(14)台風の目

「エミリーちゃん、遊びに行こう」


 放課後、私と内田の制止を振り切った霧峯は周囲の好奇の目を尻目にエミリーのいる一年四組の教室へと侵入した。男女問わずこの暴風の目に呆然ぼうぜんとし、本来叱るべき担任の杉谷先生すら呆気あっけに取られている。


「あわ、わ、き、霧峯さん。それに、二条里さんも。え、えと、一緒の学校だったんですか」

「うん。全校集会で飛び出すのはダメだから、遅くなっちゃったけど、よろしくね」


 場は完全に霧峯のペースとなっている。普通であれば、上級生が来れば戦々恐々とする下級生がいても可笑おかしくはないのだが、少女の毒気の無さにそのような様子もない。杉谷先生も何かがあれば対処しようとしたのか少し乗り出してきていたが、霧峯がエミリーの両手を握って楽しげに振っているのを見て、ただ笑うだけであった。


「で、でも、霧峯さん、お兄ちゃんに心配かけてしまいますし」

「なら、カルビン先生を紹介してくれないかな。エミリーちゃんのお兄さんがどんな人か会ってみたいし、お兄さんにオッケーしてもらったら、大丈夫でしょ」


 私と内田とが思わず顔を見合わせる。流石、霧峯である。過程や背景を無視して強引に結果を導こうとしてしまっている。それこそ、私や内田であればここまで来るまでに色々と根回しをして引き入れていくのだろうが、この少女は呆気あっけなく問題の「核」をしっかりと握ってしまっていた。


「あ、はい。それでしたら、大丈夫だと思います」

「じゃ、行こう、英会話室。カルビン先生にあいさつに」


 猛威もういを振るった大型台風はその勢力を保ったまま二階へと進路を向けた、などと頭の中で考えながら私は駈け出す少女達の後に従った。その後ろで内田も、おそらく同じようなことを考えているのだろうな、と思わせる表情のまま判然としない様子で静かに付き従った。




 ということで、英会話室に着いた私達であったのだが、昼食時にあれだけ警戒しておこうと確認したのを聞いていなかったかのように、霧峯は堂々とそのドアを開け放った。


「しつれいしまーす。カルビン先生に会いに来ました」


 ここで、頼もう、などと言えば正に道場破りだなと思いつつ私もそれに従う。


「うん、誰が遊びに来たのかな。今日、授業に行ったクラスの生徒かな」


 奥の方から澄んだ、その上流暢りゅうちょうな日本語が向けられる。ALTの先生にしては珍しく、日本語にひどく明るいらしい。思えば、エミリーも日本語が非常に上手い。それこそ、日本に留学しにくるぐらいであるのだから当然なのかもしれないが、それにしても本当にアメリカ出身なのかと疑う程に正確に近いアクセントの言葉遣いであった。


「二年五組の霧峯瑞希です。エミリーちゃんの友達なので遊びに来ました」


 それをいいことに、霧峯も堂々とその領域に日本語で踏み込んでいく。そして、その侵入へと反応するかのように奥からカルビン先生のきわ立つ長身が姿を現した。


「おやおや、君が霧峯さんか。話に聞いたが、昨日は妹がお世話になったようだね。お礼を言うよ、ありがとう」

「お礼なんていいですよ。私もエミリーちゃんと一緒にいられて楽しかったですし。それに、私も大浦天主堂に行くの初めてだったんで嬉しかったです」


 内田が明らかに不服そうな目で霧峯をにらんでいる。彼女の性格上、敵か味方か判然としない中でその陣中に飛び込み、堂々と正体を明かすなどもっての外、というところなのだろう。一方、霧峯はカルビン先生との話に花を咲かせており、そのような殺気を横目に早々とエミリーを連れ出す許可を得ていた。


「ところで、そこの君が二条里君かな」


 そんな中、カルビン先生が突如とつじょとして私の方に振り返った。慌てて振り向き見上げると、その澄んだ水色の瞳に吸い込まれそうになる。


「はい。はじめまして、カルビン先生。お会いできて嬉しいです」

「私の方こそ、昨日は妹のエミリーを案内してくれて助かったよ。正直なところ、変な人に絡まれていないか心配だったが、君のような好青年が一緒だったと聞いて安心したんだ。本当に、ありがとう」


 差し出された右手をしっかりと握る。白く長い指はひどく優雅で、しかし、やや硬く強張こわばったそのてのひらが私にいびつな印象を与える。ただ、そこにある微笑みだけは正直に澄んでおり、そこにいびつさは微塵みじんも感じられなかった。




 結局その後、エミリーを連れ出したまでは良かったのであるが、霧峯の提案で何故なぜか私の家でゲーム大会をすることとなった。しかし、女の子三人の中に一人というのはあまりにも精神衛生上よろしくなかったので、まだ残っていた渡会と山ノ井もこの会に巻き込むことにした。


「おめぇよぉ、おいしいとこを持って行けよ、そこは」


 無論、渡会から皮肉の一つも言われたが、当然のように黙殺した。


 夕方五時、我が家のリビングに集合した一同は早速さっそく霧峯と渡会とを先頭に激闘が開始された。もう発売されて二年近くも経つゲームであるが、四人同時にしかも好きなゲームキャラで乱闘できるとあって、こういう集まりでは凄まじい人気を誇っている。昨年の秋に新作も出ているのだが、我が家のゲーム事情の都合上、旧世代機で我慢してもらうしかなかった。


 そして、案の定といえば案の定ではあるのだが、霧峯と渡会の攻撃の前に他三人は交代で蹂躙じゅうりんされる結果となってしまっている。とはいえ、その様子とすれば三者三様であり、山ノ井は澄んだ顔で着々と自分の可能な範囲で撃破数を稼ぎ、内田は負けるのが悔しいのか特攻を仕掛け、エミリーはあたふたしながらラッキーパンチを拾っている。開始前は全く盛り上がる事無く頂上決戦の観戦会になるかと思っていたが、思いのほか、盛り上がっているようであった。


「あ、あの、に、二条里さんは、されないんですか」


 そんなほがらかな光景を眺めていた私の下にエミリーがやってくる。そういう私はキッチンで適当にパンケーキを焼き、生クリームを泡立て、紅茶を淹れて完全に観戦モードにふけっていた。


「いや、私はとりあえずおやつでもと思っていたからまだ大丈夫だ」

「え、えと。な、何か、手伝いましょうか」

「ううん、いいよ。もう準備できたからね。さあ、皆で食べようか」


 全てを乗せたぼんを持って輪の中へ入り込む。


「お。おめぇ、アクションゲーム苦手だからって、んなモン作ってたのかよ」


 渡会の的確な突込みが胸に突き刺さる。それもそのはずで、以前に渡会とこのゲームで遊んだ昨年の夏休み、手も足も及ぶことなく完膚かんぷなきまでに叩きのめされたという記録を残したのである。一二五対三という記録はその後も校内で話題となり、以前にサッカーゲームで記録した二三対〇の記録と共に黒く輝ける記録として残ることとなってしまったのであった。


「いいだろ、こっちの方が時間の有効利用になるんだから」

「そ、そ。そんなに言うんだったら、渡会君の分ももらっちゃうね」


 流石さすがの掛け合いに笑いながら、皆に配っていく。対戦の途中ということでやや食べにくそうにしてはいるが、休憩中のエミリーなどは何かお祈りしてから嬉しそうに頬張ほおばっている。


「じゃあ、そろそろ混ざろうぜ」


 そうこうしている内に、いつの間にか私の手にコントローラーが回されている。周囲の好奇の目にさらされる中、私は一つだけ溜息ためいきいてジョイステックを傾けた。

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