#5-5

「妹さんを俺にください」とノワールが自分にこうべを垂れているのを、オペラの兄であるブルーノ=サフランは彼との間に小さなティーテーブルを挟んで座り、じっと見据えている。

 ふんと鼻から息を吐いたのは、ブルーノのほうだった。「嫌だ。絶対に嫌だからな! 許すものか!」

「父さんは良いって言っていたわ」と腕を組んで口をはさむオペラに、「俺は良いと言っていないし、オペラの父親は俺だ」とブルーノはめちゃくちゃなことを言う。「いつの間にお父さんになったの、お義兄さん」とノワールが顔をあげて思い切り呆れている。

「伯爵に頭を下げさせておいて、そういう態度はどうなのかな……」

「なっ、なんだ。脅すのか」

「埒が明かなさそうだから、脅かしてみようかなって」と怯えるブルーノにノワールが目を細めるそばで、オペラが声を立てて笑っている。「忘れがちだけれど、ノワールは伯爵だものね。兄さん、承諾してくれるわよね?」

「よし、飲み比べしよう。それでノワールが俺に勝ったら――」

「ブルーノ、酒を一杯飲んだらすぐに家に帰っているじゃないか」

 ノワールの指摘に、ブルーノは目を瞑る。「その話はいまは良いんだ」

「良いの? 本当に?」とオペラが眉を顰め、「良いんだよ」とブルーノは言い張っている。「ブルーノはお酒に滅法弱いじゃない。無茶なことをするのはやめて。ノワールも弱いんだから」

「俺はそこまで弱くは……」とノワールが顔を赤らめた横で、ブルーノも「ノワールは飲む量が違うだけで」となぜかノワールを擁護している。

 驚いたようにノワールが彼を見ると、ブルーノはその視線に気が付き咳ばらいをひとつして――どうやらつい庇ってしまっただけらしい――「まあ、父さんが良いって言うなら、俺にはなにも言えないだろう。オペラだって、言い出したら訊かないじゃないか」

「ふふ、ありがとう、ブルーノ。だいすきよ」と笑うオペラに、ブルーノのほうが顔をしかめる。「こんなときばかり……」とぶつぶつ呟く彼を、オペラが淡い桃色の猿で抱きしめた。「そのさるは嫌いだ」とブルーノがそれを押し返す。

「どうして? かわいいじゃない」

「可愛くても嫌いなものは嫌いなんだ」

 そう言ってブルーノが不機嫌に立ち上がったあとに、ノワールもゆっくり背中を伸ばす。椅子の背にもたれて、「オペラ」とノワールはオペラを呼ぶ。

「なあに?」とオペラが首を傾げたのを見て、ノワールはへらりと笑った。「そのさる、すっごく可愛いよね。お義兄さんは妬いているんだろうな」

「妬いてはいないわよ。なんだか寂しいだけだわ、きっと。私にべったりだったもの」

「ブルーノ、お義兄さんって呼んでも、嫌がらなかったね」

「ノワールのことは認めているのよ。だって、一番最初に、あいつはちょっと欠点がなさすぎるからって言って、ノワールのことを反対していたのよ? すごくおかしいわ」

 けらけら笑うオペラの言葉に、ノワールはきょとんと目を丸くする。「欠点がなさすぎる? お義兄さんがそんなことを?」

「そう、私がノワールのことを好きなんじゃないかって誤解して」

「誤解なの?」とノワールが訊ねる。オペラはノワールを見て、それから微笑んだ。「さあ」

「狡いな、お嬢さん」

「オペラって呼んで頂戴」と彼女が頬を膨らまし、それに「いまは嫌だな」とノワールが小さくこぼす。オペラはそんなノワールの拗ねた様子に、歯を見せて笑った。「私、ノワールが私の名を呼んでくれるの、すごく好きなのよ。ね、名前を呼んで」

「……本当に、狡い」と呟いたノワールが、小さく三回、唇を動かす。それを見て、オペラは大声で幸せそうに笑ったのだった。

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Etoile Petit ひなた @aohi31

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