第23話美味しくなーれ祭り
夏期休暇が終わった。リィカやレンも学院に戻り、授業も再開された。
俺は時間を見つけてはずっと剣を振っていた。母ちゃんの言った言葉を噛みしめながら。
みっともないほど自分の生命を惜しめ。生きる事にもっと執着しろ。
それはSクラス冒険者の金言でもある。
休みが明けると学院内は【文化祭】の準備一色になる。
冒険者クラスの出し物を何にするか結構揉めた。冒険者体験教室とか冒険者から一本取るゲームとか冒険者の食生活再現とか紛糾した結果、ありがちだが冒険者喫茶に決まった。
冒険者喫茶っていうのはあれだ、ウェイター・ウェイトレスが冒険者の格好をして接客をするという…この異世界では当たり前としか思えない企画だ。
ただし…出すメニューは俺責任監修、という事に。
「なーんで俺責任監修なんだよ⁉︎」
「そりゃー全員が認めてるんだからさー一番美味しいってさ!」
日頃配ってるクッキーを一番真っ先に掻っさらうクラス委員長が当然の様に言い張る。まるで私の見立てに間違いがあるはずない、と言いたげな態度だ。他のクラスメイトもそれが当然と
半ば呆れつつ条件を出してみる。
「作り方をみんなに教えるからみんなで作る事。それが大前提。俺しか作らないカフェは絶対にやらない!」
「どうしてぇ? いつも売るほど作ってくれるじゃん?」
「それはお前達がかわいいからだ! 俺は基本かわいい女の子にしかスイーツは作らない! 男子はおまけ!」
「「「ユートきゅん…」」」
顔を赤く染めるクラスの女子達。ぶーぶー言う男子達。
結果、いつも美味いものにありついている連中中心に学園祭に向けて料理教室を開く事になった。
簡単に出せる軽食、トーストとかサンドイッチだな。それと焼菓子、パンケーキ、出せてチーズケーキ、ブラウニー等。
ひとつひとつ分量、混ぜ方、焼き時間、メモを取る事を教える。メモは基本。出来の悪い奴ほどメモを取らない。冒険者は大抵メモなど取らない連中だから厄介だ。メモを取る習慣を身につけさせるのに一週間かかった。
特に菓子は分量を正確に量らないと美味しくならない科学なので厳しくメモと計測を徹底させた。この辺りで男子のほとんどは根を上げた。美味い物への道は一日にならずなのだ。 逆に女の子達は真面目に覚えた。料理が上手いというのはパーティーメンバーとしても将来の嫁としても引く手数多なのだ。スキルを上げるのに血眼になるのは当然である。まだその辺の自覚がないリィカやレンはのほほんと食べるのに徹している。何気にミヤマさんも血眼でメモを取っている。どういう事だろうか。まだ嫁に行くのを諦めてないと言う事だろうか。と考えてたら殴られた。エスパーか。
分量通りに混ぜ、型に入れてオーブンで焼く。この時に忘れてはいけないお約束。
「美味しくなーれ、もえもえきゅん♡」
皆呆然としているが俺は厳しく
「ほら、みんなもやる‼︎」
「「「お、美味しくなーれ、もえもえきゅん♡」」」
「もえもえきゅん♡」
「「「もえもえきゅん♡」」」
「もえもえきゅん♡」
「「「もえもえきゅん♡」」」
学食の調理室で大合唱である。まあここまで徹底していれば本番も大丈夫であろう。
で、学院祭当日である。
やられた。 謀られた。
「…何かな? これは…」
「ユートきゅんは調理に関わらないって約束だもんね。 調理以外に出来る仕事って接客しかないっしょ。みんなで心を込めて縫った衣装だよ。これ来て頑張ってね!」
会心の笑顔で委員長が掲げるその服はメイド服…しかも布の面積が極端に少ないフレンチメイド服だ。なんでこの世界にこんな物があるんだ⁉︎
既にリィカとレンは普通のメイド服姿に着替えている。うむかわいい。
「なんで俺だけこんなエロいヤツなの⁉︎」
「もちろんそのナイスバディでお客さんの視線を釘付けにする為に決まってるでしょーが‼︎」
俺は無理矢理フレンチメイド服に着替えさせられ、プラカードを持たされて教室の外に放り出された。
「学院内一周するまで戻って来んな‼︎」
酷い扱いだ…俺はとぼとぼ校内を歩く。生徒も一般客も食い入る様に見てくる…ような気がする。廊下の前の方から奇声が上がる。
「キャッホウ‼︎」
誰かと思えばまさかの魔導王サークライだ。なんでこんなとこにいる⁉︎…学院長代理ですね、そうでしたね…
サークライは俺のメイド姿を繁々と眺めながら真剣に切り出す。
「ユートくん、卒業したら僕の嫁にならないか?」
いやあんたそれ身体目当て! あからさまに身体目当てやん‼︎
「いやいや僕は君が元男子だって気にしないよ? ずっとその姿でいてくれればそれでいいんだ。」
元男子じゃねー‼︎ 今も男だ‼︎ こ、コイツサイテーだぁぁ‼︎
奴から逃げる様に駆け出すが足が前に進まない。
「どこへ行くんだーい? 逃さないよー。さあ今日は僕を一日案内しておくれマイハニー♡」
なんか魔法使ったな⁉︎ 動きを止める魔法、時空魔法か⁉︎ マジサークライすげえな。いやいや、ヤバい。
肩を抱き寄せ俺の耳元でささやくのやめれ!いやああああ‼︎
「仲間の息子を口説くのはやめろ!」
サークライの頭にチョップをかます黒髪の妙齢のお姉さん。リィカのお母さんドレスティアさんだ。
「ユート、久しぶりじゃの。こないだ死にそうになったって本当か? グリュの奴心配しとったぞ。」
「は、はあ…めっちゃ怒られました。剣を振り回しながら説教されました…」
「ふふん中々ほのぼのとした親子のコミュニケーションじゃの♪」
あれがほのぼのした親子コミュニケーションらしい。リィカ、お前日頃どんな扱いされてんだ⁉︎
後ろにイカ焼きを頬張るレンのお母さんトーカさんもいる。 うちの母ちゃんはいないようだ。まああんな別れ方したしな…
冒険者喫茶に案内せよと言うので仕方なく校内を戻る。魔王国十傑が三人もぞろぞろくっ付いて来るのでまあ野次馬がどんどん増える。大名行列か、これ。
大名行列を連れ帰った俺を見て委員長が顔を引きつらせる。
「な、なんて人達を連れて来るのよ⁉︎ このバカー‼︎」
酷い言い草だ。言う通りしただけなのに。
まあ、後はリィカとレンに任せよう。ほら思った通り二人のメイド姿を見てデレデレしてるドレスティアさんとトーカさん。ちょっとサークライあんたいつまで俺の手触ってんだコラ。
「「いらっしゃいませーごちゅうもんはなににいたしますかー」」
声を合わせて辿々しく応対するリィカとレン。うむかわいい。我妹は実にかわいい。いかん、なんだかんだ言って俺もドレスティアさん達と同じだな。
「そうそう。ミカの所で新しい武器を打って来たんだろ?ちょっと見せてくれないかな?」
サークライが突然物騒な事を言い出す。こんなとこで武器なんか出せるか。
「冒険者喫茶でしょ。みんな冒険者の格好してるし大丈夫だよ。見せて見せて。」
おっさんが駄々をこねるので仕方なく【ボックス】からこないだ打ったショートソードを見せる。
サークライとドレスティアさん、トーカさんの目が途端に真剣になる。サークライがソードに軽く魔力を流す。虹色に輝くソード。
「これは…オリハルコンか。この純度のオリハルコンを制御し鍛え上げたのか。」
「精霊達のおかげですよ。五柱のみんなが祝福してくれたから。」
「五柱…金の精霊も、か…」
サークライはしばらく考えて俺に切り出す。
「君の兄妹の最後の一人の事だが…君にちょっと危険なお願いをしたい。」
「…どんなお願いですか?」
「君、ちょっと聖グローザム王国に行って調べ物をして来てくれないかな。」
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