第21話 思い出

 みゆうさんは今日も一緒に来るのかと思ったら、自分の家に帰るという。やっぱり、説鬼に追いかけ回されたのが怖かったのだろう。それか、自分の会いたかった相手が出てこなかったのもショックなのかもしれない。それとまあ、ラブラブな相手が居る同性2人が惚気たのも気にくわなかったのかな。


 僕も同僚の恋人自慢を聞いているときはあまり気分のいいものでは無かった。男性と女性でそういう面での受け取り方は違うのだろうけど、よほど人間ができていないと他人の幸せを素直に祝福はできないと思う。


 でも、みゆうさんなら彼氏ぐらいすぐにできそうなんだけどな。美人というほどでもないけど、全体的に小さくて可愛らしい感じだ。見た目の幼さとあいまって、庇護欲を掻き立てる感じである。実際、店のお客さんの評判は良く、本人はあまり相手にしていないけれども、お誘いの声も良くかかっていた。


 疲れた足を引きずりながら家に戻ると横合いから声をかけられた。

「新巻さん。こんばんは」

 そちらを見なくても声だけで分かる。紫苑さんだ。今夜の疲れやもやもやが吹き飛ぶ気がした。


「紫苑さん。こんばんは」

 挨拶をすると笑顔が返って来る。

「今日はあの子は一緒じゃないんですね」

「ええ。何か用があるとかで帰りました」


 そうですかと返事をする紫苑さんは僕のそばにスッと寄ってくる。

「ちょっとお邪魔しても?」

「ええ。もちろんです」

 紫苑さんを案内してリビングのテーブルに案内した。


 いつものようにエスプレッソを淹れて紫苑さんに出す。別皿で自家製のチーズケーキをお出しした。しっとりこっくりとした濃厚でなめらかな舌触りの自信作。ブランデーに浸けた干しイチジクを刻んだものが入っている。ちょっと大人な味付けで紫苑さんのイメージに合わせてみたものだ。


 走り回って疲れた体に穏やかな酸味と甘みが沁みる。我ながら美味い。紫苑さんはどうかと様子を伺うと少しずつフォークを入れて召し上がっていた。ゆったりとした時間が流れ、音といえば二人の食器が皿に触れるカチャという小さなものだけ。この時間に身を委ねたいがそうもいかない。


「本庄さんの本を読みました」

 僕の声に紫苑さんの切れ長の目が見開かれる。

「図書館で偶然手にできた数冊だけで全部は読めませんでしたけれど。僕ごときが言うのもおこがましいですが、読めて良かったと思いました」

 紫苑さんはフォークを置いて下を向く。


「紫苑さんは本庄さんをご存じだったんですよね。どんな方だったんですか?」

「あの方は、短気で言葉遣いも荒っぽかったですわね。出版社の編集者としょっちょう喧嘩してました。『ばっかやろー』ってね」

 顔を上げ口真似をする紫苑さんの顔に懐かしさが溢れている。


「こうやって、本庄さんのお話をすることができるなんて思いもよりませんでした。もうあの方を作家として記憶されている方はどんどん少なくなっていますからね。新巻さんはどこで本庄さんの本を?」

 僕は隣の市の図書館の名を告げる。そして恐る恐る白状した。


「僕が余計なことをして貸出をしようとしなければ、しばらくはあのまま書架に並んでいたかもしれないんですけど」

「それは仕方ありませんわ。それにその図書館、もうすぐ閉館ですわよね。最後に新巻さんと出会えて、それで良かったんです」


 僕は迷ったが結局切り出すことにした。

「それで、本庄さんはどのようにして戦われていたのでしょうか?」

「なぜそれを?」

「本庄さんの作品の登場人物はごく普通の方がほとんどです。とてもあのような怪物を戦えるとは思えません」


「本庄さんはその……新巻さんより力量がおありでしたので……。いえ、作家としてでは無くて登場人物の召喚者としてです」

 ううう。なんかフォローされたけどかえって傷を抉られるような気がする。

「そ、それで力量が上だとどうなるんですか?」


「その場で登場人物に力を与えることができます。武器を与えたり、相手の動きを見切らせたり、そういったことですわね」

「え? 本庄さんって超能力者だったんですか?」

 紫苑さんはぷっと噴き出した。


「新巻さんて面白い方ですわね。いえ、本庄さんはごく普通の方です。物語を愛し、登場人物を愛した」

「それじゃ、どうやって?」

 紫苑さんはテーブルの上の鞄を指さす。


「キーボードがあれば文字を打つことができます。文字の連なりが意味を持つとき、そこに物語が生まれるのでしょう。あの場所でその場限りの即興の言葉を紡ぐことができるのです。作家と登場人物の間に十分な絆があれば、そして、その登場人物に相応しい物語であれば」


「僕にはまだ無理ですよね?」

 おずおずと尋ねてみる。

「新巻さんですか? もちろん、可能ですわよ」

 てっきり無理と言われると思っていた僕は拍子抜けする。


「そ、それじゃあ、今までも?」

「いいえ。今日の段階では難しかったと思います。今日は二人呼び出されましたね? 累計5人。あなたとこのデバイスの親和性は十分高くなりました。次からはあなたの守護者に力を与えることができるでしょう」

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