は聞こえているが、未だに織田さんの携帯は鳴らない。

 おそらく織田さんの言っていることは本当で、その気になればシェルターたちは本当に記憶を消せるんだろう。

 世論がいくら彼女を支持しても、記憶が消されれば終わりだ。

 だが世界中の記憶を消すのには、大規模な準備が必要だろう。

 つまりこの瞬間の彼女を救えば、少なくとも今日は逃げ切れるはずだ。

 彼女を救う手段はきっとまだある。

 そのためにはまず、今目の前にいるシェル達をどうにかすることが必要だ。

 もう引くことはできない。

 戦い、勝利するだけだ。

   

「ふん、不気味なやつだ。これ以上負傷すれば、死ぬかもしれんぞ。」


 織田さんはそういいながらも、腰を低くして構えを取った。

 いわゆる居合みたいな、そんな印象がある。

 つまりあれは受け身の構えのはずだ。

 彼は俺を警戒している。

 チャンスだ。

 出し抜け。


 俺は人差し指を立てて彼の方へと向けた。

 もちろん筋肉は一切使っていない。

 "リモコン"で強引に動かしているだけだ。

 存外うまく行っている。

 そもそもこの動きはブラフで、本当の狙いは別にあるが。

 織田さんは俺の狙い通り、俺の指先を見た。

 そしてその瞬間、彼の真後にある小さな石に遠隔操作をかけた。

 まるで水面から生きのいい魚が跳ぶように、石は意思となりて一矢となった。


 ズガンッ!!!


 後頭部に凄まじい衝撃を受けた織田さんがそのまま前にのけぞる。

 "リモコン"で石を飛ばし、"バックスタブ"を発動させた。

 おそらく尋常じゃない衝撃が後頭部を走り抜けたはずだ。

 しかしそれでも倒れない彼は、やはり強い。

 でもそんなのは身に染みて知っている。

 脳震盪で前へとぐらつく彼の前に、俺はすでに立っていた。


「馬鹿な…!?今までよりも速い!?何が…起きている!?」


 肉体の限界を魔法によって超えただけだろう。

 俺は瞬時に刀の方の"夢霧無"の峰で、織田さんの顎をかちあげた。


「威力が…段違に上がっていやがる!?」


 織田さんは口から血を吹きつつ、空を見上げた。

 この隙に、今までであれば不可能だった動きを"リモコン"で再現してみることにした。

 まるでモーターの入った機械のように突然俺の体は回転し、織田さんの腹部に後ろ蹴りを放つ。


 ブチッ! 


 彼はそのまま後方に吹き飛んで行った。

 音がして、俺のアキレス健が一発で切れたことが分かった。

 全身くまなく脱力状態である為、肉弾戦の技は諸刃の剣になるらしい。

 それでも俺は、吹き飛んで行った織田さんへとすぐに追いついた。

 足の怪我はこの魔法に関係ない。

 動いているのは肉体だが、動かしているのは魔法だ。

 俺はアキレス腱が切れた足で、吹き飛ぶ彼の側頭部にかかと落としを放った。

 アスファルトの地面に織田さんの顔面がめり込む。

 "バックスタブ"の発動した攻撃であの程度の反応なのであれば、おそらく彼の体はまだ動くはずだ。

 俺はすぐに地面に倒れる彼へと追撃を放つために夢霧無を振り上げた。

 彼はうつ伏せに倒れている。

 このまま一撃を放てば、おそらく彼は動かなくなるだろう。

 永遠に。

 大丈夫、ここはゲームだから、リトライできる。

 リスポンしても狩り続けるけど、また来世で会おう。


「「「待って!!!!!!!!!!!!」」」


 突然大きな声が発せられ、俺はゲームを一次中断した。

 そして俺は声がした方をみた。

 発したのは織田さんの仲間の水無瀬さんだった。

 彼女は変態紳士に刀を突きつけられながら、携帯を持っている。

 あぁ…そうか、終わったんだ。

 俺は一瞬で全てを悟り、自分の電源を落とした。


 バタリッ。


『「契躱君/一色君!?」』



 ●



「どうして…俺まで…治すんだ?」

「これからを生きていく、私を見て欲しいからです。」

「俺の考えは変わらない。君は今日死んだ方がよかった。」


 地面に仰向けに寝かされ、尚刀は倒れていた。

 彼は空を見上げながら、自分を治療する描絵手に静かに話しかけた。

 描絵手は光属性魔法を使うことができる。

 彼女は自分の適性が光属性だと分かった瞬間から、戦う術の一切を捨ててただ治癒魔法を身に着け続けていた。

 ズタボロになった織田の体を、淡い光が包み込む。

 そんな様子を彼の周りに集まった仲間が、心配そうに見守っていた。

 尚刀は契躱が放った側頭部へのかかと落としを受けた瞬間、完全に気を失っており、目覚めた時には天を見上げていた。

 よく見ると先に治療されたのか、尚刀の目に"夢霧無"の姿が映る。

 彼は尚刀の横で倒れており、起き上がる様子はない。

 丸眼鏡の奥に少しだけ見える彼の顔は、まだ幼かった。

 自分が子供と戦っていたのだと、尚刀はこの瞬間ようやく気付いた。


「確かにそうかもしれません。私は今後世界に迷惑をかけるのかもしれない。でも生きていてもいいって言ってくれる人がいる限り、私はもう自分から死のうとはしません。」

「…存外、子供の成長とは早いものだな。」


 尚刀の瞳から涙が流れる。

 彼の側頭部を辿り、涙はアスファルトを濡らした。


「俺は…間違っていたと思うか?」


 普段から自信しかないような男から出たこの言葉に、仲間の二人は目を見開く。

 彼らが戸惑っている中、尚刀に答えを与えたのは描絵手だった。


「きっとどっちも間違ってなくて、どっちも正しいんだと思います。あなたはあなたの考える正義を実行しようとした。でも正義なんて結局誰かのエゴでしかなくて、あなたもただエゴを貫こうとしただけです。」

「ならどうして俺は今、こんなにも君を殺せなくてホッとしているんだ?まるで肩に乗った重しが、突然なくなったみたいだ。」

「それはきっと、あなたの正義が変わったから。きっとあなたも彼みたいに、私が生きる未来を思い描いてくれたからです。」

「そうか…そうだよな。本当は心のどこかに隠していたんだ。何が正しいかを常に考えつつも、なぜ私は守るべき子供を殺すのかと、何度も考えた。君が危険なのは間違いない。でも俺は今ホッとしている。きっとこれが、俺の本心なんだ。君が無抵抗だったあの瞬間から、俺の迷いは大きくなり続けていた。」

「なら…あなたも私と同じで、彼に救われただけです。何も不思議なことじゃないですよ。彼、そういう人なんです。私も今日知りました。」

「ふんっ…気に食わない。己が正義を貫けなかった自分も、隣で眠っているこいつもな。」


 尚刀はそういうと、ゆっくりと目を閉じた。

 するとすぐに彼は寝息を立て始める。

 肉体に相当なダメージを負ったのだ。

 仮に治癒魔法で治そうとも、体力まで戻るわけではない。

 千里と水瀬は、彼の胸元が静かに膨らむのを見て、そっと胸を撫でおろした。


「あの…ありがとう。それと、悪かったね。」

「私を殺そうとしたことですか?」

「うん、その通りだ。」


 千里は描絵手に頭を下げた。

 すると描絵手は体育座りになり、尚刀の隣に倒れる契躱を見た。


「いいですよ。もう、気にしてませんから。」

「凄いな、君は。」

「いいえ…ただもう明日を見ているだけです。彼が救った私の明日を。」


 描絵手は空を見た。

 快晴であるはずの空が、つい先ほどまでとは全く異なって見える。

 きっとこれは新しい門出を祝う快晴だと、彼女はそう感じていた。

 そうして不意に通り過ぎた鳩が、なにもない殺風景な青空を彩った。



 ●



「聖王様、計画を中止しました。」

「ありがとうございます、弦。」


 "織田 弦"は目前に立つ聖王に片膝をついて挨拶をした。

 ここはシェルターの会議室で、二人以外は誰もいない。

 机の上に携帯電話が置かれており、先ほどまでは画面に水無瀬の名前が表示されていた。

 会議室内にあるプロジェクターに映っていたライブ配信も、今はすでに止まっている。

 "夢霧無"が意識を失うのと同時に、ライブ配信は停止した。


「失礼ながら、どうして計画を中止に?それもわざわざ聖王様自ら足を運び、この場まで来るなんて…。」

「分からないのですか?あなた達を巻き込んでしまった我々にも責任はありますが、もう戦争は終わったのです。」

「しかし…"遺産"は今後、間違いなくこの世界に混乱をもたらします。"夢霧無"とやらが行ったライブ配信で、彼女の存在が世界に知れ渡った。」

「ならば彼女を守ればいいのです。あなた達が。」

「我々が…魔王の子供を守る?」

「はい、その通りなのです。争うべき敵は魔王であり、彼はもう死にました。戦うべきはその血ではありません。受け入れるのです。」

「…魔王に家族を殺された者もいるのですぞ!ならば当然の報いではないのでしょうか!やはり私には理解できません!」


 弦は立ち上がり、聖王の目を射抜くように見た。

 その瞳に宿る硬い意思を、彼女も否応なく受け取った。

 だからこそ彼女は弦の頬を、ただ優しく撫でた。

 彼は頬に触れるその手に驚き、彼女の方を疑問気に見つめる。

 その視線に敵意はなくなっていた。


「世界は変わりました。グランディアと地球が融合し、新たな世界が出来上がったのです。私達も変わる時が来たのです。」

「…変わる…時。」

「シェルター、いえシェルとは英語で"貝殻"という意味でしたね。素晴らしい名です。地球の人々を魔物の脅威から守るあなた達に相応しい。ですが今あなた達は貝殻の中にこもっているのです。変わりゆく世界を恐れてはなりません。」

「私は…恐れてなど…いや、確かにその通りかもしれません。」

「恐怖とは、恥ずかしいことではないのです。私だって変わりゆくこの世界が時に恐ろしく思えることもあるのです。でもだからこそ、今こそ全種族で力を合わせ、新たな歴史を刻む時なのです。」


 弦はもう一度片膝をついた。

 聖王はその様子を見ると、不意に会議室の窓を見た。

 カーテンが閉まり、この部屋を照らす光は魔法だけだった。

 彼女はゆっくりと窓辺まで近づくと、そのカーテンを開けた。

 するとそこから太陽光が差し込んだ。

 彼女は眩しそうに手をかざすと、空を眺めた。

 弦も彼女の姿を目で追うも、その真意はわからない。

 窓の外を眺める聖王は、静かに笑っていた。


「明日を創るは大人の役目、未来を輝かせるは子の役目。明日を思わば子を抱きしめよ、さすれば世界に光が差さん。」

「…それは…一体?」

「私の父が死の直前に私に託した言葉です。私達はもう、見"守る"側ですよ。」


 不意に弦は、彼女の言葉から尚刀の姿を思い出していた。

 彼は自分の目前まで伸びる窓からの光に、そっと手を伸ばした。

 その光は暖かく、そして優しく彼の手を照らした。

 そして彼はその光を抱きしめるように、優しく手を握った。

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「2.5次元世界」にて、スキル「フレーム回避」を手に入れたゲーマー俺氏、無双開始秒読みな件について 木兎太郎 @mimizuku_tarou

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