第21話妹は…町工場の娘。

「君のいた世界にいるって。」

「は⁈」


 ドワーフのミカさんは変わり者らしい。ドワーフは周知の通り鍛治と採掘を生業とした山の民である。ミカさんも優れた鍛治職人であり元々は強力な剣や防具を製作していたそうだ。

 だが魔王に出会ってしまった。魔王は異世界から様々な機械…メカニックを持ち込んだのだ。時計、電話、自動車、発電機…ドワーフであるミカさんはたちまちメカニックのとりこになった。分解し、構造を理解し、ネジと歯車に夢中になった。

 その真髄、技術を手にする為に異世界にわたったのだ。

 その事をマイマザー…グリュエラさんは知っていた。


「元の世界って…どうしたらいいんですか⁈」

「行って来たらいいんじゃないかな?転移門あるし。」


はいい? 

転移門…使っていいんですか? 国家級の魔道具じゃないんですか?


「グリュエラは毎日通うのに使ってるし。別にいいよ? 今から行くかい?」


まさか。予想外の事態。こんなに呆気なく元の世界に帰れるなんて。


 

 魔王宮の地下。仰々しい防御結界に囲まれた部屋に魔法陣が描かれている。あれが転移門だ。


「使い方は覚えたね?向こう側の簡易転移門に魔力を流せば起動する。よろしく頼むよユートくん。」



転移門に乗る。魔力を流す。陣から光の柱が立ち上がり俺を包む。

目を開くとそこは…俺ん家の玄関だった。

こんなとこに転移門あったのかよ‼︎


 家だ。何ヶ月振りだろう…。そう言えば俺、居なくなったあの日、中学卒業前、高校受験を控えてたんだよ。なんだか急に怖くなった。

 家は変わっていない。母ちゃんは掃除をしない人なのでその分荒れているようだが。仕方ないので掃除を始める。ふと鏡を見ると俺…ハイエルフだった。

 試しに魔力を全身に流してみる。うん、回るのを感じる。魔法を使ってみる。指先から炎が出る。少し風を纏うと宙に浮く。…こちらの世界でも魔法が使える。

【ボックス】を開いてみる。ちゃんと確認出来る。

ペンダントを【ボックス】に収納して男に戻ろう…かと思って止めた。男に戻った途端魔力も【ボックス】も使えなくなる可能性がある。ペンダントを首から外してテーブルに置く。男に戻る。

 再び魔力を流してみる。…ハイエルフほどではないがちゃんと魔力が回る。ほっとする。魔法を使ってみる。さっきより威力は低いがちゃんと発動する。【ボックス】も確認した。ちゃんとこの状態でも物を取り出したり入れたり出来る。なるほど、概念を知らなかったから前は使えなかった訳か。

 ペンダントを【ボックス】に収納する。

 掃除を終え、軽い夕食を作り置いて母ちゃんにスマホで連絡入れようとして気付く。とっくに電池が切れたスマホを充電器に。


 ヒュン。誰かの魔力を感じる。転移門で帰ってきたな。


「フーンフフーン♪」


部屋に入っていきなり服をこちらの普段着に着替え出す。


「お帰り。母ちゃん。」

「おや ユート‼︎ 帰ってたのかい‼︎」


慌てる様子のグリュエラさん。どうやらまたサイゼ◯ヤに外食に出掛けるつもりだったようだ。危ないとこだった。たまには自炊しなさい!

 ぶーたれる母ちゃんと久しぶりの母子の夕食だ。テレビも見れる。…が、この世界のニュースはさっぱりリアリティがない。


 母ちゃんにドワーフのミカさんの居所を聞く。機械にのめり込んだミカさんは隣町の町工場を経営しているらしい。…ワンオフの特許技術も持った世界シェア90%を誇る特殊なネジを作ってるんだって。異世界から来たのに…ドワーフハンパないっす。


 翌朝、母ちゃんの手紙とさすがにこの世界の住人に手作りスイーツは申し訳ないのでお気に入りの街のスイーツを購入してミカさんの元へと向かう。

 見た目は普通の町工場。だが飛び散る火花や機械音の周りにすごい魔力が宿ってる。間違いない、魔法の工房だ、ここ。


「すいません、ミカさんはいらっしゃいますか?」


奥から身長140cmくらいの中学生に見えるの女の子が

出て来る。


「あいよ。あたしがミカだけど…」  


俺の顔を見て固まる。 わかりやすい。今の俺は男だ。


「魔王…」

「そんなに似てますか。まったく迷惑だ。」

「‼︎ お前さん、グリュエラんとこのユートくんだね‼︎

でっかくなったねえ! おばちゃん覚えてるかい?前会った時はこーんなにちっちゃかったからねえ。」


カラカラ笑うミカさん。いや女子中学生にしか見えないんですけど。おばちゃんって言われても…

ちなみに家にも何度か遊びに来た事があるらしいが…俺の2、3歳の頃だって。そりゃ記憶にない。

 俺は預かった二通の手紙…母ちゃんとサークライさんからの物、を渡す。あ、途中で買ったケーキも。


「あ、お茶でも用意させるよ。おーいカナコ‼︎お茶入れておくれ。三人分な‼︎」


工場の端の方から声が聞こえる。ミカさんに工場内の事務所に案内されると、お茶を持って今度は小学1、2年くらいのちんまい女の子が入って来た。


「はい母ちゃん、お茶。」

「あんがとカナコ。お前も座りな。ほれ。」


手紙を一通り読んでミカさんは顔を俺に向ける。


「お前さん、勇者の聖剣をへし折ったのかい⁈」

「え、ええ…」


話すのを躊躇っているとミカさんが


「あ、いいんだよ、あっちの話をしても。この子は全部知ってる。紹介まだだったね。この子がカナコ。お前さんの妹だね。ほらカナコ。ご挨拶しな。」


目を丸くして驚いてる少女。どう見ても初耳っぽいんですけど⁈

こちらから挨拶してみる。


「初めまして。俺は門馬優斗もんまゆうと15歳。君がどこまで知ってるかわからないが俺達には兄妹が大勢いる。七人兄妹だよ。俺はその長男。よろしくね。」

「あ…。は、初めまして。あたしは門馬可奈子(もんまかなこ)。14歳です。向こうの世界に兄妹がいるのは知ってましたが…こっちの世界にお兄ちゃんがいるのは知りませんでした…。」


14歳⁈ 半分くらいにしか見えない。 ドワーフは成人しても子供に見えるとは聞いていたけどここまでとは…


「14歳か。じゃあカナコが長女。妹が五人いるよ。みんな可愛がってあげてね。」

「会えるんですか?妹達に?」


俺はあちらの来春…季節が反対でこちらは今が冬だから来秋か。来秋にある卒業の祭典で親父と対面するイベントの話をする。息をつくカナコ。まだ見ぬ親父に想いを馳せているようだ。

 するとミカさんが話の続きを振る。


「ユート。サークライの手紙だとお前さん自分で打った剣で戦ってたんだってね。少し見せてくれるかい?」

「? はい、いいですよ。」


と言って【ボックス】からボロボロのセラミックソードを取り出して渡す。セラミックソードをじっくり眺めるミカさん。


「なるほど、打ったと言うより全ての工程を魔力でゴリ押したっていう剣だね。…四大精霊が味方するとここまで出来上がるのかい。ある意味嫉妬するねえ。」


目が怖い。本気かな?


「何しろこのあたしが打った【勇者の聖剣】をへし折ったハイエルフの得物だからねえ。」


なんですと…? あの勇者の剣をミカさんが打った?


「正確には前勇者にだけどね。勇者は親から貰ったって言ったんだろ?」


そう俺はサークライさんに報告した。心当たりがあったわけか。うーむこれは…謝らないといけない案件か?


「ああ、折ったのは仕方ないよ。そういう時もある。

ただね、手紙にユートに鍛治を教えてくれって書いてある。」

「は?」

「見よう見まねで自分の身を守る武器を作らせるのは危険だと判断したんだろ。 ただね、あたしはもう剣は打たないんだよねぇ。」

「は?」


ミカさんは今は電子精密機器とかロケットのバルブとかに熱心で鍛治は休業中らしい。代わりにとカナコを推薦された。


「カナコはこう見えて金の精霊に愛されたドワーフ期待のホープさね。あたしの鍛治技術の全てを叩き込んである。材料もあるよ。この工場にはオリハルコン・アダマンタイト・ミスリル銀等向こうの山で採掘した素材が山盛りだ。こちらの素材、カーボンもチタン合金もあるよ。まあ必要なのはお前さんの魔力だね。」

「は?」

「打つのはあくまでもお前さんだからね。カナコ、面倒見てやりな。」

「うん。」



 ちなみに母ちゃんからの手紙はいつか都合の良い日にママ友ランチしようという内容だったらしい。…メールでいいじゃん…




 カナコについて行くと工場裏にまた趣の違う建物があった。街中なのに高い木々に覆われた一角に高い二本の煉瓦造りの煙突を持つ高炉が据えてある。


「大丈夫だよ。周囲に精霊の御加護があるから。外からは見えないよ。」

「俺の魔力が必要だって言ったね?」

「うん。鍛治師の魔力が品質に影響するね。質が良く高い魔力だと威力も跳ね上がるよ。それはこの世界で打っても同じ。」

「カナコは向こうの世界に行った事あるの?」

「母ちゃんの仕入れにくっ付いてドワーフの里には行った事あるよ。魔王都はないなぁ。うん、楽しみ。」


 カナコが棚の中から虹色の光沢を持つ金属の塊を取り出す。


「これがオリハルコン。ちょっと魔力込めて見て。」


あるんだ。幻の金属。実物を初めて見た。

オリハルコンらしき金属に触れて魔力を込めてみる。少々暖かみか出て来た。魔力が振動しているのか。


「うーん、普通ね。この魔力で勇者の聖剣を折れたなんて信じられないわね。」

「戦ったのはハイエルフの姿でだからね。ハイエルフになった方がいいのかな?」

「そうね。その方が魔力が上がるなら。」


俺は【ボックス】からペンダントを取り出してハイエルフになる。

カナコは目を向いて驚く。


「お、女になるとは思わなかったわ…!」

「…俺も自分が女になるとは思わなかったよ…。」


改めてオリハルコンに魔力を込める。輝きが増し、猛烈に熱くなって来た。


「うん、いい魔力。じゃあこっちのハンマー持って。魔力通して見て。」


こうしてカナコから鍛治を一から教わる日々が始まった。

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