第8話


「もういいぞ。永久乃シンジ、0点」

1年1組の担任である石頭先生が、皆の前で、そう発表しました。


シンジの魔法の実技試験を見ていたユッコは、”0点”という単語に、ビクリと肩を震わせました。

ハッとしたようにシンジの顔を伺いますが、シンジは俯いていて、表情は良く見えません。

そしてシンジはそのまま、トボトボと皆の後ろの方に下がっていきます。


同じくユッコの隣でシンジの様子を見ていたブキミが、ボソリと言いました。

「仕方がないとはいえ、自分も0点を取った身としては、誰かが0点を宣告されるさまを見るのは、あまり気持ちの良い物ではないわね」


ブキミの言う通り、シンジは魔法の実技試験において、魔法を一切使う事は出来ませんでしたので、0点は順当な評価でした。

しかし一方で、ブキミは釈然としない思いも抱いているのでした。


富裕層の家に生まれた子供は、学校で魔法の教育を受けますが、貧困層の家に生まれた子供は、魔法の教育を受けません。

貧民街で生まれたシンジもまた、これまで魔法とは一切縁のない生活を送って来ていたのでした。

だから、いきなり「魔法の実技試験をします」と言われても、シンジにはその場の思い付きで、頓珍漢(とんちんかん)な行為を繰り返す以外に、出来る事は無かったのです。


生まれが富裕層か貧困層かで、成功する為のハードルの高さが違うのでした。

貧困層に生まれた事で、成功しにくくなり、成功しにくいからこそ、より貧困になっていく。

覆す事の出来ない貧富の格差が、”勇アカ”にもあるのでした。


(伝説の勇者でも魔王でもいい。圧倒的な力で、この世の全てをひっくり返してくれる誰かが、現れてくれないものかね…)

ブキミは冷めた目で、校庭に生えた大樹に目をやりました。

その根元には、勇者のみが引き抜けるという伝説の剣、”ブレイブソルド”が刺さっているのでした。


────────────────────────────────────


「私さ、さっきブキミが話しかけて来てくれた時、凄く嬉しかったんだ」

ユッコがポツリと言いました。

「私、テストで0点取っちゃって、それで皆にどう思われたのか、それが分からないのが怖くて、”このまま消えてしまいたい”って、”皆、私の事なんか忘れてしまえばいいのに”って、そう思ったんだ」


「……」

ブキミは、黙って聞いています。


「でもさ、ブキミが話しかけて来てくれて、励ましてくれて、私、凄く嬉しかったんだ。私の事をバカにしない人が、一人でもいるって。それが分かって、私は凄く楽になったの」

「…アタイは0点の仲間が欲しかっただけさね。思いやりとかじゃないわさ」

「それでもいいんだ。私はブキミに救われたから。ありがとう」


ユッコの瞳は、肩を落として歩くシンジを見つめています。

「永久乃君はさ、今、”一人になりたい”って思ってるかな?それとも、”誰かに話しかけて来てほしい”って、思ってるかな?」


ブキミは答えます。

「アタイにゃ分からないね…。皆が、気を使って声をかけない様にしてるのが、本人からしたら”自分がどう思われているのか”が分からなくて辛いかもしれないし…。逆に、誰かに声をかけられても、”気持ちの整理をする時間”が奪われて辛いかもしれない…」


ユッコは頭を抱えました。

「どうしたらいいんだろう…」

「声をかける事で傷つけるかもしれないし、声をかけない事で傷付けるかもしれない。どっちが正解かなんて、当の本人以外分からないもんさ」


ブキミは不気味に笑いました。

「ただ、”自分が声をかけた事で相手を傷つけ、その事で自分が傷つく”危険を冒すより、声をかけずにスルーする方が、ずっと楽な選択肢だろうねぇ…。”みんな”、そうしているんだしね…」


「ふぐぐぐぐ…」

ユッコには、どうしたらいいか分かりませんでした。

そして、迷った時のいつもの癖で、腰に差したオモチャの剣に手を触れました。

すると、勇者の修行をしていた時の、勇ましい気持ちが蘇ってきます。

勇者になって、困っている人を助けるんだという、熱い気持ち。


そしてユッコは、心の中で雄たけびを上げました。

(ふおおおおおおおっ!)

興奮した様に、ガバッと立ち上がります。

「どちらが正解か分からないという事はっ!どちらを選んでもいいという事なんだよっ!」

そして猛獣の様に、ブファーッと鼻息を噴き出します。


ユッコは決めたのでした。

どちらが正解か分からないなら、せめて”勇気”が必要な方を。

「行ってきます!」

そう言うと、ユッコはシンジの方に向かって、のっしのっしとガニ股で歩き出しました。


そんなユッコを、ブキミはニヤリと笑いつつ送り出します。

「キヒヒ…いってらっしゃい」

もしも”伝説の勇者”というものが実在するなら、ユッコみたいな人間であればいいのに──

そんな事を、思いながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る