(13)作戦会議

 翌朝、二週間ぶりの全校集会によって六百人近くの全校生徒が召集され、体育館にすし詰めされることとなった。見れば、明らかに列から離れた渡会などは退屈そうに大欠伸おおあくびをしている。見れば、遠くの方の水上は立ちながらにして文庫本に集中している。見れば、土柄の惨状は考えるに居たたまれない。見れば、そんな中でも山ノ井は泰然たいぜんとしている。

 それにしても、こうして集会で並んでみれば分かることであるが、明らかに内田も霧峯も背が高い。私が一七〇センチ丁度で後ろから七番目に位置しているが、女子の方は霧峯が二番、内田が三番と見事に上位を飾っている。一番の子がバレー部であることを考えれば、一般に彼女と少女の背が相対的に高いのは明らかだ。そんなことを考えながら呆然ぼうぜんとしていると、バレー部の女の子からきつくにらまれ、思わず顔を隠した。


「二条里君、余所見よそみもいいですが、過ぎるのはいけませんよ」


 インフルエンザで出席停止となった委員長の代わりに、点呼と整列の任を負って行き来している山ノ井にチクリととげを刺される。幸いであるのは、山ノ井はそのまま無駄口一つ叩かず自分の仕事に戻った事だろう。


「よーし、始まるぞ。静かにしろ」


 担任の今原先生の声が響く。澄んだ甲高い声にクラス全体が一気に静まる。それに合わせるかのように、教頭による開会の宣言と校長の登壇が続く。


「えー、本日皆さんにお集まりいただいたのは、先日、本国に戻られましたヘレン先生の後任としてやってこられたエーエルティの先生を紹介するためです。今度の先生はアメリカからいらっしゃいました。カルビン・キルキス先生です」


 校長先生の一瞥に合わせて登壇する一人の青年。一九〇センチはあるかという長身に、その痩身そうしんりんとして背を正したその歩みに、白い肌と黄金の髪が際立つ。


「カルビン・キルキスと言います。皆さんに会えるのを楽しみにして日本にやってきました。妹と一緒によろしくお願いします」


 登壇したカルビン先生は耽美たんびさを含んだ声で、そう全体に呼びかけた。見れば、周囲の女子生徒が騒然としている。確かに、この先生相手であれば騒然となるのも合点はいく。が、その中で内田が厳しい視線でカルビン先生をにらむのを確認すれば、何が起きているのかは大凡おおよそ想像がついた。なお、霧峯は手持無沙汰てもちぶさた欠伸あくびいている。

 しかし、それも一瞬のことであった。校長先生が加えるように、今日から留学生として先生の妹さんが一緒に勉強します、と言って登壇してきた女の子に、私も少女も思わず声を上げてしまった。


「あの子、昨日の」


 見れば女の子は、昨日の昼に大浦まで案内したエミリーそのものであり、困惑しながら登壇しながらも、その褐色の髪色の主張は私達に確かな現実を与えていた。


「あ、え、エミリー・キルキスです。よ、よろしくお願いします」


 慌てる少女に、今度は男子生徒が色めき立つ。確かに、エミリーの顔立ちや姿は明らかに可愛らしい。こうして、生徒全体のざわめきと共に会は閉会し、その熱気はそのまま午前の授業へと引き継がれることとなった。




 昼休み、ALTの先生と留学生の話題で持ちきりとなっていたクラスを尻目に、私は図書室へと逃げ込んだ。正確には、未だに改装工事の混乱が収まっていないため、新設なった閉架書庫の一角であったのだが。そこに、普段は食事を終えた図書部が集まってくるのだが、今日はその代わりに内田が霧峯を連れだって真っ先に登場した。


「やはり、博貴はこちらでしたか」


 私特製の弁当を右手に、彼女はそう冷徹れいてつに言い放った。対する少女は、どう考えても重箱にしか見えない包みを左手に抱えている。


「どうしたんだ、内田がこの時間からこっちに来るなんて珍しいじゃないか。もしかして、あのカルビン先生のことか」


 内田が目を丸くする。


「博貴も感づいていらしたのですか」

「いや、私は何も感じなかったが、内田の顔を見てピンと来たんだ」

「全く、貴方の観察力だけは侮れませんね。確かに、あの先生は何らかの技令の使い手です。それも、その能力を隠し果せる程度の力を持った」


 内田は静かに言いながらも、そこに何らかの確信を秘めた表情を向ける。


「でも、隠していたんならなんで気付くんだ」

「一瞬だけ、生徒全体に向けて技令を使ったからです。恐らく中にいる技令士を見極めるために僅かな技力で放ったのでしょうが、そこが隙でした。それに、完全に隠しきれるものでもありませんので、微弱ながら技力が逃げていました。それだけあれば十分です」


 内田は平然と言ってのけるが、霧峯の表情を見ても、私自身のことを考えてもそれ自体が異様なことである。まあ、それ以前に霧峯は話を聞く様子を見せながら重箱をつついているだけなのではあるが。


「で、どうするつもりなんだ。何か対応するつもりなのか、カマかけてみるとか」

「いえ、そのようなことをすれば面倒な事態を引き起こしかねません。辻杜先生も特段動いている様子もありませんから、警戒しながらの静観が良いでしょう。いざとなれば妹であるエミリーさんを人質にとるという手もありますので」


 澄ました顔をしながら冷酷れいこくなことを内田がく。その緊迫した空気を破るのが霧峯の食べっぷりなのであるが、エミリーの名前が出た瞬間、その手が止まった。


「水無香ちゃん、エミリーちゃんはダメだよ。あんなにカワイイ子を誘拐ゆうかいするなんて、悪い人のやることじゃない」

「瑞希、お言葉ですが、場合によっては手段は結果によって正当化されるものです。危険な相手の場合、悪に手を染めることも止むを得ません」


 二人で箸を差し合いながら熱い議論を繰り広げる。まあ、両者ともに色々と突っ込みたいところはあるのであるが、そのようなことをすればたちまちち地獄を見ることとなるので、あくまでも柔和にゅうわに話を進める。


「というか、霧峯とエミリーとで仲がいいんだろ。なら、連れ去るなんて労力を費やすよりこっちに引き込んでおいて向こうが手出しできないようにすればいいんじゃないか」


 内田が呆気あっけにとられたような表情をし、霧峯が喜色を浮かべる。


「確かに、そちらの方がより効率的ですね。それにしても、博貴はどうしてそう効果的な戦略を容易に思いつくのですか」


 逆に内田はなぜそう簡単に敵を増やしたり法を踏みにじったりしていくような戦略が思いつくのだろうかと思ってしまう。まあ、内田の思考は見た目に反して直情的で、自分の思う正義を行うのに対して手段を選らばない。四ヶ月ほどの付き合いでしかないが、その恐ろしさは嫌と言う程思い知らされていた。


「と言うわけで、エミリーと極力仲良くしながらカルビン先生は牽制けんせいするようにしておこう。後は様子見ということで」


 霧峯と内田がうなずく。見れば、少女は既に重箱の半分を平らげ、変わらぬ笑顔でそれをつつきなおしている。


「そういえば博貴と瑞希は先の戦いの際に銃撃を受けたということでしたが、そのことは辻杜先生には話されましたか」

「ああ、朝から会って話してきた。ただ、先生もそれだけの腕がある銃を使える技令士は聞いたことないらしいんだ。それに、狙撃の方向も問題になってな」


 あの時、確かに狙撃の先には霧峯の姿があった。だからこそ、少女に跳びかかるような形でかばわざるを得なかったのである。


「そっちの方もしばらくは様子見ということになりそうだ。下手に動けば狙撃されて終わる可能性もあるし、この日本で銃を使えばそのうち尻尾を出してくるだろうしな」

「悔しいですが、それが最善のようです。全く、見えない敵というのは厄介やっかいなものです」


 内田は努めて無表情を装っているが、その内部には明らかに強い怒りを秘めている。彼女は「身内」が傷付くことを酷く嫌う。その境遇を考えれば当然の話なのであるが、時折見せる静かな怒りは湖面に映る篝火かがりびのように、音無く、しかし、確かに燃え上がっていた。


「とりあえず、水無香ちゃんも博貴もご飯食べよ。ご飯食べないと元気でないよ」


 少女の一言に彼女は溜息ためいきき、私は肩の力が抜ける。が、三人に共通していたのは何気ない暖かな雰囲気であった。

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