21話 眠くなってきた


「いいかい、夢霧無君。君は織田さんを、僕は他二人の相手をする。」

「いいんですか、二人も?」

「なるようになるさ。いや、するよ。」

「分かりました。任せます。」

「OK、お互い全力を尽くそう。」


 新木さんと最短で作戦会議を済ませると、直ぐに散開した。

 その場には俺だけが残り、常に織田さんと視線を合わせている。

 すると彼は口を開き、他二人に指示を出した。


「お前たちはあの変態を捕まえておいてくれ。奴の行き先だけは刑務所だ。」

「わかった。尚刀も油断するなよ、ただの雑魚じゃない気がする。」

「フンッ、関係ない。奴らを眠らせて、直ぐに作戦を決行する。美南海、ドローンを破壊できるか?」

「その、私は闇属性魔法しか使えないので、空を素早く飛ぶアレを落とすのは難しいです。」

「わかった。なら全力でリヒトのサポートをしてやってくれ。あの変態、残念ながら見覚えがある。油断すれば勝負は一瞬で終わる程度には強いはずだ。」

「わ、わかりました。」


 織田さんが的確に指示を出すと、直ぐに二人は新木さんを追っていった。

 闇属性魔法の弱点はスピードがないことだ。

 ドローンを狙って撃ち落とせるような素早い魔法はない。

 今もドローンはミルさんが操縦している。

 しかし闇属性魔法の威力は全属性でもトップクラスで危険だ。

 仲間のサポートさえあれば、最強の属性だといっても過言ではない。

 新木さんが心配だが、今は彼を信じるしかない。

 シェル達とは違い、こっちは慢性的な人手不足だ。 


 俺が余計なことを考えていた一瞬で、織田さんは踏み込んできた。

 何かが起こる初期微動みたいなものが一切なく、唐突に目前に現れたような感覚がある。

 しかし同様の動きをする猛者と修行したので、何とか対応できそうだ。

 日本武道特有の、動きの起こりを殺す技術のレベルがすさまじく高い。

 彼は踏み込みながらも刀を薙いだ。

 閃光くらいしか残らないほどの速度で、俺の対応は一瞬だけ遅れた。

 刀を振り上げるも姿勢が伴わず、彼の一撃で簡単にバランスを崩した。

 その隙を見逃してもらえるほど甘くはなく、バランスを崩して後退った俺との距離を一瞬で詰めてくる。

 織田さんは俺の顎を目掛けて剣の峰が当たるように薙いだ。

 バランスを崩したついでにフレーム回避を発動し、俺は何とかそれを避けた。

 彼の斬撃が俺の体をすり抜けた。

 織田さんは怪訝な表情をすると、直ぐに俺から距離を取った。


「…そうか、あまり真面目に動画を見てなかったが、確かにそんなことをしていたな。…まさかとは思うが、トライアルスキルか?」

《その通りです。》

「神の恵みすら無駄にする愚か者めが。」

《誰かの生活を無駄にするよりはましです。》

「…お前は本当に自分がしていることが分かっているのか?彼女の存在が知れ渡れば、我々以外も一斉に彼女を狙い始めることになる。それこそ我々のような正義を持つ者達ならまだしも…彼女が悪に捕まった時、どんな目に合うか想像したか?魔王がどれだけのグランディア人に恨まれているか、お前はあまりにも無知だ。」

《彼女を隠しても、いずれ彼女は俺の知らないところでシェルターなり、他の組織に殺されると思いました。だから彼女の存在を世界が知るべきだと思った。彼女を世界が受け入れる状況を作れれば、それだけでいい。そのためにはまず、シェルターの考えではなく世界の考えを知る必要があった。》

「…何をしたんだ?」

《簡単なことです。事前にアンケートを取りました。彼女を殺すべきか、それとも生かすべきかと。》

「…アンケート?」

《世界は彼女を生かすべきだと考えています。これ以上あなた達が彼女を攻撃すれば、今後のシェルターの活動に響きますよ。今もこの瞬間がライブ配信で世界中に流れている。》

「黙れ。それで引く程度の覚悟であれば、世界など到底守れない。」

《…たった一人の少女も守れない奴らに、世界が守れるとは思えない。》


 問答無用を行動で表すように、再び新木さんはこちらに踏み込んできた。

 一度目で目を慣らした俺も同時に踏み込んだ。

 その瞬間織田さんは目を見開くも、俺のカウンターで出した横なぎの斬撃に対して、受け流すように刀で受けた。

 そしてそのまま間髪入れずに刀を俺目掛けて走らせてくる。

 俺はそれに対してフレーム回避で対応し、何とか避ける。


 この一瞬の油断も許さない戦闘中に、ミルさんから無線が入った。


『同時視聴者数12万人。ここ数年で最も視聴者数の多いライブ配信になりました。夢霧無と彼の問答を聞いて、世間が荒れ始めています。ライブ配信はとっくに一位になりました。あっと…今ネットニュースに上がりましたね。』

「分かりました。報告ありがとうございます。」


 計画が順調に進行していることを知り、俺は戦闘中に一度深呼吸を入れた。

 だが織田さんのスピードは新木さんと張り合うかそれ以上。

 何とか"筋力強化"を発動して対応しているが、彼の速度は上がり続けている。

 いや、恐らくは俺の動きが徐々に見切られ始め、彼の動きが俺に合わせて最適化され始め、そう感じるだけなんだろう。

 だがそれは俺も同じだ。

 このゲーム人生の全てにかけて、織田さの動きを分析し続けている。

 最初は見えなかった動きの起こりも、徐々に分かり始めていた。

 織田さんを無力化する必要はない。

 何とか耐え抜いて、ライブの視聴者数の増加でシェルターの動きを封じることが出来れば、それで俺たちの勝ちだ。

 おそらく織田さんの携帯が鳴れば、それが戦いの終わりのゴングになる。

 事前にアンケートを取ったおかげで視聴者数の伸びもいい。

 どちらの立場の人間でも、きっとこのライブを見ることになる。

 後は修行の成果を信じるだけだ。


「チッ、無駄に粘るな。ゴキブリみたいなやつだ。」

《誉め言葉として受け取っておきます。》


 今度は俺から踏み込んだ。

 織田さんに考える時間を与えすぎると、どんどん攻め込まれて危険だからだ。

 地面すれすれに刀を走らせつつ、俺は彼に急接近した。

 刀を地面に這うように動かしているので、俺の上半身はガラ空き。

 織田さんは踏み込んだ俺に対して正確にタイミングを合わせ、刀を薙いだ。

 しかし刀は俺の丁度顎の地点をすり抜ける。

 あえて上体を開けて誘い、彼の隙に付け込む作戦だ。

 刀を振り切った姿勢になった織田さんに対して、そのまま地面すれすれの刀を振り上げて隙をつく。

 彼は上体の動きのみでその攻撃を躱し、そのままもう一度刀を突きだした。

 再び刀を立て、何とかその一撃を逸らす。

 その瞬間、彼は俺の剣を持つ手を掴んだ。

 そのまま一瞬で振り返ると、俺を背負い投げした。

 頭部が地面に到達する前に先に地面に足をついて、織田さんの手をすり抜けさせた。

 そしてなんとか衝撃を殺し、俺はすぐに織田さんから距離を取った。


「理解できた。お前のそのトライアルスキルは地面がキーになっているな。ようやく弱点が分かった。後は時間の問題だ。」

《…。》


 俺は思わず無言で織田さんを見返した。

 そうした戦闘における駆け引きなど一切できないので仕方がないが、この無言が織田さんの推測を肯定しているようなものだ。

 彼は再びこちらに踏み込んでくると、刀をやけに低い位置で動かした。

 彼が刀を下げていてくれるのは好機なので、俺はすかさずそこに攻撃をくわえようと刀を薙いだ。

 織田さんは姿勢を低くしながらその一撃を躱すと、今度は俺の足元を薙いだ。

 俺はそれをフレーム回避で躱そうとする。

 彼は俺がフレーム回避を発動した瞬間こちらに飛び込み、そのまま通り過ぎていった。

 そして背後から回転するように刀を薙いできた。

 俺は咄嗟に体をずらして、なんとかその一撃を躱した。

 だがその状態こそが織田さんの狙いであったことを知った。

 彼が地面を全力で踏み込むと、俺の真下の地面がと突然浮き上がった。

 先ほど彼が切れ目を入れていた箇所だとすぐに察した。

 力押しすぎるその一撃で、俺は宙に浮いた。

 すると彼はすぐさま空中にいる俺へと跳んで接近し、そのまま首元を掴んで俺を投げた。

 空中にいるせいで投げ技に対するフレーム回避など不可能であり、俺はそのまま地面へと激突した。


《カハァッ!?》


 背中に走った衝撃から、肺に溜まった全ての空気が一瞬にして抜けていく。

 すぐに姿勢を立て直そうにも、織田さんは目の前に立っていた。

 そして俺を蹴り上げると、そのまま宙に浮く俺に峰打ちを連打した。

 地面に着地することすらできず、幾度も斬撃を浴びせられる。


 ドサリッ。


 ようやく地面についたと思えば、指一本すら動かせないほどに肉体がダメージを負っていることを知った。

 もがくように体を動かすも、立ち上がることすら不可能だ。


「所詮こんなものだろうと思っていた。お前には何も守れない。なぜかわかるか?お前は弱いからだ。」

《…確かに俺は弱いのかもしれない。ずっと前から戦闘を経験してきた帰還者たちからすれば…特にそうかもな。でもな…強いお前らがなぜ守ることを選択できないんだよ。》

「したさ。今も世界を守るために、彼女を殺すんだ。」

《違う…全く分かってない。彼女を含めて世界なのに、俺より強いあんたらが…どうして彼女を守ってやれないんだ。守って見せろよ…全部。切り捨てるだけが…あんたの正義なのか?》

「子供の理想論に付き合って時間をつぶせるほど暇ではない。もういい、寝ていればいいさ。お前が次に目覚めた時には、全てが終わっている。」


 実力でかなわないことは最初からわかっていた。

 今まででの修行は遥かにある実力差を少しでも埋めるためのもの。

 そうして時間を稼ごうとしているが、未だに彼の携帯はならない

 そして今の俺には、織田さんの後ろ姿を目で追うことしかできない。


『ミルです。同時接続120万人を突破しています。敵の作戦はまだ中止にならないんですか?報道番組にすら取り上げられてますよ!?』

《ならない…みたいです。》

『ならもっと時間を稼ぐしかありません。どうして寝てるんですか?彼女を守れるのはあなたしかいないんですよ!』

(そっか…ミルさんにもライブで今俺が横たわっているのが見えているのか。でもキツイ…織田さんめちゃくちゃ強いよ。正直舐めてた。息をするのも辛い。でも…俺が諦めたら。)


 俺はただ彼女の方を見た。

 描絵手は倒れる俺を見て、涙を流している。

 ここで俺が倒されれば、結局彼女は死ぬ。

 でもそれは俺が…織田さんが言った通り弱いからなのだろうか。

 弱い俺は…誰も守ることができないのだろうか…。


『頑張れ夢霧無!立つなら今しかない。常識をぶっ壊せ!お前なら殺れる!ここまで来たら最後まで守れ!美少女は国の宝!夢霧無にしかできないことをやれ!世界を変えるなら今しかない!』


 俺の耳元でミルさんの声が響き渡る。

 こんな時にそんな応援されても、ダメなときはダメだ。

 力が入らない。


『お前ができなきゃここで終わりだぞ!美少女を守れないなら俺がお前を殺してやる!恥ずかしくないのかwww結局最後は勝てよ!お前ならインターネットヒーローになれる!』


 永遠に続く彼女の声が、コメント欄の読み上げだと、その支離滅裂な発言のおかげでようやく気付くことができた。

 気力だけは十分に沸き上がったが、現実はそんなに甘くないみたいだ。

 力を入れようとするも、四肢にまるで反応がない。

 ここまで来てようやく何か所も骨折していることに気付いた。

 その瞬間、全身に痛みが駆け抜ける。


「まだ抵抗の意志があるようだな?先ほどから戦っていて気付いたが、お前時間を稼いでいるだけだろ?ライブ配信に怯えてシェルターが作戦を中止するのを待っている。そうだろ?だが残念だったな。各国にあるシェルターの帰還者たちが集えば、一日くらいなら世界中の人々の記憶を消せる。後は魔法でお前を洗脳して、動画と今回の件に関する記憶を消せば終わりだ。正義を実行するために今更手段を選ぶ気はない。生半可な覚悟で世界は守れない。」


 …世界の記憶を…消す?

 なら俺は…全部忘れるのかな。

 この辛い瞬間の記憶も、全て忘れることが出来るのなら…。

 もう…立ち上がれない。

 でもそしたら…描絵手のことも…全部忘れてしまうのか。

 楽しかったことも、一緒に夢を追ったことも。

 それも全部…無くなっちゃうのかな。

 ダメだ…思考を保つことすらできない。

 だんだん…眠く、なっていく。

 最初から俺には無理だったんだ。

 ただの15歳が周囲からちやほやされて。

 調子に乗っていただけなんだ。

 もう…眠ろう。

 明日になればきっと、もう何も覚えてないはずだから。


 

 ‥‥嫌だッ。



 忘れるなんて、耐えられるがわけないだろ。

 全部俺のエゴだ。

 彼女を守るのは、彼女にずっと側にいて欲しいから。

 何も特別な理由なんてない。

 いつの間にか一人でいることが当たり前になっていた、そんな俺の日常に光を差したのは彼女だ。

 初めて彼女が俺に声をかけてくれたあの日の笑顔を、忘れたことはない。

 きっと彼女がいなければ、俺は今でも教室の隅でただ一人窓の外を眺めていた。

 あの瞬間から、ようやく俺の人生は始まったんだ。

 彼女のいない人生なら、もう必要ない。

 だから戦え。

 体が壊れても戦え。

 彼女を守れ。

 俺ならできる。

 動かないなら考えろ!

 何をしてでも、彼女を守れ!


 …クソッ!なんで動かないんだよ、俺の体は!


 もしもこの世界がゲームなら、今頃主人公がお姫様を助けてるはずなんだ!

 俺は物語の主人公じゃない、でもこの瞬間彼女を助けられるのは俺だけなんだよ!

 頼む…動いてくれよ…俺の体‥‥‥。

 この融合世界は…ゲームみたいなもんだろ。

 それなのに…どうして俺の手は彼女に届かないんだよ。

 

 ‥‥‥いや、待てよ。


 そうか、手段はあったんだ。

 今までの日々は、今日この瞬間の為に。

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