19話 変態紳士爆誕
―作戦決行当日・朝―
「ありがとうございます。ミルさん。」
「気にしないでください。恋人、守れるといいですね。」
「い、いいえ、恋人じゃないです。俺なんかがおこがましいです。」
「わぉ、白馬の王子さまは照れ屋さんです。彼女も苦労しますね。」
作戦決行当日の朝、俺はミルさんのラボに来ていた。
というのも彼女に制作を頼んでいたいくつかの品を取りに来るためだ。
彼女は武器だけではなく、あらゆるものを作ることが出来るらしい。
夢霧無として着ているパーカーがいい例だと思う。
彼女にもいくつか役割を頼んである。
彼女なくしては、この作戦が成功することはないだろう。
なんとなく彼女を眺めていると、無表情で舌を出した。
子供らしい動作で彼女にお似合いだが、無表情とのギャップが凄い。
「それにしてもこんな少女が君の立派な装備を作っているとは。」
「私はこうみえて、立派な大人のレディですよ。あなたは?」
「失礼、僕は"新木 爽"といいます。」
「私はミル・エスタークです。」
するとミルさんと新木さんの間に妙な間が生まれた。
「おや?一色君から協力者がいることは聞いていましたが、私の名前に反応しないということは、ゲーマーという訳ではないみたいですね。」
「ミルさん、俺の知り合いがみんなゲーマーな訳ないでしょう。」
「同類以外と仲良くするタイプには見えませんでした。」
「うぐッ…確かにその通りです。」
「ところで新木さん、あなたはもしやシェルでは?」
「は、はい。コートを着ていないのによく分かりましたね。」
「すぐに分かりましたよ。あなたの剣には見覚えがある。」
作戦通りことが進もうと進むまいと、どちらにせよ戦闘に入ることが予想されるので、俺たち二人は武装している。
新木さんは120センチくらいの剣を腰に装備していた。
「…この剣に見覚えが?別に有名な剣という訳ではないですが。」
「えぇ、その剣は私が設計図を引きましたから。」
「…え?」
俺と新木さんは彼女の方を思わず見返した。
彼女は今新しい会社を立ち上げて頑張っているはず。
その彼女の武器がどうしてシェルターにあるのか、俺は理解できなかった。
新木さんに限っては普通に驚いているだけだろう。
「ここだけの話、私は以前シェルターと契約している大手武器会社の社長でした。」
「エッ!?」
俺と新木さんは同時に大きな声を上げてしまった。
ミルさんの言葉には、それだけの破壊力があった。
「ですが副社長に会社を乗っ取られ、現状に至るわけです。」
「…そう、なんですか。」
「そこまで暗くなる必要はありません。」
「その…どうしてそんなことに?」
「私の設計図を部下が横流しにして、結果的にシェルターの武器技術が流出しました。その全責任が私に押し付けられ、私は会社を去ることになりました。」
「それってもしかして…。」
俺はよくあるドラマや映画の展開を想像していた。
こういうのは大体部下の裏切りだったりするのが定番だ。
「その通り。副社長の思惑通りです。私は彼女を信頼していましたが、彼女は私のことが邪魔だったようですね。残念でしたがもう気にしてません。」
「た、達観してますね。」
「色々経験してきましたから。でも今、彼女は武器を作る才能がないということが分かりました。未だに古いタイプの剣をシェル達に使わせているみたいですね。」
ミルさんはそういうと、棚から一本の剣を取りだした。
鞘に入ったそれは、長さ130センチ程度で赤い色をしている。
彼女は問答無用でそれを新木さんの方へと投げた。
咄嗟のことでありながら、彼もさも当然のようにそれを受け取る。
すると彼はまるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように、その表情を弾ませた。
そして剣を、ゆっくりと丁寧に鞘から引き抜いた。
紅蓮の刃のその中心には紫色のラインが、木の枝のように広がっている。
配色は独特だがその剣身は一切の歪みを許さず、真っ直ぐと伸びている。
それがどれだけの業物か、剣に詳しくない俺でも理解できた。
「こ、こんなに素晴らしいものを受け取っても?」
「私にとっては必要経費です。一色君に死なれれば困りますから、それで彼を精一杯守るようにしてください。」
「分かりました。元々この命に代えても彼は死なせないつもりでしたが。」
彼はそう断言すると、自分が持っていた剣を鞘ごと真上に投げた。
そして新しい赤い剣で、驚くほど静かに構えを取った。
彼の目前に剣が落下してきた瞬間、彼は動いた。
おそらく彼との修行を乗り越えていないミルさんには、始まりと終わりしか見ることができなかっただろう。
ガシャンッ。
縦に真っ二つに斬れた剣が、彼の動きとは対照的に大きな音を立てて床に落下した。
普段から冷静な大人レディのミルさんでも、流石に目を見開いている。
彼のことを何も知らなければ、誰でも似たような反応になるだろう。
新木さんは剣を鞘にしまい、それをベルトに刺した。
「これでシェルともお別れかな…。この剣に名はありますか?」
「特に…考えてませんでした。」
「ならこの剣は…そうだな、紫雲木(ジャカランダ)にします。」
「あぁ…あのオーストラリアの風物詩ですね。」
「紫色の綺麗な花が咲く木です。」
新木さんは満足気に剣を軽く撫でた。
もしかすると戦闘オタクで、武器オタクなのかもしれない。
とりあえず戦力増強になったので感謝しかない。
「ありがとうございます。ミルさん。」
「気にしないで下さい。シェルターに嫌がらせをするのには賛成ですから。向こうでよろしくやっている彼女がこの後でハンカチをくわえて悔しがるはずですから、それだけでお腹が膨れそうです。」
随分と個人的な理由が含まれているが、それは俺と新木さんも一緒だ。
全員が個人的な理由で、シェルターと敵対することになってしまった。
ただこれで三人ともシェルターに抵抗するという同じ意思を持った仲間だ。
万能エンジニアのミルさんに、剣の達人新木さん、想像以上に心強い仲間が揃った。
高校に入学するまで友達がいなかったのが嘘みたいだ。
「おっと、朝比奈さんに動きがあったみたいですよ。」
「え、どうやって追跡しているんですか?」
ミルさんがラボにあるパソコンを見てそう言うと、新木さんが食い付いた。
どうして当日になってもミルさんのラボで平然と待っていられるかというと、彼女にはこの世界に住む大抵の人々の場所を知る技術があるからだ。
プライバシーなどなんのその、常に描絵手の居場所を追跡している。
それに最初からある程度予想を立てていて、屋内でシェル達が計画を実行する可能性は低いはずだと考えていた。
描絵手の住まいがマンションだということは以前聞いたことがあった。
マンション内の人をある日突然全員どかすことはできないので、シェル達は別の場所で計画を実行するはずだ。
だからこそ追跡をミルさんにお願いしていた。
描絵手を助けるには、なるべくことが起きるギリギリである必要がある。
もちろん彼女を完全に救うには、という意味で。
そのため事前に後を付けてシェル達にばれるわけにもいかず、仕方がなく危険なこの手段を選んだ。
「私がシェルを手伝っていた時、武器以外の制作にも携わっていました。今この世界の大半の人が所持しているアプリがあるはずです。」
「…"shelly(シェリー)"ですか?」
「その通りです。シェリーの内部構造さえ知ってしまえば、簡単に誰かのスマホにハックすることができます。恐らく今回を機に修正されてしまいますが。」
俺が夢霧無として投稿を開始した翌日にミルさんから荷物が届いた。
もちろん俺は住所を公開していなかった。
だからこそ彼女は、何らかの手段で個人の居場所を特定する術を持っているのだと推測した。
それを彼女に確認すると、彼女の回答は「YES」だった。
結果的にこうして描絵手の追跡をお願いすることになった。
「シェリーにそんな弱点が…。」
「特にシェリーは位置情報を共有するアプリでもあります。当時も危険性は危惧されていましたが、私が強引に押し切りました。私のシステムに、私以外がハッキング出来るはずがないので。」
「シェリー意外にガバガバですよね。」
「何度も言いますが、私以外には無理です。だから処女ですよ。」
「…処女?」
「ものの例えです。でもその禁忌を破ってハックしているので、彼女はもう処女じゃありませんが。」
「…俺が最初に出した例えが悪かったのは分かりますが、なんとなく例えがひどい方向に進んでいるので、この話はここまでにしましょう。」
俺がそう提案すると、ミルさんはパソコンに視線を戻した。
また無表情でチロっと舌を出していたが、あまり誤魔化せていないと思う。
「描絵手が動き出したということはもう時間がないはず。すぐに出ます。」
「分かりました。ではこれもついでにどうぞ。」
彼女はそういうと、ワイヤレスイヤホンを渡してきた。
右耳用しかなく、黒い。
「それは簡易的な無線機です。それで私と常に通話できます。朝比奈さんの位置情報はそれで常に共有します。」
「何から何までありがとうございます。」
「さぁ、行ってください。もうあまり時間はないんでしょう?」
「はい!…あ!…新木さんの変装に使えそうなものはありますか?」
「変装道具…ですか?…今はこれしかありませんね。」
ミルさんはこちらに一枚の"布"を差し出した。
誰もが見たことのある、通気性の良さそうなそれを。
新木さんはそれを見て、一瞬行動を止める。
流石に俺も気が引けたが、彼女は自信たっぷりにこちらを見ている。
「…これ、僕捕まらないかな?」
「そこら辺は運に任せましょう。時間がないです。ほら、早く!」
俺と新木さんはミルさんに急かされて、ラボから全力ダッシュで出ると、直ぐに転移門に向かった。
この速度なら、目的地まではすぐに着く。
転移門万歳だ。
●
「何者だ?」
《新米動画投稿者、夢霧無だ。》
俺が名乗ると、この秋葉原という地が珍しく静寂を取り戻した。
なぜか描絵手までキョトンとしている有様だ。
もしかするとこの変声機ボイスは余り受けが良くないのかもしれない。
「夢霧無?…そうか、思い出したぞ。君は確か、彼女を発見するきっかけになった映像を投稿してくれたな。」
織田さんは暫く額に手を当てて考えた後、ようやく答えを出した。
描絵手の元を訪れるシェル関しては、事前に新木さんに聞いていた。
もちろん名前以外の情報も。
ただすでに作戦が始まっている今、彼らと会話している暇はそこまでない。
《皆さん!初めまして、夢霧無です!》
「…?だから我々は君のことは知っていると言っているだろ。今更自己紹介の必要など…。」
《本日は夢霧無のお送りするライブ配信をご視聴頂いてありがとうございます!是非最後まで見ていって下さい。》
ここまで言うと流石に織田さんは黙り、俺の方をジッと見た。
俺の背後にはミルさんに準備してもらったドローンが飛び回り、撮影を続けている。
「…お前、何をしているかわかっているのか?」
《わかっていますよ、十分に。只々必死に、友達を救おうとしています。彼女を本当の意味で救うには、どうしても世界が彼女を知る必要があった。》
「友達?やはり君は何もわかっていないようだ。彼女は…いずれ世界を滅ぼす悪になる。仮に彼女が悪でなくとも、そのきっかけになりえるんだ。我々が正義を実行しなければ、一体だれが実行するというのだ!」
《ならなぜ隠す必要があるんですか?彼女を殺すのがあなたの正義なら、どうしてその事実すら隠そうとするんですか?》
「知る必要がないからだ!必要な犠牲を、世界がな。」
《この世界に…必要な犠牲なんてない。ましては悪事を働いてすらいない少女一人が死なないと平和を保てない世界なら、俺がぶっ壊す。それが俺のエゴです。》
「…話の分からない奴だな。お前をこの場で無力化し、今すぐ馬鹿なライブ配信を止めなくては…全くなんてことをしてくれたんだ。」
織田さんはそういうと、ゆっくりと腰に下げた刀を抜いた。
それは彼の周囲にいる二人も同じで、千里さんは双剣を、水無瀬さんは杖を構えた。
もちろん三人を一人で相手する気なんてない。
《あぁ…呼び方を考えてなかった。本名はやめた方がいいな。あんな変装だし…彼の為にならない。あぁ…"変態紳士"、一緒に頑張りましょう。》
おもむろにパンツを顔に被せ、さらにグラサンをした新木さんがゆっくりとこちらに近づいてくる。
新木さんが被っているパンツは、いわゆる御パンティの方だ。
彼の方に一瞬だけ視線をやると、頬には涙がつたった形跡がある。
こんな姿を全国ネットにあげられた日には…想像したくもない。
というかそれが新木さんの現状だけど。
「あぁ、少しくらい八つ当たりしてもいいよね。壊れそうな心を保つので必死なんだ。こんな状況になったのは全部、彼らのせいだと八つ当たりする。」
《その…あんまりやり過ぎないで下さいね。》
「彼らだって一流だよ。やり過ぎなくらいが丁度いいさ。」
"変態紳士"が現れると、シェル達ですら無言になり、動きを止めた。
そんな彼らの様子をよそに、俺と新木さんも武器を構えた。
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