狭穂さほが私に取りすがって泣いている。狭穂は十五才で、おたかの神事は明日の日暮れからだ。

 この娘は、死を恐れている。



 新たな女王はすべて、おたかと呼ばれる竹林でえらばれる。

 この特別な年、十三から十六の数が刻まれたくじを女王が引く。引かれた数と同じ年齢の娘全員が集められ、ぐうからふだを授けられる。次の女王となる可能性のある娘たちの札には満月をかたどるまるい紋様が浮かび上がるので、その紋様の焼き印を手の甲に押しておたかに入り、竹林の奥で、竹皮に模した布で全身を包まれ、生きたまま埋められる。


 その中からたった一人、次の女王となる者だけが死から甦り、新たな命を得て


――その場を見られる者は宮司たち何人かの神職のみであるが。


 古老は穏やかにそう話した。


――朝日が射してまもなく、包んだ布ごと生えてきた姿はまるでたけのこのよう。見る間にすくすくと伸びる様子は若竹そのものだという。

――すると新たな女王は光り輝き、その光は竹林の外までも届く。


 他の娘は、と小さな子供が聞いた。

 すると古老はその子に微笑み、答えた。


――そのまま竹林にんだよ。



 死ぬのだ。



 竹林に植えられて、女王にならなければ死ぬ。

 そして、女王になればこの国を出られない。


 おたかには、無数の娘たちが埋められているのだ。


 狭穂さほは死を恐れている。


 私はこの娘を守らなければならない。



「狭穂」


 私は婚約者の震える身体をしっかり抱き直すと、心を決めた。


「狭穂、逃げよう」


 いますには婚約のことを話す隙もない。宮司の親族で大きな酒屋の主である彼女は、帰って来てから神事に使う酒の手配で大わらわだ。

 そうこうしている間に、明日の夕方には神事が始まってしまう。

 人目につかず逃げるなら今夜しかないのだ。


「家や故郷を捨てるのは辛いだろうが、」


「駄目です! 私が逃げれば日葉洲ひばすの時のように、皆が苦しむ。そんなこと、とてもできません」


「だけど」


「私はきっと、こうなる宿命だったのです」


 震えている。泣いて身体が熱を帯びている。この狭穂が、この命が明日の夜には失われてしまう。

 何としてもこの娘を連れて逃げなければ。そう思った瞬間、狭穂は私を突き放すように押して後ずさった。

 涙のあとはまだ真新しいのに無表情で、それがかえって凄惨な印象を与えた。


「……私はおたかに行きます。でないと、家族が私に代わって死ぬことになるから」


「やめろ。狭穂」


「いいえ。行きます。でも私はきっと女王ではない。そんな器じゃありませんもの。だから、」



――だから、どうか私を。



 私は、眩暈めまいに襲われる。





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