第23話 夏祭り×違和感

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まるまるでの怒涛の時間は過ぎ去っていき、夏休みも残すところ一週間となった。

お姉ちゃんの同人誌は、余裕で完売。その後はコスプレをした僕をたっぷりと堪能しながら一眼レフのシャッター音を響かせていた。

お盆も挟み、即売会での疲労を回復する為にも、僕とお姉ちゃんの勉強会は暫くお休みとなった。

とは言っても僕は、お姉ちゃんの居ない時間で宿題を終わらせ、自主学習に励んでいた。


そして、今日は金曜日。

いつものように自室で勉強をしていると、突然家の電話が鳴り響く。

パタパタとスリッパを走らせ、玄関にある電話から受話器を手に取った。

「はい、笹月です。」

お父さんの仕事関係だろうか、なんて思いながら電話を取ると耳元に聞こえてきたのは別の人物だった。


「もしもし、優くん?お待たせしました、お姉ちゃんです!」


一週間ぶりに聞くお姉ちゃんの声は、相も変わらず元気そのものだった。

「いや、待ってないけどね。」

電話特有のノイズが混ざって、直接声を聞くのとはまた違う声色。

いつもより声が少しだけ低く、頭の中に響き渡る。

「どうしたの?勉強の再開は明日だったよね?」

「それはそうなんだけど……。優くん、今日の夕方って空いてる?」

「……?空いてる、けど、どうしたの?」

いつもなら、そんなに回りくどい言い方はしないはずだ。

珍しい事もあるものだ、なんて心の中で思っているとお姉ちゃんは電話越しに息を吸った。


「良ければ今日の夏祭り、一緒に行かない?」


その時、僕はやっと思い出した。

そうだ、今日は近くの神社を中心に夏祭りが開催される。

よく思い出してみれば、確かに街の中にポスターを見かけたような。

同人即売会に、お盆とイベントが立て続けで、すっかり頭から抜け落ちていた。

にしても、こんな直前になって急に誘うなんて、お姉ちゃんらしい。

今日も今日とて、お姉ちゃんに振り回されるのかもしれないと考えると、自然にため息が漏れそうだ。

「いいよ、行こう。……時間と場所は?」

「夕方の五時に、神社の鳥居の前でどうかな?」

「いいよ、じゃあ鳥居の前でね。あ、遅刻したら許さないから。」

「しないよ、絶対!!私は優くんよりも大人なんだから〜!!じゃあ、また後でね!」

プツリ。

お姉ちゃんの嬉しそうな声で、電話は終わった。

ツーツーと、無機質な音が受話器から聞こえてくる。

くるりと玄関に背を向けて、僕は自分の部屋に向かった。


「さてと。……服でも着替えようかな。」




——辺りは夕闇に覆われ、人々は活気に溢れている。

鳥居の奥からは、祭囃子の音が聞こえてきて少し心が踊った。

時刻は夕方四時五十分。神社の鳥居前。

お父さんから借りた腕時計を見ながら、僕はお姉ちゃんを待つ。

二十時までには絶対に戻ってくるようにと、お父さんに言われたので、祭りを楽しめる時間は約五時間。

せっかくの祭りならと、お父さんがくれたお小遣いをポケットの中にしまって、僕は耳を澄ませた。

お囃子に、和太鼓。楽しそうな人々の声。焼きそばを焼く音。沢山の音が混ざりあって、まるで一つの音楽を奏でているようだ。

「何食べようかな……。」

そんな事を考えていると、前方から足音が聞こえてくる。

かつん、かつん。ヒールよりも深く響くその音に僕は顔を上げた。


「優くん〜!お待たせ〜!」


人混みの中、どうしてかその人だけは輝いて見えた。

大きな花が咲き誇ったような笑顔を向けて走ってくるその人に、僕は目を奪われる。

電柱に付けられた提灯の淡い光が、その人の肌を艶やかに染める。

いつもとは違って、短い髪を纏めあげ、いつもよりも歩きにくそうな服に身を包んで。

ピンクの淡い浴衣も、その花の髪飾りも。

全部全部、今日だけのその姿に僕は、言葉を失った。

「時間ぴったし!遅刻しなかったでしょ?」

提灯の淡いオレンジ色の光に照らされたお姉ちゃんは、いつもよりもちょっとだけ——可愛かった、と思う。

そのせいかもしれない。どうしてだか、上手く声が出なかったのは。

「じゃあ行こうか!お腹空いたし、何か食べようよ!」

「えっ、あ、うん……!!!!」

「んー?どうしたの、ぼーっとして。ほら、せっかくのお祭り何だからいっぱい楽しまなくちゃ!」

そう言いながら、お姉ちゃんは僕の前を行く。

きつく結ばれた帯と、お姉ちゃんの首筋がよく見えた。


……ど、どど、どうしよう……。全然顔を合わせられない……!!!!


髪を纏めているせいで、お姉ちゃんのうなじがしっかり目に映る。

浴衣を着てるからかもしれないけれど……なんでかこんなにも胸が高鳴ってしかたない。


「あ、優くんりんご飴だよ!美味しそう〜!」


お姉ちゃんの後を追って、屋台が並ぶエリアにやって来た。

鳥居の先には、沢山の屋台が並んでいた。

焼きそば、たこ焼き、綿あめ、タピオカ、りんご飴。

僕の心の中がぐちゃぐちゃになっていることなんて露知らず、お姉ちゃんは嬉しそうにりんご飴を指さす。

「そんなに大きいの、食べられないでしょ?」

「うっ……確かにいつも、顎が痛くなってるけど……でも食べたいっ!祭りの醍醐味だもん!」

子供みたいな発言に、僕は笑みを零しながらりんご飴の隣に目を移す。

「あっ、こっちに小さいりんご飴があるよ。これなら食べられるかも。」

「ほんと!なら、これ下さい!!」

あいよ、と店主は小さいりんご飴をお姉ちゃんに手渡す。

嬉しそうに受け取ったお姉ちゃんは、早速真っ赤なりんご飴にかぶりついた。カリッと飴を砕く音が聞こえてくる。

「んー!美味しい……!あまーい!」

「食レポ下手なの?」

「むっ。なら優くんがやってみてよ、ほら!」

そう言って、お姉ちゃんはりんご飴を僕に差し出す。

お姉ちゃんがかじりついた部分に、くっきりと歯型が残っている。

こ、これは……間接ほにゃらら……!!

一瞬たじろいだ僕は、すぐにりんご飴から視線を逸らした。

「い、いいよ!お姉ちゃんが買ったんだから、お姉ちゃんが食べなよ……!」

「えー、そう?なら食べちゃおうかな。」

シャクッと、りんご飴を食べる音が横から聞こえてくる。


そこからはお姉ちゃんと二人、色々な屋台を巡った。

「優くん、ほら、私の舌真っ青じゃない?優くんもべーってして見てよ!」

「や、やだよ!第一僕が頼んだのいちごだから、舌の色変わってないし!」

なんて言い合いながらかき氷を食べたり。

海の家の時もそうだったけれど、お姉ちゃんはかき氷が好きみたい。

そう言えばあの時もこうやって、僕に舌を見せてきたりしたっけ。

お姉ちゃんはりんご飴やらかき氷やら。結構甘党なのだろうか。


ご飯を食べた後は、様々なもようしもので遊んだ。

「……ここだっ!」

「おおー!優くんすごいー!!私なんて一つも取れなかったのに!」

「なら、この水風船……あ、げる、よ!」

「本当に!?嬉しい、ありがとう!!」

二人でしゃがみこみながら、水風船のすくい上げをやってみたり。


「……うう、また外れた……!」

「優くんの仇は私が討つ!その犠牲を無駄にはさせないから!」

「いや、僕死んでないし!で、でも、頑張って!」

お姉ちゃんが向けた銃口から放たれた矢は、目の前の的を見事撃ち抜く。

台の上からパタリと倒れたのは、シャボン玉の入った箱。

「やったー!取れたよ、優くん!」

「すごい、すごいよお姉ちゃん!射的で景品取れた人初めて見たー!」

二人でハイタッチして、喜びを分かち合ったり。


「あと……ちょっと……でっ!あっ。」

「あーあ。難しいやつ選ぶからだよー。」

「そういう優くんは……うそ!完成してる!?」

型抜き屋で、お姉ちゃんは難易度の高い型を選んでいた。見栄を張りたかったのかもしれないが、それは道半ばで途絶えた。

対する僕は、初心者用の簡単な型を選び見事に型抜きに成功したのだった。

ふふん、と自慢げに見せつける僕にお姉ちゃんは素直に拍手をしていた。

「すごーい!やっぱり優くんって器用だねー!」

お姉ちゃんはいつも率直な感想をぶつけてくるから、たまに反応に困る。

「そ、そう、かな……?」

達成感と、照れくささと、恥ずかしさと嬉しさが混ざって、なんだか言葉にし難い感情が心の中を満たす。

でもそれは不思議と、嫌な気はしなかった。


その後もなんやかんやで、僕は祭りを楽しんでいた。

お姉ちゃんと二人で沢山の屋台を回って、笑いあったり、ふざけあったり。

普段はお姉ちゃんに手を焼く事もあるけれど、今はそんな事も忘れるくらいにただ、楽しかった。


気が付けば、時刻は夜の七時を回っていた。

自分でも驚くくらい、時間を忘れてはしゃいでいたらしい。

たまにはこんな夜もあっていいのかな、なんて思いながら僕は神社裏の木に寄りかかっていた。

お姉ちゃんが御手洗を終えるのを待っているのである。

そういえば、お姉ちゃんは折角の浴衣だったと言うのに僕は私服で来てしまった。

家には浴衣も甚平も無かったので仕方ないと言えばそれまでだけれど。

でも、やっぱり浴衣を準備すれば良かった。そう出来なくても、せめて草履を履いたりとか。

お姉ちゃんと一緒に見た目も合わせられたら良かったのに。


——ってあれ、なんで僕そんな事を思ったんだろう。


これはもしかしなくても、祭りの空気に絆された、と思う。

さっきからずっとお姉ちゃんの笑顔が頭から離れない。

と、いうか、今日はずっとお姉ちゃんの事を考えているよう、な……。

そう考えた瞬間、僕の耳は真っ赤に染まる。

「……!?」

な、なんだ、なんだ!?なんか……か、顔が熱い……!!

ぼわっと、火が一瞬で燃え盛るみたいに体の中から熱くなっていく。


「優くーん!」


自分の体の異状に頭を抱えていると、どこからともなく声が聞こえる。

ニコリと満面の笑みで僕の名前を呼ぶお姉ちゃん。

頭の中に響く聞き慣れた、お姉ちゃんの声。

くるりと振り返ってみるけれど、そこには暗闇の中に聳え立つ木々しか見当たらない。

でも今、確かに……。

まっ……まさかあまりにお姉ちゃんを意識しすぎたせいで幻聴が聞こえてる……!?


「おかしい。おかしい!これはおかしい!!」


お陰様、かどうかは分からないけれど変な汗が滝のように溢れてくる。

こんな状態で、お姉ちゃんに会ったら、僕が変なやつだと思われる!

「と、とりあえずお姉ちゃんが戻ってくるまでに平常心を取り戻さないと!!」

まずは深呼吸だ。それから、もう色々と考えるのはやめて、無心になろう。

「……無心。無心。無心……。」

かさっ。

神社の本殿の方から草が擦れる音が聞こえくる。

「うわっ、何!?」

思わずそんな言葉が口に出た。

びくっ!と肩は高く上がり、心臓は音を鳴らす。

砂を踏みしめる足音が僕の方に近付いてきた。

どくんどくんと、飛び跳ねる心臓を抑えながら必死に暗闇を睨みつける。

……お、お化け!?

なんて、小学六年生らしい発想をしながら怯えていると、その正体は姿を表した。


「……さ、笹月くん?」


その声はお姉ちゃんのものでも、お化けでも無くて。

二つ縛りの黒髪に、赤い浴衣を着た、僕と同じくらいの背丈の女の子。

その子を僕は知っていた。


「——み、美瑠ちゃん……?」

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