第24話花火×四人の思い出①

「——笹月くん?」


「——美瑠ちゃん?」


僕の前に現れたのはお姉ちゃんでは無く、美瑠ちゃんだった。

目を丸くして、きょとんとした美瑠ちゃんは驚いた様子で僕に声をかけた。

「どうしてこんな所に?」

「美瑠ちゃんこそ!びっくりしたよー!」

「私はさっきまで友達とお祭りを回ってたんだけど……。みんな帰っちゃって。」

そうだったんだ、と相槌を打ちながら、僕は美瑠ちゃんの姿をもう一度見る。

赤い浴衣が真っ黒な髪によく似合っていた。

「美瑠ちゃんの浴衣、可愛いね!」

「ふぇ!?あ、浴衣!浴衣ね!うん!凄く可愛いよね!」

美瑠ちゃんの顔は、浴衣と同じくらい赤く染る。

急に変な事を言ってしまったかもしれないと、反省しつつ僕は笑った。

慌てる姿にも愛嬌があって、美瑠ちゃんは本当に女の子らしい。

「友達が帰っちゃったって事は、美瑠ちゃんももう帰るの?」

「う、うん、そのつもり……だったんだけど……。」

僕の疑問に、美瑠ちゃんは体を小さくさせる。

もじもじと恥ずかしそうに上目遣いで僕を見つめるその瞳は少しだけ熱さを感じた。


「笹月くんと一緒にいたいな……なんて。」


ボソリと、美瑠ちゃんは何かを呟く。

カエルの声やら、祭囃子の音がうるさくてあまり良く聞き取れなかった。

「美瑠ちゃん、今なんか言った?」

「ふぇ!?あ、ううん!何にも言ってないよ!あははは!」

「……?そう?なら良いんだけど……それにしてもお姉ちゃん遅いなぁ。」

美瑠ちゃんが居てくれたお陰で、すっかり忘れていたけれど、僕はお姉ちゃんを待っているんだった。

御手洗って、そんなに時間がかかるのだろうか。

女の子の事だから、僕はあんまりよく分からないけれど。

『お姉ちゃん』と言う言葉に、美瑠ちゃんは肩をぴくりと動かした。

おもむろに俯いた美瑠ちゃんは、か細い声で僕に尋ねる。

「……お姉さんと一緒に来てるんだ?」

「うん。まあ、色々あって……。」

「色々、かぁ。」

「……美瑠ちゃん?」

声色が少し悲しげに見えて、僕は美瑠ちゃんに近付く。

美瑠ちゃんの顔を覗き込むように身を丸めた。

「どうかしたの?何処か具合でも悪い?」

「え!?だ、大丈夫!!!大丈夫だから……!」

体調が優れないのかと思って美瑠ちゃんの顔を覗いて見たけれど、どうやら僕の思い過ごしだったらしい。

美瑠ちゃんは真っ赤な顔で、僕から身を引いた。

いや、顔が真っ赤なのは、それはそれで凄く心配だけど。

美瑠ちゃんの体調を案じていると、またもや草むらから足音が聞こえてきた。

カサっ。

美瑠ちゃんはその音に、離れた僕との距離を縮める!

「ひゃっ!な、何!?」

音に驚いたらしく、美瑠ちゃんは僕のTシャツの袖をぎゅっと掴んだ。


た、確かに僕もびっくりしたけれど……でも、男の子としてここはしっかりと、美瑠ちゃんを守らなくちゃ!


そんな覚悟で、僕は美瑠ちゃんに笑いかける。

「大丈夫だよ、美瑠ちゃん。多分野良犬か何かが……。」

「——あ。優太だ。」

の、野良犬が喋った!?

どきんと心臓をはね上げた僕は、恐る恐る正面を見る。

暗闇の中から、月の下に歩いてきたのは野良犬……では無く。

聞いた事のある声に、見た事のある顔。水色の浴衣だったから、一瞬誰だか分からなかったけれど。

でも、月の明かりに照らされたその人を、僕はよく知っていた。


「——まなねぇ!?」


きょとん、とした顔で僕と美瑠ちゃんを見つめるまなねえ。

……に、してもどうして草むらから?

よく見てみると、まなねえの髪は乱れているし、帯も曲がっている。

「何してたの、まなねえ。」

緊張が解け、僕はまなねえをじーっと見つめた。

まなねえは、うーん、と何かを考えた後懇切丁寧に説明を始める。


「……えっと、友達とはぐれて……チョコバナナを食べてたら……優太の匂いがして……探してたら……こんなとこにいた。」


——おい、待て。言いたいことは山のようにあるけれど。

とりあえず一回全部を飲み込ませてくれ。

……よし、もう大丈夫。


「人間の嗅覚じゃないでしょ、それ。」


落ち着きを取り戻した僕の第一声はそれだった。

野良犬かもーとか、何とか言っていたけれど野良犬よりも怖いよ。

あと、多分チョコバナナのくだりは要らなかったと思う。

相変わらず不思議ちゃんなまなねえに、僕はなんだか少し口元が緩んだ。

「全く……ほら、ほっぺたにチョコがついてるよ。」

僕はまなねえの元まで行き、ほっぺたについていたチョコバナナの残骸を指で拭った。


「まなねえは相変わらずそそっかしいんだから。」


自然と微笑んでしまった僕を見て、まなねえは目を丸くさせた。

「優太……ずるい、反則。」

「何が!?」

そう言うまなねえの耳は、少しだけ赤く染まっていて、その熱が僕にまで移る。

「あ、あの、笹月くん……その人は……?」

僕の後ろで、体を小さくさせながら美瑠ちゃんは尋ねた。

そう言えば、まなねえと美瑠ちゃんはまだ会った事が無かったっけ。

僕は美瑠ちゃんの方に体を向け、笑顔でまなねえを紹介した。


「この人は、眼縁町。僕はまなねえって呼んでるんだ!まなねえは僕の幼なじみで、昔一緒に遊んだりしてくれたんだよ。

で、まなねえ。こっちは名機美瑠ちゃん。僕のクラスメイトで、いつも仲良くして貰っているんだよ!」

あれ、なんかこれ前にもやったな。

お姉ちゃんとまなねえが『まるまる』で会った時をぼんやりと思い出した。

僕の交友関係ってそんなに広いわけじゃないから、こうやって僕の友達同士が顔を合わせるのは少し嬉しい。

「初めまして!名機美瑠です!よろしくお願いします!」

「眼縁町。よろしくね、美瑠ちゃん。」

にこやかに自己紹介を終えた二人。

そんな和やかな空気に、僕も自然と笑顔になる。

……ってあれ?誰か忘れているような……?


「優くーん!お待たせー!」


頭にすっと入ってくるこの声は。

そしてその呼び方は。

下駄で土を蹴る音が僕達の間に響く。

「思いの外トイレが混んでてびっくりしたよー!……って、ありゃ?私がいない間に凄い状況!」

そりゃあ祭りで人も多いんだから当たり前だろうけどさ、お姉ちゃん。もう少しだけ空気というものをだなぁ……。

心の中でそんな不満を漏らしながら、僕はこの状況をやっと把握する。


つまり今、僕の前にはお姉ちゃんと、美瑠ちゃんとまなねえがいるのだ。

僕の中の数少ない変態が二人も揃ってしまった!

大変だ、美瑠ちゃんを守らないと!!

「え、ええーっと……とりあえず、何か飲もう、か……?」

引き攣る口角。苦しい誘い文句。

小学六年男児に出来る事はそれくらいだった。

こんなに人気のいない所で、お姉ちゃんとまなねぇが一緒にいるのがそもそもかなりおかしな状況で。

もしもこれが全て偶然だと言うのなら、その偶然に遭遇する確率はきっと、宝くじが当たる確率よりも低いものだろう。

「さーんせい!私、ラムネ飲みたーい!」

「優太か言うなら。」

「わっ、私も一緒に行っていいの……!?」

僕の焦りなど知る由もない二人の女子高生は、どの子供よりもはしゃいでいた。

美瑠ちゃんの方がむしろ恐縮して、肩を小さくしている。

——二人とも、美瑠ちゃんを見習え!!

と言いたくなる気持ちをグッと抑えて、僕はふうと深呼吸をした。

先に屋台の方に戻ってしまったお姉ちゃんとまなねぇを放っておいたらきっと、大変な事になる。

「行こう、美瑠ちゃん!」

そっと僕は美瑠ちゃんに手を差し出す。

その手を見て、美瑠ちゃんは一瞬動揺してから僕の手を取った。

「う、うん……!」

嬉しそうに微笑む美瑠ちゃん。その手は僕の体温よりも少しだけ暖かくて。

二人で人混みの中へと入っていった。


夏祭り後半戦。

お姉ちゃんとまなねぇと、美瑠ちゃんと僕。

この四人が一堂に会する時が来るとは思ってもみなかった。

僕はお姉ちゃん達を追いかけながら、ふと背筋がぞくりと凍る。

……何やら少し面倒事が起こりそうな予感がしていた。

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