第22話俺、自分の剣を鍛え上げる。

 異世界から元の世界に戻り、こちらに住む妹の家で新たな剣を打つ事になった。


 剣を打ち上げるまで、ミカさんの工場に日帰りで通う事になった。数日前まで異世界に居たと思うと電車に乗って移動する自分が笑えて来る。家のアパートから電車で20分だ。

 いっそエルフになって飛んで行くか、と考えたが違法ドローンと間違えられて攻撃されたりスマホに撮られたりしたらたまらないので自重した。


 カナコは中学生だ。学校の授業が終わるのに合わせて工場に着く。毎回手作りお土産を持っていく。やはり俺のスイーツは妹達には評判が良い。カナコも毎回楽しみにしてくれる。


3日目には魔力を通してハンマーで叩き、ミスリル銀を加工して何とか形だけの剣が打てるようになって来た。ひたすら無心で叩く。楽しい。傍目から見ると笑いながらハンマーを叩き続けるナイスバディのエルフだが。

 その内周囲に漂う精霊の気配を感じて来る。火の精霊、土の精霊。そして…鍛治にとって最も大切な彼女…金の精霊だ。こちらの精霊は向こうの世界と同じなのかな?気になったので降ろしてみる。目の前に火の精霊が現れる。セミロングの赤い髪、赤いワンピースの細目の大人びた美人。向こうの火の精霊とは違う個体だ。という事は魔法も何もないはずのこの世界にも精霊はいるという事だ。いや、この世界でも自分の魔力回路に気付き魔力を循環させる事が出来る人間は魔法が使えるはず。そういう事だ。

 火の精霊は嬉しそうに俺と同化する。土の精霊は見た目向こうの土の精霊と似てる。茶色い癖っ毛のくりくりした瞳の恵体の体育系のお姉さんだ。お姉さんも俺を抱え込むように同化する。うん、いつもの感覚だ。向こうの精霊達と変わらない。お世話になります。


 魔力を込めて全力でひたすらハンマーを降る。何度も何度も。やがて、気配だけだった金色の彼女の姿がはっきり見えて来る。

 ドワーフに似てる。小さい身体だが金色のソバージュに黄金の瞳。鍛治と金属・鉱石の精霊、金の精霊だ。

 来るかい?と目を向けると彼女もにこやかに微笑んで俺に同化する。


 凄い力を感じる。鉱石の表情が手に取るようにわかる。

三精霊の力を借りて打ち上げた剣は別格の出来だった。常に魔力を帯びている『魔剣』が出来上がったのだ。


「…3日で『魔剣』を打ち上げるなんて。とんでもない腕だねお兄ちゃん。」

「ありがとう。褒めてくれて嬉しいよ。」

「褒めてないよ。なんで人の話を聴かないかな?」


え? どういう事?


「兄ちゃんエルフなんだから、ロングソードよりもショートソード、もしくは刀の方が合ってるよってアドバイスしたよね⁈ なんで一心不乱にロングソード打ってるかな⁈」


妹に怒られた…。

彼女曰く、ロングソードを使うエルフは愚の骨頂、利点を消すだけと言う。…ちなみにグリュエラさんは大剣使いなんすけど…



 刀は…すぐ刃こぼれしそうで異世界の冒険者生活では実用性が薄い気がする。ではショートソードか?

ショートソードはちゃんと剣術を習った人間が使うと映えるのであって俺みたいななんちゃって剣士だとすぐにボロが出る。やだなあ…


「稚拙な剣技でお腹に穴が空いたんでしょ?これを機にグリュエラに剣術を習いなさいよ。」


ミカさんが袖から変な事を言う。


「母さんは大剣使いですよ。細かい剣技なんか見た事ないです。」

「あのねえ。アイツは全ての剣技を習得してるの。ショートソードだって曲刀だって刀やダガーだって扱えるよ。大剣使ってるのは唯の見栄。カッコいいからってだけの。昔魔王が読んでたマンガの主人公が大剣使ってたってだけで使い始めたの。」


 知りたくない真実。俺もそのマンガに心当たりある。母ちゃんアホか。

やだなあ母ちゃんに剣術習うの。色々と。

てか魔王はこちらの世界にめっちゃ詳しい。何があってそうなった? 父ちゃん。



 誰に教わるかは置いといて改めて本格的に俺用のショートソードを打つ事にした。


「え、それオリハルコンじゃないですか?」

「こういう時に使わないとね。大丈夫だよ代金はサークライに請求しとくから。さあ魔力を流して。今の全力でね。」


ミカさんが取っておきのオリハルコンのインゴットを引っ張り出して来た。

 オリハルコンに魔力を流す。まるで自分の身体の延長のように魔力が通る。俺はまた精霊達を呼び降ろす。今度は風と水の精霊も一緒だ。風は炉の熱をオリハルコンを加工出来るまで押し上げてくれる。金の精霊がかなり嬉しそうだ。そして俺は無心でハンマーを振るう。


トンカントンカントンカン


体力と魔力が猛烈に削られていく。ミスリル銀とは段違いだ。構わず叩く。叩く。叩く。カナコもサポートに入ってくれる。


 そしてー最後の水入れ、磨き、研ぎ。

出来上がった。俺の剣。精霊の力を存分に込めた。

いわば【精霊の剣】だ。…なんかデザインが厨二っぽい。俺のセンスどないなっとるんじゃ。

ミカさんが生暖かい目で見つめる。カナコは満面の笑みだ。カナコは絶賛厨二病らしい。


 二人にお礼を言い、半年後の再会を約束して一旦家に戻る。母ちゃんはテレビを見てた。情報バラエティ番組をザッピングで流し見するのが母ちゃんのルーチンだ。


「母ちゃん。俺に剣術教えてくれる気ある?」

「なんだいその言い方は。人に物を頼む言い方じゃないねぇ。」

「…俺に剣術を教えて下さい。」

「最初からそう言えばいいんだよ。」


面倒臭そうに立ち上がった母ちゃん。その表情に息を呑む。目が違う。これ、【破壊魔グリュエラ】の目だ。めっちゃ怒ってる…早まったかな…


 こっちの世界だと闘技場がないから向こうに戻る事になった。

母ちゃんと二人で転移門を起動する。光に包まれ次の瞬間には魔王宮の転移門だ。その足で魔王軍施設内の闘技場へ移動する。母ちゃんはその間ずっと無口だ。やだな。


 母ちゃんはいつもの大剣ではなく、【ボックス】からショートソードを取り出す。使い慣れてそうな鈍色にびいろのショートソードだ。あんな物持っていたのか。


「あたしもお前も剣術のみ。魔法は禁止。あたしは7つの基本動作しかしない。お前は見てそれを覚えろ。いいな。」

 

 静かに肯いて対面で剣を抜く。お互い構えない。自然体で片手で剣を握る。

 振り下ろし、右袈裟懸け、左袈裟懸け、横なぎ。基本の動作を一つ一つ放つ母ちゃん。その一撃一撃が重い。避けているのに圧で身を切られる感覚。冷や汗が出る。

少しずつ母ちゃんのギアが上がって行く。動作が流れるように繋がっていくが次の攻撃がまったく読めない。避ける余裕など無くなって来てひたすら剣で受ける。重い。猛烈に重い攻撃だ。


「剣で受けるな。流しなさい。常に角度をつけて攻撃を流すの。」


言われた事を実践する。ギャリッと音を立てながら攻撃を斜めに流す。


「本当ムカつくほど要領のいい。昔からそうよねあんたって。」


なんかますます母ちゃん腹を立ててるようだ。手を休ませず会話を続ける。


「料理だって家事だってそう。教えた覚えもないのにいつの間にか自分で覚えて。」

 


母ちゃんがやんないからでしょうが⁉︎ そんなとこに腹立たれても。


「エルフの能力についてもそうよね。勝手に覚えてバンバン魔法使って。こっちがいつ教えてやろうか狙ってたのに。魔力回路の回し方とかわざわざ黙ってたのに台無しじゃない。」


愚痴になって来た。


「でもあたしが一番怒ってるのはね、冒険者になった事!」


え? 何でだよ? 母ちゃんも冒険者じゃねーか⁈


「あんた、自分のハイエルフの能力に任せて気楽に世の中を渡って来たでしょ⁉︎ チートっていうんだっけ? だから足りてないのよ。死への恐怖が。死にたくないって気持ちが。どこかでやる事やり切ったら死んでもいいって思ってるでしょ。手が届かないんだと思ったらそこで諦めるでしょ⁉︎ そういうとこがめっちゃムカつく‼︎」

「‼︎」


図星を突かれた。俺は昔からそういうところがある。ゲームでもスポーツでも大事な試験でも、全力を尽くせば結果は問わないみたいな。悪く言えば自己満足。

だから…強大な敵と対した時、諦める。


【スタンピード】で二体目の巨猿にぶち当たった時。

母ちゃんと【武闘大会】で当たった時。

【勇者】を追い払えた時。


「なぜ勝てないと思ったら全力で逃げない⁉︎ 死に物狂いで逃げろ‼︎ 腹に穴開けられたら回復に全力を費やせ‼︎ ポーションも薬草も持っているくせに‼︎ バカか‼︎」


言ってる事とは裏腹に攻撃の手がますます早まる。押し込まれいなせない。切っ先が俺の肌を次々裂いていく。


「自分の生命を最優先に考える‼︎それが出来ないなら冒険者なんかやめなさい‼︎」


最後に斬り上げで俺を剣ごと吹き飛ばす。


「…基本の形は充分見せたわ。後は反復で身体に覚えさせなさい。」


そう言って母ちゃんは闘技場から出て行った。

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