(10)四方の護り

 スクランブル交差点に立つ異常な生物。無機質なアスファルトに突き刺さる両脚は神殿の柱のように在り、その上体は大地そのもの。五メートルはあろうかというその巨体に立ち向かうはその半分もないちっぽけな人間。

 それでも、私と少女は静かに構えた。


「博貴、けっこう強そうな感じかな」

「少なくとも、ちょっとどころじゃないな」


 リトアスが咆哮ほうこうを上げる。発狂を代償に力を得たのか、辺り構わずに光線を放つ。


「これは、海上でやらないと不味いな」


 校長先生にもらった技石を確認する。残りは七個。この技石であれば有り得ない事象を現実に移すことも可能。この場ではその力を借りるより他にない。二個を握る。


「空間転移、平面展開」


 一瞬で世界を転じる。光陰の後に目に飛び込むのは濃紺のうこんの水面と三方を囲う山肌のあかり。その真中にリトアスは立ち、私と少女で対する。


「そんな裏ワザを持ってたのね」

「平面展開や空間移動なんて高レベル過ぎて使える人はいないが、この技石があれば攻撃こそできないが色々なことができる。ここなら、存分に戦える」


 咆哮ほうこうと共にリトアスが襲いかかる。振るわれる災厄さいやくのような剛腕ごうわんが眼前にせまる。正面から受け止めれば間違いなく落ちる。だからこそ、なすしかない。半身ずらして刀身で受ける。リトアスの身がよじれる。


「ヒット・アタック」


 空いたリトアスの背後に渾身こんしんの二撃を撃ちこむ。霧峯の技令によって編まれた刃は、しかし、鋼鉄の肌に跳ね返される。港湾に響き渡る甲高かんだかい音に、リトアスの視線がれる。


「霧峯、一旦いったん、間合いを取るんだ」


 空中でうなずく少女。要塞ようさいがその向きを変えようとする。無防備をさらけ出している少女を前に、私も両腕に力をめる。


「流星剣」


 上段から大きく振りかぶっての一撃は、その輝きの強さにもかかわらず、リトアスの身をえぐるには至らない。わずかに血がにじんでいるのが認識できるものの、次の瞬間には、眼前にリトアスの右ひじせまっていた。


「刃を返す究極の殻を。仇敵きゅうてきより守る鉄壁の甲を。亀甲きっこう


 技令で強化し、剣で受ける。しかし、身体は容赦ようしゃなく水平面にたたきつけられる。せき込む。背がくだける。だが、ひるんでいる余裕はない。ころがる。リトアスの拳が後頭部のきわに刺さる。


「円陣」


 たまらず、防御の陣を布く。が、かの剛腕ごうわん容赦ようしゃなく光の壁を破り、私を狙う。一枚の壁などでは到底とうてい防ぎきれない。さらに、向こうでは少女がり出される轟音ごうおんを羽のようにかわす。ほぼ紙一重かみひとえの領域。言い換えれば、薄氷はくひょうの上の守り。一手の誤りでもろく崩れてしまう。少女の汗が雄弁にそれを物語る。私も地をいながらの決死の回避。状況としては最悪であった。


「き、霧峯、間合いを離せるか」

「ちょっと、ムリ。離そうとすると攻撃の軌道きどうに入っちゃう」


 確かに、見れば先程からリトアスの腕は少女を狙うと同時に、その先をにらんでいる。下手に動けば霧峯の身体は岸壁まで飛ばされてしまうだろう。それでも、この状況を打破するにはどちらかがリトアスの攻撃範囲から離れて攻めるしかない。ならば、霧峯をあの攻撃から守る方が早い。

 だが、あの暴風は円陣のような一枚の壁では容易に打ち崩してしまう。ならば、守りの壁を厚くするより他にない。

 集中する。内田の解放戦で感覚的には掴んでいた。いてもらった八卦はっけの陣でも、発動させたのは私。である以上、線の組み合わせによる強化は可能、そしてそれこそが陣形技令である、と。ただ、そのためにはより深い技令が必要になる。技力も素養も、想像も、意志も、世界も。

 集中する。戦うべきは自分。英雄の光をべる。守るべきは少女。勝利の輝きを持つ少女。その少女を四方よもより囲む。


「霧峯、飛び退け」


 霧峯が目を丸くする。が、それも一瞬。うなずく。着水。渾身こんしん跳躍ちょうやく。リトアスの追う剛腕ごうわん。回避。第二の軌跡きせき

 そこに、総動員をかける。水面にいつくばる虫けらが意志を通す。


四方しほうの門をまもれ英霊よ。四方しほうみな仇敵きゅうてきを破れ。我が声の下に集え、光の戦士たちよ。正方せいほう陣」


 思えば『陣』の『形』を描く技令なのだ。その可能性は無限に存在する。ただ、自分の技力に限界がある以上、八方は守れない。ならば、圧縮して四方をまもる。

 光の線が霧峯とリトアスの間に割って入る。構わずに振り下ろされる腕。本来であれば少女を撃ち落とす事象。それを眼前に控え、少女はナイフに力をめる。その信頼に応える。


「行けぇ」


 咆哮ほうこう、共に発動。高圧縮された光の壁がリトアスの行く手をさえぎる。それでも、構わずに突貫とっかんする剛腕ごうわん。一枚目の壁。力によって強引にねじ開けられ、四散する。二枚目の壁。弱まった勢いに助けられ、腕をがすものの打ち破られる。三枚目。拮抗きっこうを得る。既に陣の中へとその半身をじ込んでいるリトアスはその線にがされる。それでも、突き破ろうとさらに突き進む。が、それが転機。身を起こす。飛び退く。霧峯も手に握ったナイフに技力を込める。


「博貴、かわして」


 霧峯が右腕を振り上げる。合わせて私も跳躍ちょうやくする。


「レイニン・ナイフ」


 同時に霧峯が右腕を振り抜く。放たれる四本のナイフ。が、次の瞬間には左腕より四本のナイフが飛び出す。さらに、またたきの直後には右腕よりさらに四本のナイフ。雨のようにり出されるナイフが広範に降り注ぐ。そのいずれもが渾身こんしんの一撃。


「流星剣」


 霧峯の攻撃を剣で受けながら、さらにリトアスの間合いに入る。光陣を破ろうと伸びきった脇腹わきばらに深々と剣がのめり込む。




「殺す、ということだ」




 刹那せつな、剣を引く。肉の感触にハバリートの声が脳裏のうりかすめる。あのまま行けば、確実に命をつ。その惑いが剣を止め、思考を止める。ゆえに、流星の光が止んだ先にあったのは、全身に七本のナイフが深々と刺さり、右脇腹わきばらを二分の一ほどえぐられたリトアスの姿であった。もうその身体を維持するのが難しいのか、ひざを着きくっしているがその目はいまだこちらをにらんでいる。


「よもや、この姿で敗れようとは、な」


 憎々にくにくしげな瞳は静かに私達の姿をとらえる。暴発し、狂い、強襲しそうなその怪物は、しかし、事も無げにその腕を深々と自らの胸に突き刺した。


「な、何を」

自刎じふんしている。敗北というはずかしめを受けた以上、捕囚ほしゅうというはずかしめを受ける訳にはいかんからな」


 リトアスが前のめりに倒れる。息はまだある。が、その肉体は既に半分以上の損壊に達しており、回復などほどこしようがない。また、目の前で、と歯を食いしばるのを嘲笑あざわらうかのように、リトアスは冷淡に言い放った。


所詮しょせんは子供。まあ精々せいぜい、自らの清潔を信じておればよい。道化どうけのように、な」


 リトアスはもだえることなく、静かにその息を引き取った。その魂を導くかのように月光がその輝きを増し、天から水面からその影を浮かび上げるのであった。

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