(11)月下凶弾

「なんだか、浮かない顔してるね」


 上陸後、霧峯は私の顔をのぞき込みながらそうささやいた。霧峯の指摘を待つまでもなく、自分がひどい表情をしているであろうことは想像にかたくない。


「なあ、霧峯、人に向かってナイフ投げる時ってどんな感じだ」

「どんな感じかって、うーん。やっぱり、これで終わって、って思うかな、いつも」

「終わって、ってどういうことだ」

「だって、そんなに戦いたいわけじゃないから、何もなくて終わってくれたらそれが一番でしょ。私も相手の人も無傷で終わるのが一番だし」


 こういう時、少女のんだ表情がひどまぶしく感じられる。何事もなく戦いが終われれば、というのは私も思っていることではあるが、それを声を大にして言うことなどない。むしろ、内田などの前でそのようなことを言えば、甘えだとして一蹴いっしゅうされることだろう。だが、それを霧峯が言うとごく自然なのだ。純粋じゅんすいなしでの思い、ということでの差であるのかもしれない。


「でもさ、終わるっていうことは相手を殺してしまう可能性もあるっていうことだろ。それはいいのか」

「それは相手で決まるかな。だって、敵が私達を殺しに来てるのに手加減してたら、殺されちゃうんだよ。そうなったら、戦いを止められなくなっちゃうから最悪の時は仕方ないんじゃないかな」


 少女のくもりはない。あくまでも霧峯は戦いのその場だけを見ず、その先を見据みすえて戦っている。んだ目で見据みすえるその先に何があるのかは分からないが、少なくとも、今の私のように自分の中で足踏あしぶみをするようなことはない。


「ん、何だか」


 ふと、霧峯の足が止まる。刹那せつな、一点、霧峯のナイフ以上に一点へとしぼられた高濃度の技力が脳裏のうりかする。リトアスとはまた異なる驚異の技力。それも、殺気のこもった点。


「まさか、銃弾」


 直感が身体を動かす。


「刃を返す究極の殻を。仇敵きゅうてきより守る鉄壁の甲を。亀甲」


 霧峯に飛びつく。


「全力展開、円陣、鶴翼かくよく

「黄金のたか


 撃鉄げきてつの落ちるように呪詛じゅそ鼓膜こまくを突く。着弾まではおよそコンマ二から三秒程度。その光陰こういん軌道きどうを予測し、動く。


「霧峯、大丈夫、か」

「わ、私は、だいじょうぶ。でも、博貴が」


 左肩の中に深々と銃弾の突き刺さっているのが分かる。肩甲骨けんこうこつに当たっているのか、貫通かんつうはしていない。が、それが不味まずかった。銃弾は体内でうごめくと、その中をおかし始める。


「博貴、ちょっとだけガマンして」


 少女が銃創じゅうそうにナイフを突き立てる。一瞬の痛み。次いで、その形状の変化を体内で感じる。


「そう、か。刃が技令でできているから、形状を変えられるんだな」

「うん。でも、ごめんね。痛いよね」

「いや、これくらいなら大丈夫だ」


 少女に右腕みぎうでつかまれながら、前より回された右腕みぎうでに引き抜かれる。銃弾にきざまれた呪詛じゅそより解放され、肉のえぐられた感触と痛みだけが残る。


「それより、敵はどうなった。集中できないから、技令が追いにくい」

「気配が消えたから、たぶん、だいじょうぶじゃないかな」

「そうか。来る方向に鶴翼かくよくを撃っておいたからこっちが気付いたのが分かったんだろうな。ま、それが目的でもあったんだが」

「ごめん、狙われてたのって、私なんだよね。分かってたんだよね」


 霧峯の左手にこもる力が強まる。

 狙撃そげき方向と同時に、その狙いも当然分かっていた。銃弾の方角を考えれば明らかに着弾点は霧峯の心臓付近。で、あればこそかばための行動に全力を挙げた。二枚盾を準備し、さらに、自分の肩甲骨を最後の盾とした。れれば当然のように命の危険はあったが、技令をめた弾丸で狙撃そげきをするなどいうことをしてきた以上、対象から外れる可能性は低いと感じ取っての行動であった。

 が、目の前でふるえる少女はそのような心の内を知るよしもない。ゆえに、私のできることは微笑ほほえむことだけであった。


「霧峯、これくらいなら大丈夫だ。痛いのは痛いが、回復技令で回復できるし、命に別状はないからな」


 言いながら、自分の肩に回復技令をかける。若干じゃっかん、回復が遅いものの、傷のふさがってゆくのが分かる。


「バカ、そんな笑顔でムチャしないでよ」

「ま、別に大きなことにならなかったんだからいいだろ。それに、霧峯に当たっていれば即死だったかもしれないんだからな。うん、霧峯が無事でよかった」


 私の一言に、少女が笑う。真面目まじめなことを言ったつもりであったのだが、何かおかしなところでもあったのだろうか。少女ははじけるように笑い、私はほうける。どうしたのかたずねても、返ってくるのは笑い声のみ。

涙を拭いながら、少女は口を開いた。


「ごめんね。でも、やっぱり博貴ってちょっと変だよね」

「変って、そんなことを笑いながら言われてもな」


 こう言いながらも、どこか少女をにくめない自分がいて、私も素直すなおに笑ってしまっていた。


「しかし、狙撃そげきってだれ仕業しわざなんだろうな。レデトール人の仕業しわざなのか」

「それは分かんないけど、狙撃そげきって面倒だよね。防ぐかかわすかしかないのに、速いんだもん」

「確かにな。さっきも、攻撃までの間に標的の方向を考えて行動しただけだからな。狙撃そげきなら時間はあるんだろうが、近接戦なら正直対処できる自信がない」


 左肩の鈍い痛みが脳漿のうしょうを刺激する。


「そういえば、漁港跡地から出ていた技力も感じられなくなったから、内田たちも勝ったんだろうな。さあ、帰るか。もう寒くてたまらない」

「うん。でも、ホントに博貴って寒いの苦手だよね」


 骨にみる寒さにふるえながら、高くんだ星空の下で二人、笑う。乾いた空気の中に浮かぶ白い息が微笑ほほえましく行き交う。そのはるか先に見える白い影に仲間の温かみを感じながら、日常へと戻る道を歩み始めた。

 のち、夢の中でハバリートと邂逅かいこうする。覚めてのち、再び砂漠の英雄を夢に見るのであった。

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