20話 世論


―描絵手救出作戦決行1日前・とあるゲーマーの部屋―


「デュフフゥ…やっぱりゲームは最高ですな。」


 チャキチャキチャキチャキ。


 彼がキーボードをたたくたびに、青軸が独特な音を鳴らす。

 通常のキーボードのタイプ音と、爪切りの音を混ぜたかのような音だ。

 どことなく変な音だが、ゲーマたちにとっては欠かせない音でもある。

 特にPCゲーム嗜む者達にとっては。


「キルを重ねて徳を積む~、今日も今日とて一人です~。」


 体重が約100キロを超えているが、彼のFPSの腕前は相当なものだ。

 オリジナルソングを口ずさみながら、画面内で縦横無尽に走り回り、次々にキルを重ねていく。

 ゲーマー界隈ではかなり有名な男で、"夢豚(ムートン)"と呼ばれている。

 プロゲーマーも参加するバトロワFPS大会で、アマチュアから優勝した話は余りに有名であり、特にFPSゲーマーなら知らない者はいないだろう。

 大会優勝時に開けたプロゲーマーとしての道を蹴り、今もアマチュアでも参加できる大会で優勝し続けている。

 彼は固定の仕事にはついておらず、優勝賞金とゲームの実況動画を投稿することで生計を立てていた。


 ピコンッ!


「…む?こんなときに通知なんていい度胸ですなぁ~。」


 彼は戦闘を続けながらも、余裕で通知を確認し始める。

 いわゆる"舐めプ"だが、この間にもキルを3つ重ねていた。


「おや?最近僕激押しの夢霧無氏が…アンケート?最近実装された"うぉちゃん"の新機能ですな。」


―――――――――――――――――――――――――――――

もしもどこにでもいる一人の美少女が魔王の娘だったとします。

彼女には何の力もありません。

でも彼女が死ななければならないと考えている人たちがいます。

あなたならどちらを選びますか?


[〇彼女は死ぬべきだ!  〇彼女は生きるべきだ!]

―――――――――――――――――――――――――――――


「デュフフ、面白い問答ですな。吾輩の答えは決まっておりますぞ。」


 カチッ。


[〇彼女は死ぬべきだ!  ●彼女は生きるべきだ!]


「ふむ、この世界に死すべき美少女などおりませぬ。ま、とは言っても吾輩は今宵も孤独に一人きりですが。」


 ピコンッ!


―――――――――――――――――――――――――――――

 ご回答ありがとうございました。

 あなたの解答:彼女は生きるべきだ!

 

 ※明日、夢霧無初ライブ配信開催予定。是非ご参加を。

―――――――――――――――――――――――――――――


「ライブ配信…楽しみでござるな。とり合えず"ベシャッター"で拡散祭りしておきますぞ。夢霧無氏、応援しているでござる。」


 彼はアンケートを閉じ、情報を拡散した。

 アンケートに回答する間に、合計5キルを増やして。


 余談だが、"夢豚"のベシャッターアカウントには、フォロワーが1280万人ほどついている。

 世界中のFPSゲーマーたちが、彼のフォロワーだ。

 そしてハーバード大学に在籍する彼には、言語の壁がない。

 現在もアメリカ在住である。


「あとは…アンケートをコメントで英訳しておいてあげますぞ。デュフフ、面白くなりそうですな。」


 一瞬だけ暗くなった画面に自分の太った顔が映ると、彼はニヒルに笑った。


―とあるゲーマの部屋2―


「夢霧無氏のアンケート?ふむふむ…なるほど。面白いですな。」


 彼はPCを操作し、アンケートの現状を確認する。


「おや、回答者のアカウント名が公開されていますな。今どき普通だとは思いますが…ッ!?これは…"夢豚"様が回答しておられるのか!?なんてことだ。すぐに私も回答しなければ!!!!」


 カチッ。


[〇彼女は死ぬべきだ!  ●彼女は生きるべきだ!]


「どう考えても美少女が死んでいいはずがないであります。ふむふむ…夢豚氏はベシャッターでも拡散を…私も参加しますぞ。」


 チャキチャキチャキチャキ。


―とあるチャラ男の部屋―


「うぃ~今日もギャルたちと飲み会だせぇ~。」


 そういいながらも、彼は手慣れた手つきでPCを操作した。


「うぃ~株価上昇待ったなしぃ~爆上げ~。」


 意外にも勉強ができ、生活資金のほとんどを株で稼いでいる。

 彼はテレビにもすくなからず出演しており、バラエティーで活躍している。

 特にチャラいルックスでクイズ番組で無双するその姿は、女子からも少なくない人気を集めていた。

 IQの高いチャラ男、"チャラQ"として人々に愛されている男だ。

 タレント界隈で最も人気があるといっても過言ではない。


 ピコンッ!


「うぃ~夢霧無先輩じゃんかぁ~んだよ?…アンケート?面白い内容だなぁ~仕方ねぇ~回答してやっかぁ~。」


 カチッ。


[〇彼女は死ぬべきだ!  ●彼女は生きるべきだ!]


「世界中の美少女はぁ~全員俺の恋人だからぁ~死んじゃだめっしょ!」


 普段は天にも昇る長髪も、室内では元気なく垂れ降ろされている。

 そのやかましい前髪をかきあげながら、彼はさらにPCを操作した。


「うぃ~、回答者の中に"豚野郎"がいるじゃねぇか。あの野郎いつもフォロワーでマウント取りやがってぇ~俺も拡散するっしょ!」


 "チャラQ"はフォロワー525万人のベシャッターに拡散した。

 そしてすぐに画面を戻すと、夢豚のコメントを発見した。


「あん?豚野郎が英訳してやがんなぁ~…仕方ねぇ、対抗するために俺がグランディア共通語の"フマ言語"にしておいてやんよぉ~。」


 カチャカチャカチャカチャカチャ。


―とあるグランディア人(ゲーマー)の部屋―


「じぇじぇじぇ!?夢豚氏がアンケートに回答しておる。大ファンなのです。アンケートの内容は…ふむ、"遺産"についてですか。魔王の娘…またこのアンケートは難しい問題ですな。ま、回答は一つですが。」


 新大陸に住むグランディアの者達にも、すでに地球技術は共有されている。

 PCなども共有された技術の一つであり、彼らの生活を変えつつあった。

 世界の全てが共有されていく中で、ゲームといった娯楽もその一つであり、新大陸に住む彼らは熱中していた。

 ゲームという、平和な世界で行われる争いという矛盾が、彼らの中で爆発的に反響し、今もなおその規模は拡大し続けている。

 そして彼女はグランディアゲーマーの中でもかなり有名で、すでにグランディアゲーマー界隈の共通のアイコンとされている。

 グランディアからの格ゲー大会参加者が優勝した時は、世界中のゲーム界隈で最も盛り上がった瞬間だといっても過言ではない。

 グランディアゲーマーの幾人かは地球側でもプロゲーマーの強豪として、数多くの人々に知られていた。

 現存する競技よりも歴史の浅い"eゲーム"は、快く彼らを受け入れた。

 最新は最新に対応するのも早い。

 身体能力面で有利な彼らを同じ土俵に置くことができるゲームは、ある意味彼らを受け入れやすいのかもしれない。

 彼女は暫くPCを眺めると、ついにキーボードを叩いた。


 カチッ。


[〇彼女は死ぬべきだ!  ●彼女は生きるべきだ!]


「もう戦争は終わりました。これ以上の追撃は、ただの虐殺。我々が望んでいるのは争いではなく平和ですぞ。未来がどうなるかなんて関係ない。勝利者である我々が平和へと歩む意思と姿勢を見せなくては、いつまでも争いは終わりませぬ。」


 彼女はコメント欄を見て、この奇妙なアンケートがフマ言語に訳されていることを知った。


「ふむ、他言語に訳せる地球人がいるようです。ですがフマ言語は地球人向けにもっとも使われている言語を紹介しただけ。ここはわたくしが使用率第二位の"エルフ言語"に訳しておいて差し上げますぞ。」


 チャキチャキチャキ。


―とある聖王の部屋(※グランディアの最も偉大なる王。)―


「魔王無き今、聖王としての職務はとっても退屈です。彼が倒れて、このグランディアは随分と平和になりました。…でも地球と融合したのは、少しだけ大変でしたが、これも我々が勇者召喚に頼った結果ですね。」


 彼女は聖王としての職務の一環として、目の前に用意された書類たちに高速で目を通していく。

 問題ないと判断すれば、直ぐに聖印(※聖王のみが所持する、グランディア全体の方向性を決めることすらできる印鑑。)を押していく。

 昔は聖王として魔王との戦争なども彼女の職務だったが、世界が平和になった今となっては彼女の仕事はもっぱら書類仕事だ。


 カチャカチャカチャ。


「でも書類仕事の最中でもこうして時間をつぶせる"うぉちゃん"は素晴らしいです。おや、私が最近注目している面白地球人、夢霧無さんが"あんけ~と"を取っていらっしゃるのですね。グランディアにはない文化です。」


 彼女は暫くアンケートの文章を見ると、ため息をついた。

 そして世界一貴重な印鑑といっても過言ではない聖印の背で、自身のこめかみ辺りをかき始めた。


「随分と難しい問題を知っているのですね。"遺産"…についてですか。世界を守らねばならない私にとっては、恐ろしい存在です。…ですが。」


 カチッ。


 彼女はなぜかあえて右手に持っていた聖印を使い、回答箇所にカーソルを合わせたマウスをクリックした。

 おかげでマウスに塗料が付着してしまっている。

 そんな状況下でも、彼女の表情に一切の迷いはない。


[〇彼女は死ぬべきだ!  ●彼女は生きるべきだ!]


「魔王無き今、この世界に死んだ方がいい者など一人もいません。暗き未来が待つのであれば、この私が一刀両断にして差し上げましょう。それくらいできなければ、冥府に落ちた魔王に笑われます。」


 ガチャリ。


 聖王があんけ~とに回答して満足気にしていると、突然扉が開いた。

 そこにはなぜか、満面の笑みを浮かべた秘書が立っている。


「聖王様、まさかまたお仕事の最中に"うぉちゃん"を見ているのでは?」


 秘書の顔は真っ赤に染まっており、いつも通り怒っているようだった。

 その手には新しい書類がどっさりと乗っている。


「み、見ていませんよ。私はただ"め~る"チェックをしていただけで、何も変なことはしていません!」

「信じられませんね。ここ最近の聖王様には怠惰の実績があります。」

「こ、こら!私に近づいてはなりません!が、画面だけは絶対に見てはならないのです!」

「ほらッ!!!!やっぱり"うぉちゃん"を見ているじゃないですか!!!どうして偉大な王がこんな下らない嘘をつくんですか!」

「ち、違います。こ…これは世論調査です!必要な事なのです!」


 ゴンッ!


 聖王の秘書は、容赦なく彼女の頭を殴った。

 その音はまるで、金属に鉄球を叩きつけたような、独特な音だった。

 おそらく聖王の頭上に走った衝撃は、大型トラックの突進に匹敵する。


「い、痛いのですぅ~。」

「また叩かれたくなかったら、ちゃんと仕事して下さいね!」


 ドサリッ!バタンッ!


 秘書は足早に部屋を出ていった。

 聖王はそんな秘書を自分の頭を優しく撫でながら見送った。


「うぅ~あの子厳しすぎませんかぁ~。まぁいいのです。さ、"うぉちゃん"で動画をあさりますよ~。」


 カチャカチャカチャカチャカチャ。


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