第7話
「そういえばさ、さっきブキミが永久乃君を見て、”貧民街の出身だけど、大丈夫かね?”って言ってたでしょ?」
永久乃シンジの魔法試験の様子を遠巻きに眺めながら、ユッコがブキミに質問します。
「貧民街の出身だと、魔法的に何か問題があるの?」
ユッコは意外と、微妙な言葉の言い回しに敏感なようでした。
一方その永久乃シンジは、一向に魔法を使うそぶりすら見せない為、担任の先生に叱られています。
その様子を眺めながら、ブキミが答えました。
「キヒヒ…。貧民街の人間は、魔法とは無縁の生活を送っている人が多いからね…。あの永久乃も、魔法の使い方を知らないんじゃないかと思ったのさ」
それを聞いて、ユッコは驚きました。
「え!?魔法って、使い方があるの?」
「そうさ。流派によって、やり方に違いはあるけどね」
ブキミは逆に、ユッコに質問します。
「ちなみにユッコは、どうやって魔法を使うと思ったんだい…?」
突然の質問に、ユッコは戸惑いました。
何となく持っていたイメージを、そのまま答えます。
「え?そ…それは、なんかこう…”火”のイメージ的な物を強く念じたら、”火”が出たりするんじゃないのっ…!?」
一方皆の前では、シンジが座禅を組んで目を閉じ、何事かを強く念じ始めました。
しかし、何も起きません。
ブキミは言いました。
「キキキ…。それだけでは魔法は使えないわさ。言ったろう?魔法を使うのはあくまで精霊で、術者はお願いするだけだ、って」
「じゃ…じゃあ、”火の精霊さんお願いします~!”って、強く念じたら、魔法を使えるんじゃないのっ…!?」
一方、皆の前では、シンジが地面に膝を付き、祈祷師(きとうし)の様に、何者かにお祈りを捧げ始めました。
しかし、何も起きません。
「クキキ…残念。ただ”お願いします”と念じただけでも、精霊は力を貸してくれないんだわさ」
「えええ~~~…?」
ユッコの自信が、ガラガラと音を立てて崩れて行きました。
克服したはずの”0点の恐怖”が、再びユッコの心を蝕み始めます。
「じゃ…じゃじゃじゃじゃあ、どうやって魔法を使うって言うの?私また0点!?」
半泣き状態でユッコはブキミにしがみ付きました。
「キヒヒ…コレを使うのさ」
ユッコの鼻水とヨダレに触れない様に気を付けつつ、ブキミはポケットから何かを取り出しました。
それは消しゴム位の大きさで、六角柱の形をした、赤黒い光りを放つ、透明で綺麗な”石”でした。
その輝きに、ユッコは心を奪われます。
「ふおわああ~~~~っ!ま、まままままましゃかこれわ…!ほ、ほほほほほ宝石様でわございませんかああああーーーーっ!?」
貧困層のユッコにとって、宝石は雲の上の存在です。
その神々しい輝きに、目が潰れてしまわないよう、ユッコは慌てて目を覆いました。
ブキミはニタリと笑います。
「キキキ…。コイツは”魔導石(まどうせき)”ってシロモノさ…。石は元々、神秘の力を宿しやすい物なんだがね…。その中でも、特に魔導の力を多く有している物を、”魔導石”と呼ぶのさ」
ユッコは恐る恐る、薄目を開けてブキミの手の上の石を確認しました。
”魔導石”はぼんやりと発光しており、中で赤黒い光がユラユラと怪しく揺れ動いています。
どこか不気味ですが、それでいて吸い込まれそうな美しさです。
ユッコが聞きました。
「ふおおお…。この”魔導石”が、魔法を使うのに何か関係があるの…?」
その問いに、ブキミが”魔法”についての説明を始めます。
「精霊に奇跡を起こして貰う為には、お願いするだけでなく、供物として魔導の力…つまり”魔力”を捧げる必要があるのさ」
「ま、マリョクをささげる…?」
「そう、精霊に魔力を捧げるのさ。でも、一人の人間が持っている魔力なんて微々たる物でね…。捧げた所で、大した奇跡も起こして貰えないし。魔力が尽きれば、最悪、術者が死ぬ事もある。クキキ…」
ユッコの目が点になります。
「マリョクをささげてもたいしたことないししぬ…」
「そこで、この”魔導石”を使うのさ。”魔導石”の中の魔力を吸い上げ、それを精霊に捧げるんだ。それなら、自身の魔力を捧げずに済む」
ユッコは無表情のまま、機械の様に口をパクパクします。
「マドーセキがあればマリョクをささげずにすむからマホーつかいほーだい?」
「キキキ…。そこまで甘くはないよ。魔力を移動させるのにも、魔力は必要だからね…。術者の魔力は、その”魔力の受け渡し”をする為に使うのさ」
「……」
ユッコの動きがピタリと止まります。
10秒経過…。20秒経過…。30秒経過…。
そして口をパクパクさせました。
「じぶんのマリョクつかってマドーセキのマリョクをセーレーにささげるとマホーがつかえるだからマドーセキないとマホーつかえないしマドーセキあってもじぶんのマリョクないとマホーつかえない?」
ブキミは答えます。
「キヒヒ…そう通りさ」
驚いた事に、ユッコは意外と理解していました。
「そうそう。あと”魔導石”の魔力も無限じゃないからね。中の魔力を使い果たしたら、コイツもただの石英(せきえい)さ」
ブキミはそう言って、”魔導石”の中で揺らめく赤黒い光を、ジッと覗き込みます。
「じゃーマドーセキないひとはどーしたらいーの?」
ブキミは意地悪な笑みを浮かべました。
「キキキ…決まっているだろう…?勇者ギルドが運営する『魔具ショップ』で買うしか無いんだわさ…。小さい”魔導石”一個で、お値段たったの数千オマル」
(「オマル」はこの世界のお金の単位。コインの形「〇と円」から。ただし辞書では、”便器”という意味で記載されているので注意)
ユッコはびっくらこきました。
余りの驚きに、顔に表情が戻ります。
「すっすすすすす数千オマル!?もやし何年分なんだよっ!?(もやし1パック=1オマル)」
「キヒヒ…貧民街の人間にゃ、手も足も出ない金額さね…。まぁ、そもそも勇者ギルドに所属してなきゃ、『魔具ショップ』は利用出来ないけどね…」
ブキミはフン、と鼻を鳴らします。
「おかげで”魔法”は金持ちだけの専売特許さ。貧乏人は、”魔法”の使い方ひとつ、知りやしないで生きて行く」
一方皆の前では、シンジがオロオロしたまま半泣き状態になっています。
ユッコは、ブキミの持つ”魔導石”を、複雑な表情で見つめました。
「そっか~。魔法を使おうと思ったら、”魔導石”を買わないといけないのか~」
そしてポツリと呟きます。
「なんか”魔法”、めんど臭くなってきた…」
ユッコの魔法の実技試験、早くも0点のフラグが立ちました。
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