第25話 花火×四人の思い出②
ポン、と勢いよくラムネの栓を開けると、瓶の中に丸い玉が落ちてくる。
「んー!美味しい!久しぶりにラムネ飲んだかも!」
「私もです!このシュワシュワ感が癖になりますね」
「ん、美味しい……優太は?」
「僕も美味しいよ。……って言うか、この状況何?」
お姉ちゃん、美瑠ちゃん、まなねぇ、僕の四人がベンチに横並びで座っている。
僕以外の三人は浴衣を着ているので、妙にラムネが似合っていた。
ここは人の多い通りのハズレにある公園。
その公園に備え付けてあるベンチだった。
ベンチの横に街灯が一本立っているだけで、他には特に光も無い。
屋台でラムネを買ったあと、まなねぇが「人混みに酔った」と言うので、ここまで歩いてきた。
「それにしても、なんで美瑠ちゃんとまなねぇさんがここに?」
「私は友達と別れた後たまたま笹月くんに会って……。」
「私は優太の匂いを追ってきた。私の優太センサーは万能。」
お姉ちゃんの質問に、二人が答える。
片方の答えがおかしいような気もするけれど、そこはスルーしよう。
「そっかー!何だかこうやってお話するのは初めてだから少し緊張しちゃうね!」
お姉ちゃんの明るい声が、僕の耳に響く。
そう言われてみれば確かにそうだった。
僕はそれぞれに関わりを持っていたけれど、お姉ちゃんは美瑠ちゃんともまなねぇともそこまで深い関わりは無い。
美瑠ちゃんとまなねぇは今日が初対面だし。
そう考えて見ると、なかなかにカオスな状況だった。
「じゃあ、今日はお姉さんと笹月くんは一緒に夏祭りを回ったんですか?」
「そう!この前はライブに行ったんだよ!」
「ライブ、ですか?」
「美瑠ちゃん、『toalu』って言う歌い手ユニット知ってる?」
「あ、はい。聞いた事はあります!」
「その人達のファーストライブだったの!優くんがファンだったみたいでね!」
「そうだったんだ……私も帰ったら、曲聴いて見るね、笹月くん!」
「う、うん!」
い、言えない……そのtoaluのメンバーがここにいるなんて……。
しかも当の本人は、ボケっとラムネの中に入っているビー玉を見つめているし!!
一応まなねぇの話なんですけど!?
とはいえ。toaluは正体不明の歌い手アイドルだ。
その正体がこんなド天然な高校生だとバレる訳にはいかない!
口を滑らせないように気を付けないと!!
と、決意を固めた矢先にお姉ちゃんが「あ。」と声を漏らす。
「でもライブ終わったあと優くん、スタッフの人に呼ばれてたよね?あの時何があったの?」
「ぎくっ。」
「そうなの、笹月くん?」
「……そ、それは……」
どうしよう。なんて誤魔化そう!
ちらりと横目でまなねぇを見てみると、ラムネを美味しそうに飲んでいた。
くそぉー!呑気にしてるー!!
あ、そうだ!落し物をしていたって事にすれば……!
なんて言い訳を考えていた矢先、まなねぇはラムネの瓶から口を離した。
「私が優太に会いたくて、スタッフさんに連れて来てもらった。」
まなねぇのその回答に、お姉ちゃんと美瑠ちゃんは「ん?」と声を漏らす。
「どういう事ですか?」
首を傾げる美瑠ちゃんに、まなねぇはさらりと真実を口にした。
「そのtoaluって、私の事だから。」
——ああ、やってしまった。
だから僕がなんとか誤魔化そうとしたのに……。
まなねぇは基本嘘を付けない……というかつかないから、質問には素直に答えてしまうのだ。
頭を抱え、後悔した時には既にお姉ちゃんと美瑠ちゃんは顔を真っ赤にさせていた。
「ええー!?」
お姉ちゃんと美瑠ちゃんは勢い良く立ち上がり、まなねぇの前に立つ。
そのまなねぇと言えば、平然とした態度でラムネを口の中に運んでいる。
そんな三人を前に、僕の顔からは血色が失われていく。
「ま、まま、まなねぇさんって、toaluのメンバーなんですか!?」
ふん、と鼻息を荒くした美瑠ちゃんがまなねぇに詰め寄る。
「うん。」
「ち、ちなみに、お名前は……!?」
「私?私はトアだよ。これ、トアのアカウント。」
スマートフォンには、トアのアカウントが表示されていた。その隣に『編集』というボタンがあるのを見て、確かにこれはまなねぇが自身で運用しているアカウントなのだと理解する。
「わーあ!ほ、本当だー!!」
お姉ちゃんが目をキラキラと輝かせている。
それ以上喋らないでと、大声を張り上げたかったけれどまなねぇの口は僕が思うよりも緩かったらしい。
お姉ちゃんと美瑠ちゃんが目を丸くさせながら「凄い!」と口を揃えていた。
なんかややこしくなってきたぞ……。と、僕の心配なんてあの三人が気にするはずも無い。
僕一人が頭を抱え、お姉ちゃん達は会話に花を咲かせている。
「ねぇ、toaluって顔出ししないの!?この前のライブもアバター使ってたし!」
「うーん、アルが顔出ししたくないって言ってるから……。私はどっちでもいいんだけど。」
「じ、じゃあまなねぇさんはそのアルさんの顔とか見た事あるんですか!?」
「あの声だし、絶対に可愛い系だよ!私の勘がそう言ってる!」
お姉ちゃんの、その勘とやらはあてになるのだろうか。
お姉ちゃんの言葉に、まなねぇはフリフリと顔を横に振る。
「ううん。見た事ない。アルも私の顔は知らないし。」
「そうなんですか!?」
「うん。でもこの前アルに「メイクした事ない」って話したら、色々おすすめのコスメを紹介されたから、その辺の知識はあると思う。」
「アルさんっておいくつですか?」
「私の二個上だって。前に言ってた。」
「おー!じゃあ意外と大人っぽい感じなのかも?」
お姉ちゃんも美瑠ちゃんも、まなねぇの話に興味深々だった。
そんな三人のキャピキャピした会話を横目に、僕は一人疎外感を感じる。
駄目だ……女の子の会話についていけない……。
にしても、お姉ちゃんがあんなに楽しそうにしている姿は珍しい。
僕に対してなら、今までもあんな風に笑っていたけれど、他の人の前だといつも畏まっていたような気がする。
言葉で表現するのは難しいけれど、こう、僕以外の人と話す時は壁があったというか……。
だからあんなにお姉ちゃんが心の底から笑ったり驚いたりしてて、何だか僕は嬉しかったりもする。
と、そんな事を考えている自分に、僕は疑問を感じた。
——どうして僕、ずっとお姉ちゃんの事を考えているんだろう?
それこそ、夏休みが始まった時期からずっとだ。
前までは鬱陶しくて、お姉ちゃんがいる事が嫌で嫌で堪らなかったのに。
今はその逆だ。
お姉ちゃんがいると楽しい。お姉ちゃんが笑ってくれる事が何より嬉しい。
お姉ちゃんの居ない平日は何故か長くて、土日が待ち遠しくて。
どうして僕はこんなに、お姉ちゃんの事を考えて、想ってしまうのだろうか。
「それじゃあ……」
隣でお姉ちゃんが、嬉しそうに美瑠ちゃんやまなねぇと話をしている。
それは弟が姉に抱くような、信頼感なのだろうか。
でも僕とお姉ちゃんは血も繋がってなければ、少し前まで赤の他人だった。
こんな短期間で、弟としての自覚が芽生えてしまったのかもしれない。
「……うだ。そうだ。きっと、僕は……。」
僕は、自分にそう言い聞かせた。
僕はお姉ちゃんの弟として、信頼しているんだ、と。
だって、そうしないと、僕の中の何かが壊れてしまいそうだったから。だから——。
「あっ、見て!」
美瑠ちゃんが声を張り上げて、空を指さす。
僕達はそれを真似するように、みんなで空を仰いだ。
——ばん!
その闇夜には、大きな爆発音と共に沢山の花が咲き乱れていた。
赤や、青、紫に黄色。鮮やかな光が夜の空に輝く。
「花火だー!きれーい!」
「うん、風情がある。」
お姉ちゃんの小学生みたいな感想と、まなねぇのかっこいい言い回し。
二人ってこういう所が違うんだよな、なんて思いながら僕も綺麗な花達を鑑賞する。
不思議な巡り合わせで、お姉ちゃんと美瑠ちゃんとまなねぇが出会い。
そしてこうして皆を花火を見上げている。
一年前だったら考えられない光景だ。
感傷に浸っていると、花火はクライマックス。
目の中いっぱいに広がる花火は、どれも圧巻で言葉に出来ない。
中にはハートやらひし形の花火もあったりして、中々にユーモアなセンスだ。
二、三十分程で花火は幕を降ろし、僕達はそれぞれ余韻に浸る。
まだ耳の中に花火が打ち上がる音が残っていた。
「凄く綺麗だったね!」
「はい!私、口が開いたままでした!」
「ん、胸がいっぱい……。」
花火も打ち終わり、次第に僕達の周りにも人が増えてきた。
皆、もうそろそろ家に帰るのだろう。
——もう、終わりなんだ。
そう思うと、途端に胸が締め付けられる。
お姉ちゃんと屋台を巡って、美瑠ちゃんとまなねぇに遭遇して。
四人でラムネを飲んで、まなねぇがtoaluだってバレて。そして……。
皆で一緒に花火を見た。
たった数時間の出来事だったのが、嘘みたいだ。
名残惜しい。もう少しだけ、一緒に居たい。
それは皆も同じだった。三人とも、心做しかいつもより暗い顔をしている。
それだけ三人にとっても有意義な時間だったのだろう。
だから僕は声を出した。声を張り上げて、皆に言った。
「——また、皆で遊ぼう!!」
我ながら、なんて小っ恥ずかしい事をと、思う。
普段なら絶対こんな事は言わない。第一僕は受験生だし。
けれど。だって。僕は今日、本当に心の底から楽しいって、そう思ったんだ。
多分、僕の耳は真っ赤だったと思う。
でも、お姉ちゃんは何も言わずに僕の手をとって嬉しそうに笑った。
「そうだね!絶対、また集まろう!」
それに賛同するよに、まなねぇも頷く。
「賛成。」
「私も!皆さんとまた、お話したいです!」
美瑠ちゃんの元気な声が、夜空に響いた。
「あ!そうだ!私いい事思いつきました!」
美瑠ちゃんは持っていた巾着の中から、何かを取り出す。
それは小さなデジタルカメラだった。
「折角ですし、みんなで写真撮りませんか?夏の思い出に!」
美瑠ちゃんの妙案に、お姉ちゃんとまなねぇは嬉しそうに頷く。
「それいい!さんせーい!」
「私も……良いと思う」
四人中三人が賛成しているのだ。自分一人が嫌と言う空気でも無いし、僕も無言で頷く。
それじゃあ、と美瑠ちゃんはカメラを月に向かって伸ばした。
小さなカメラの中に収まるには、四人という数は少々多い。
お姉ちゃんは僕の肩を持って、ぎゅっと詰め寄った。
「優くん〜!ほら、もっとくっつかなくちや!」
「って近すぎでしょ!?もう少し離れてよ〜!」
無理やり離そうとしたけど、お姉ちゃんは頑なに動こうとしない。
「はい、皆さんもっと詰めて下さい〜!行きますよ〜!」
僕の意見などお構い無しに、三人が近付いてくる。
——パシャリ。
記憶を切り取るシャッターの音が、頭の中に響いた。
その残響を聞きながら、少し前までの生活を思い出す。
ずっと一人きりで部屋に閉じこもって机と睨めっこしていた日々。
そんな灰色な世界にお姉ちゃんが現れて、美瑠ちゃんと仲良くなって、まなねぇと再開できた。
この夏休みは今までの中で一番慌ただしくて、でも楽しかった。
そうだ。夏休みはもう終わるかもしれないけれど、でもだからって会えなくなる訳じゃない。
きっとこれからもっと楽しい生活が待ってる。
「——今度は皆で遊びに行こう!」
そんな約束を、僕達は交わした。
楽しくも名残惜しい夏祭りは、そうして終わりを迎える。
そして残りの夏休みは、それぞれの用事で忙しなく過ごし。
——そして、二学期が始まる。
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