第二章 刺客に四角に死角

(12)迷い子

 なぜ、こうも最近の自分はおかしな状況に巻き込まれてしまうのだろうか。


 日曜日ということで例のごとく霧峯の襲撃を受けた私は、少女に引きずられるような形で街へとり出させられた。そこまではまだある話である。だが、その途中で寺町てらまちの小道に入ってしまったのがいけなかった。毛細血管のように張り巡らされた迷路の中で、一人の女の子がうずくまっていたのである。そして、そのような子を見て少女は何の躊躇ためらいもなく声をかけていた。


「ねえ、だいじょうぶ」


 霧峯の問いかけに女の子が驚いたような顔をしてこちらを振り向く。見れば、透き通るような白い肌に穏やかな茶色の髪に瞳をたたえてており、写真で見る西洋人形のような可愛らしい顔立ちをしている。


「あれ、もしかして外国の子? 日本語、だいじょうぶ」

「あ、は、はい。だいじょうぶです」


 女の子があわてて立ち上がる。背は私の胸より少し高いぐらいだろうか。その小さな女の子がクリーム色のタートルネックのセーターを着、チェックのミニスカートに黒のニーソックスを履くと、さらに小さく見えてしまう。


「あの、その、道に迷ってしまって。その、初めてで」

「うんうん、そうよね。私、霧峯瑞希って言うんだけど、お名前はなんていうのかな。どこの国から来たの」

「え、えと、アメリカから来た、エミリー・キルキスって言います」


 ニコニコと輝く少女に戸惑う女の子。その対比がどこかなごやかで、しかし、これでは話が前に進まない。


「で、エミリーはどこに行こうとしてたんだ。この近くからなら亀山社中かめやましゃちゅうとかか」

「いえ、あの、大浦おおうらの教会です」

大浦おおうらの教会って、天主堂か。かなり遠いな」


 むしろ、方角を完全に間違っている。この子が向かおうとしていたのは明らかに山側であり、大浦おおうらとは程遠い。方向音痴おんちなのか、それとも日本語の案内が読めなかったのかは判然としないが、このままでは異境の地に迷い込んでしまいそうな勢いである。


「じゃあ博貴、案内してあげようよ。どうせ暇なんだし、いい散歩になるんじゃない」


 霧峯も同じように感じたのか、私に了承を得ることなく、エミリーに提案している。無論、反論するつもりもないのだが。


「そうだな。このままだと、エミリーが登山してしまうことになるかも知れないしな」

「うんうん。じゃあ、エミリーちゃんはそれでオッケーかな」


 突然の申し出にエミリーはやや戸惑っていたが、少女のどう、という笑顔の問いかけに静かに一度うなずいた。


「あ、あの」

「うん、どうかしたの」

「え、えと、お、お兄さんのお名前は」


 失念していた。隣で少女がほがらかに笑っている。


「私は二条里博貴。よろしくな、エミリー」

「はい。よ、よろしくお願いします」


 エミリーが小さくお辞儀をする。本当に人形のような可愛らしさを持つ子だな、と思っていると、はしゃいだ霧峯がエミリーに飛びつき、その頭をでまわしていた。

 まるで姉妹のような霧峯とエミリーのじゃれ合いにやや苦笑しながらも、私は青く澄んだ空を見上げて何故なぜき上がりつつある胸騒むなさわぎを抑えられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る