第25話マーサとアベリア

 地下の奴隷解放軍のアジト。

 見えないはずの俺を真っ直ぐ見据えるブロンドヘアーの妙齢の人間の美女。


「ごめんなさい、申し遅れたわ。私はマーサ=キャラダイン。今は解放軍のリーダーをやっているわ。貴方にわかりやすく言うと…魔王国十傑の1人。というところね。」


俺は隠遁の術を解く。突然現れた俺に解放軍のメンバーが驚き身構えるがマーサが言う。


「落ち着きなさい。彼はエルフよ。敵である訳がないわ。」


俺を指差してマーサが言う。だが首を傾げながらいたずらっぽい声で問いかける。


「でもおかしいわね。グリュの子は確か男の子だったはず。なんで貴方は女の子なの?」

「…エルフの世界樹の祝福を受けたらハイエルフの女性に変身出来るようになりました。男にも戻れますよ。」


エルフ石のペンダントを【ボックス】にしまう。男の姿に戻る。


「初めまして。グリュエラの息子、ユート。ユート=モンマです。」


解放軍が騒めく。


「モンマ…魔王の息子か⁉︎ わ、我らを救いに来て下さったのか⁉︎」

「お、おおお…」


しかしマーサがピシャリと釘を刺す。


「落ち着きなさい。我らの戦いは魔王には責任のない話。この国の住人の問題よ、あくまでもね。だけど…光明であると言えるかも。」


マーサは俺に語りかける。


「何から話せばいいかな…。そもそもの私の成り立ちから話そうか。」



 マーサは元々中級貴族の娘に産まれたという。彼女も歴代の勇者と同じく幼い頃に勇者の素質…光と闇の魔力に目覚め聖教会に身柄を引き取られ勇者として育てられたそうだ。


 聖教会の教えは人間至上主義。獣人・亜人は人間が発展する為の資源に過ぎない。その教えを盾にグローザム王家はこの大陸の住民を蹂躙して来た。その際たる武力が勇者だ。マーサも勇者としてこの大陸で数多くの活躍…亜人の虐殺・街の破壊を行なって来た。


 そんな彼女に立ちはだかったのが【異界の魔王】である。【魔王】は人間の癖に獣人や亜人の味方をし、彼らを助けようと動いた。各種族と協力を取り、戦力を育て、聖王国に反乱を起こした。そして勇者と魔王は何度も何度も対戦する。

そんなマーサの中にもやがて違和感が生まれた。幼い記憶にある彼女の家ー中級貴族だった実家では亜人や獣人の召使いは決して蔑ろにはされてなかった。良き使用人であり良好な関係だったのを思い出したのだ。

 そしてー敵である魔王の気持ちに触れ続けいつしか寄り添う仲間へと変わって行った。

 魔王の集めた仲間は自分にとっても心地よい仲間となった。皆と一緒に魔王を巡って恋の鞘当てをするのも楽しかった。仲間の一途な心に触れるのが嬉しかった。


 だがー。聖教会は激怒しマーサを裏切り者と断罪し、見せしめとして両親を処刑、家を断絶させた。

 悲しみと絶望の彼女を救ったのもまた魔王とその仲間たちだった。そして彼女は打倒聖教会を誓い、聖王国と戦う覚悟を決めた。そして戦争が始まった。



 やがて長い戦争が終わり、聖王国が決定的な敗戦の末領土をごっそり削られ魔王国の建国を許す事となった。

 しかし。聖教会は滅びなかった。最早獣人・亜人に恨みに近い憎しみを抱えながらも変わらず聖王国に君臨し続けていたのである。


 戦後、魔王と結ばれ他の仲間と同じように子供も授かり、幸せで穏やかな生活を送っていたマーサだったが変わらぬ母国の惨状を憂いて未だ虐げられている奴隷の解放を目指して子供も連れて聖グローザムへと戻った。戻ってしまった。それがいけなかった。


 ある時、潜伏先を聖教会のクルセイダーに急襲された。そしてーまだ赤子の娘…アベリアと聖剣をクルセイダーに奪われてしまったのだ。



「そして10年。あの子はかつての私と同じ様に聖教会に利用されてしまう【勇者】になってしまった。」


何となくそんな気はしないでもなかったが…やはりアベリアが最後の妹だった。…死んでなくて良かった俺。妹に身内殺しをさせずに済んだ。


「【勇者】になって聖王国の外を飛び回るようになってますます私の手が届かない所へ行ってしまったけど…逆に今なら君に頼める。 …もしあの子を妹だと思ってくれるなら、だけど…」


わかってますよ。アベリアは可愛い俺の妹だ。


「あの子を聖教会の呪縛から救い出してあげて。お願い、お兄ちゃん。」

「もちろん。必ず取り戻して他の姉妹に合わせてやりますよ。」


俺は来春の卒業イベントでの計画を話す。マーサさんにもぜひ来ていただきたいからだ。

マーサさんは優しい目で微笑む。


「…そうね。そんな未来が来たら素敵ね。待っているわ。」



 マーサさんはこのままこの地でレジスタンス活動を続けるという。細かい話を詰めていると勇者の持つ聖剣の話になった。勇者とあの聖剣はかなり相性がよく勇者にとって『鬼に金棒』の組み合わせらしい。充分気をつける様にと言われたが…


「あ、こないだへし折ったんですけど…」

「へ、へし折った…?」

「あ、製作者のミカさんには謝りましたよ?」

「そ、そう…」


まあ、修理をしている可能性もあるから用心に越した事はないけど。うん。

 元々聖剣はマーサさん用にミカさんが打った『硬くて魔力伝導率が高い普通の剣』なのだそうな。聖教会が勇者が使ってたからありがたがって持っていったのだと言う。


 この国での仕事は終えたのですぐに魔王国に戻ろうかとも思ったが少し種を蒔いていこう。







【聖教会・神官A氏の視点】


 私は焦っていた。

 昨日の王宮前広場の爆破テロの後始末もままならない状態で今日中に魔王国への侵攻計画を聖教皇に提出せねばならなかったからだ。

 勇者が快進撃を続けていると民衆に思わせているうちに手を打ちたい。実際の勇者は現在初の敗北を喫し愛用の聖剣も折られその修復もままならずショックで引き篭もっている。まったく役立たずめ。

 これから聖教会にて聖教皇達が定例総会を開く。間に合わせねば…


 資料を纏めて手にした瞬間である。突然聖教会に轟音が鳴った。同時に瓦礫が崩れる音。なんだ⁉︎ 今度は聖教会にテロか⁉︎ 2日連続とはふざけている‼︎


「守護兵は何をしている‼︎ 何が起こった⁉︎」


 廊下に出ると大勢の神官と兵士が右往左往している。音のする方向…大聖堂に向かうと大広間中央に瓦礫が積み重なっている。まだ人の集まる前で人的被害はないようだが…

大聖堂の上を見上げると天井が崩れ空が見えていた。なんだこれは…

 空は黒々とした暗雲に囲まれている。その空から猛烈な轟音と共に稲光が轟く。稲光は次々と狙い澄ました様に大聖堂の壁を打ち砕き瓦礫の山を増やしていく。 解放軍にこんな所業が出来る訳がない。これは…神の御技か…⁉︎

 

 大聖堂が跡形も無く崩れ私や他の神官や兵士が呆然としていると、上空から女性の高笑いが聞こえて来た。眼を凝らすと黒雲を背に空中に浮いている女がいる。白く美しい肌、銀のロングヘアー。あれはエルフ…いや能力からすると伝説上の化け物、ハイエルフか⁉︎


「聞け‼︎ 聖王国の国民よ‼︎」


大音量で声が響く。風魔法の拡声術か⁉︎王都の隅々まで届きそうな音だ。


「刮目せよ‼︎ 邪教の信徒共‼︎ 我は【異界の魔王】が長子、ユート‼︎ ユート=モンマだ‼︎」


 ま、魔王の長子…だ と⁉︎


魔王の長子と名乗るハイエルフは続ける。


「この国との戦争が終わって20年。魔王国は基本的には隣国である聖王国に敬意を払って来たつもりだ。だが‼︎ 看破できない犯罪行為が判明した‼︎」


何が敬意だ簒奪者め‼︎


「あろう事かこの国の聖教会が10年前…我の妹を誘拐したのだ‼︎ 我が愛する妹を‼︎」


⁉︎


「だから我ははるばる聖教会に鉄槌を下しに来たのだ‼︎ 汚い犯罪を侵した聖教会にな‼︎」


それ以上喋るなと言わんかの様に魔道兵が一斉に攻撃魔法を放つ。ハイエルフに魔法が集中し一瞬で高熱で蒸発したかに見えたが…気付くと大聖堂の瓦礫の上に立っていた。


 そこへ教皇とその共…勇者パーティーが到着した。

勇者はいない。極秘事項だが勇者アベリアは初の敗北がショックでいまだに寝込んでいるという。

御目付役の神官ゲイザと魔導師フレイヤの二人だけだ。二人はハイエルフを見て叫ぶ。


「き、教皇‼︎ 彼奴です‼︎ 我らの進撃を邪魔した羽虫は‼︎」

「勇者の聖剣を真っ二つにした羽虫が…なぜこんな所に」


ハイエルフは連中と教皇を見据え語りを続ける。


「ふふ。勇者はいないのだな。怖気付いたか。勇者に伝えろ‼︎ 我は逃げはしない。お前が来るのを来春のなみ△の月1日魔王都ギルド学院にて待つ‼︎」


は?


「ははははは‼︎△の月1日だ‼︎ 勇者に必ず伝えろ‼︎ははははは‼︎」


そう言ってハイエルフは空中高く舞い上がりやがて姿を消した。



これが聖王国を震撼させた『魔王の眷族の挑戦状事件』の始まりであった。

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