第26話聖王国の第三王子

 大聖堂を襲撃したその夜。

 再び解放軍の地下アジトへ足を運ぶ。

 興奮と歓喜で俺を迎えたメンバーと裏腹に何とも言えない複雑な笑顔のマーサさん。


「…あきれるほど魔王に似てるわ本当。やらかしてしまうところとかね。帰ったらサークライに怒られるわよー?」

「勇者は必ず誘いに乗りますよ。お願いしますね。」


取り敢えず種は蒔いた。来なかったら迎えに来るだけだ。


大仰な演技めいた挑戦をして来たところでマーサさんにも来春に魔王都まで来てもらう事をお願いする。が、難しい表情だ。


 奴隷解放軍の実情を詳しく聞く。戦争が終わって20年、なのに未だにこの国には多くの亜人・獣人の奴隷が存在している。聖王国は魔王国と接する村や街道で奴隷狩りを行なっているのだ。魔王国周辺で頻繁に現れる盗賊の大半はこれだと思われる。練度の高い盗賊。恐らく聖王国の軍人だろう。

 奴隷解放軍は国内の奴隷市場を急襲しては被害者を保護し、地下トンネルを使い魔王国に逃がす活動を繰り返しているが国外の盗賊活動を防ぎきれないのが実情だという。

 どうにかしたいが何をすれば良いのだろうか。俺が出来る事と言えば破壊活動くらいだが下手に聖王国内の施設を壊しても復興に何倍もの奴隷を必要とし奴隷狩りがさらに活発になる悪循環しか見えない。


 思案していると地下アジトに新たな人物がやっ

て来たと報告が上がる。


「王子が来ました。」


王子だって?


「お通しして。」


 薄汚れた茶色いローブを纏った二人組が入って来る。一人がフードを外すと煌めく金髪と輝く様な笑顔の二十代前半のイケメン。人間のようだ。


「おお! やはりおられたか、魔王の御息女。こちらに来ればお会い出来ると思うておりましたぞ‼︎」


あ、迂闊だったか? 俺今ハイエルフの姿なんよ。

マーサさん、こちらの方は…


「この国、聖王国の第三王子、クライス=フォン=グローザム氏よ。我々の特別顧問を引き受けてくださっているわ。」


なんと。奴隷解放軍には王族の後ろ盾があったのか。

握手を求められたので応じる。と…そのまま手の甲にキスをされる。あらやだこんなの初めての経験よ。


「こんな事を言っては王族失格なのでしょうが…爽快でした。よくぞ聖教会の悪行を白日の元に晒して下さいました。お礼申し上げます。」


 王子と王子の後ろにいた護衛…なんと男のエルフだった。二人が再びこうべを垂れる。


 前の戦争を経て王家・貴族の中では奴隷廃止派と奴隷制堅持派が完全に分裂しているのだそうだ。廃止派は前向きに魔王国と交易を結んでいこうとする派。国王は驚いた事に廃止派なのだと言う。一方で王の弟は第一王子を取り込み貴族・実務派を従えて奴隷制堅持を主張している。

 第三王子は解放軍のパトロンでもあるのだ。それはわかったが…

 なぜこの人は俺の手を掴んで離さない?


「あれだけの破壊行動をしておきながら死傷者は出していない手際と言い感服いたしました。」

「は、はあ…」


すりすり。まだ手を撫で回している。いい加減ムカついて来た。


「クライス王子、落ち着いて下さい。彼女が戸惑っておられますよ。」


護衛のエルフの一言でようやく手を離してくれた王子。ありがとう護衛の人。護衛の人の好感度が跳ね上がる。


「しかし魔王にこんな美しいお嬢さんがいらっしゃるとは思いませんでした。マーサ様、なぜ教えてくださらなかったのですか。」

「私も昨日初めてお会いしたばかりなので…」


マーサさんも苦笑いだ。この王子印象最悪なんですけど…


「我々も貴女の計画に乗ろうと思います。来春に貴女と対決するのを王の勅命扱いにしますので約定をたがえる事はないと思います。国家的にね。」

「ありがとうございます。心強いです。」


おお。いきなりバックアップを約束してくれるとは…

ちょっと王子の好感度が上がった‼︎と思った矢先である。またぎゅっと手を握って来た。油断するとすぐに手を掴んで離さない。なんなんだこの王子。

 どうも視線が俺の胸から離れない。どころか腰・股間・脚と舐めるように見ている。あー珍しいか。ボンキュッボンなエルフはまずいないって言うしな。

わかる。わかるよー。男としてはして当然だよねー。されて初めてわかる嫌悪だよ。コンチクショウ。


「ちょっと失礼。お花を摘みに行って参りますわ。ホホホホホホ」

「「「⁉︎」」」


司令室?を出てエルフ石のペンダントを【ボックス】にしまう。しばらくして何食わぬ顔で司令室?に戻り、伝令兵みたいなていでマーサさんの横に付く。

 何か言いたそうなマーサさんに向かって人差し指を口に添える仕草をしてごまかす。


「では殿下、定期報告と情報の擦り合わせを。」

「え?でもまだユート嬢が戻らないよ?」

「彼女は解放軍とは関係のないお客様です。構わずお仕事しましょうね。」

「…わかったよマーサ姉。」


マーサ姉?


「私が勇者だった頃ね。幼い王子とよく遊んであけ゛たのよ。」


マーサさんがくすぐったそうに話す。

会話のやり取りを怪訝そうな顔で聞く王子だったが憮然とした顔で円卓の椅子に座る。お、仕事の顔になったな。地図を広げ次々と施設にバツ印をつけていく王子。

 

「ここが今回わかった兵士が盗賊団を編成する基地だね。飯屋や上宿、一般人が集まる場所が多い。」

「…襲撃して潰すという手は取れないわね。」


 やはり外に出た盗賊をしらみ潰しにするしかないのでは…?

 という意見をマーサさんに出してみたら魔王国にそれを知らせる方法がない、という。


「…セ◯ム…」


ひとつアイデアが浮かんだ。その場で【ボックス】からスマホを出す。このスマホはミカさんに改造してもらった特製だ。ミカさんはこの異世界の空…宇宙に衛星電話用衛星を打ち上げていた。最初にこの世界に来た時にスマホが使えなかったのは衛星電話仕様でなかったからである。グリュエラ母ちゃんのこの世界の連絡手段がコレだった。ひとつはサークライが持ってるらしい。

 電話をミカさんに掛ける。


「もしもし?ミカさん?お久しぶりですユートです。ちょっとお聞きしますが…こちらの異世界に警報システムって構築出来ますか?…セ◯ムみたいな。」

「魔法絡めなくていいなら簡単だよ。そっちは電波って概念が乏しいからね。あ、風の精霊様には了承を得てね。電波帯によっては不機嫌になる事があるってグリュから聞いた。」


 なるほど。風の精霊に許可を得てからね。


「一度相談に帰ります。それと僕のスマホを連絡用にマーサさんに渡しときますので、出来たら新しいの用意してもらえますか?」

「えっマーサそこにいるの⁉︎代わって代わって‼︎」


なんかミカさんが珍しくはしゃぎ出したのでマーサさんに代わる。怪訝そうにスマホを手にする。俺は画像を表示してテレビ電話にしてみる。モニターに小さなミカさんが映る。


「ミカ‼︎ うわー久しぶりぃ♡」


なんと途端に近所のおばちゃん同士の会話が始まった。10年どうしてたとか子供の話とか。周りは呆然である。俺もちょっとしまったなと反省する。


中々のはしゃぎ振りを見せるマーサさんを解放軍の側近が声が外に漏れると危ない、となだめる。正気に戻ったマーサさんがミカさんに挨拶して俺にスマホを渡す。


「私ったらはしたない…ごめんなさいね。」


いえいえ素敵な場面が見られました。ありがとうございます。


「どういう事なのかな?その魔道具は何かね?そもそも君は何者なのだね?初めて見る顔だぞ⁉︎なぜ意見を言えるのかな⁉︎」


猛烈に詰め寄るクライス王子。仕方ないので【ボックス】からペンダントを取り出す。あっという間にハイエルフ。お口あんぐりの王子。その場で固まる。


 最先端のセキュリティシステムを持って来る、という約束をしてマーサさんに自分のスマホとソーラー充電器(改造してもらった時にセットでもらった。)を渡し、電話のかけ方、受け方を教えた。これで魔王国のサークライとも連絡が着く。盗賊の動きを聖王国内からサークライに教えてもらえれば最低限の対処は出来るだろう。

 これだけでも格段に状況が良くなるとマーサさんが喜んでいる。よかった。来た甲斐があったかな。じゃあ帰ろう。

クライス王子が何か言いたそうにしてるがにっこり笑って別れの挨拶をする。


「お元気で、王子様。それではご機嫌よう。」


 そのまま聖王都を出て飛んで聖王国を脱出、魔王国へ戻った。

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