秘技! 人海戦術!

 優月が泣き止んだところで、話を戻す。


「鏡華君の両親が、事情を話してくれた。やはり、鏡華君も原典の調査団だったらしい」


 欠片が始動しないように、さる機関から依頼されたエージェント、それが鏡華だという。


「鏡華君の父親は自身の研究を条件に、手稿原典の知識を使わせてもらっていたんだって。鏡華君本人と、母親は反対していたんだけどね」


「でも、MIBの許可がないと、そんなマネできねえだろ?」


「だから、そのMIBの指示でだよ」


 要は、MIBの末端が、宇宙技術を独占しようと考えたのだという。「ちょっとくらいなら、利用してもいいかな」程度の好奇心からだそうだ。


 太一の博物館にMIBのボスがいたのは、上層部による査察だったらしい。


 その後、MIBの一部は処分された。

 鏡華父のような謝罪どころではない。

 銀河警察に連行、逮捕だ。

 

「そいつらは?」


「もちろん、全員解雇だよ。いくら世界を救うためだったとは言え、MIB機関が欠片の技術を私的流用するなど許されない」


 しかも、星雲大帝に欠片のありかをかぎつけられる結果になってしまった。


「欠片の知識を使ったカルキノスを乗っ取るなんてね。相手は、欠片の知識に精通しているらしいね」


 あれだけの数の忍者がいながら、誰一人、大帝を捕まえられていない。


「カガリ、もし、エイリアンが地球を侵略しようとしたら、銀河警察はどう処理するんだ?」


「侵略行為なんて起こしたら、それこそ銀河警察に通報されて、これだからね」

 カガリが、自分の首を絞める。


「不正を起こしたら、MIBも地球人も宇宙人も関係なく、処分される」


 過去、アトランティスという跳ねっ返りが、地球人を支配しようと企んだ。

 しかし、MIBから「洪水による全滅」という報復を受けた。

 マヤとかムーとかも同様だ。


「ナスカの地上絵ってあるだろ。あれは土地財産を没収された証明なんだ。あの絵は差し押さえ証だよ」


「マジかよ……」


 知れば知るほど夢も希望もねーな、宇宙って。


「動いていたのは戒星の中でもほんの一部だった。一網打尽にできたし。あとは海蛇団だけだな」


 海蛇団の事だが、奴らは銀河警察に嗅ぎ付けられないように、小規模な作戦ばかりを行っていたらしい。


「でも、どうしてMIBや鏡華のおじさまは、欠片の研究に没頭なんてしてしまったのかしら?」


「それだけ、欠片に魅了されていたんだ、鏡華君の父親はね」


 オーパーツの欠片は、人を引きつける。

 これが、研究者の定説だ。

 人を魅了し、自分を使用させるよう仕向ける。

 欠片は、そういった微量の電波を放ち続けているという。


 だが、なぜそのようなマネをするのかまでは不明だ。


 一部では、「神の意志」とか、「世界に何らかの影響を及ぼし、自分たちが自立するため」だとかいう説がある。


 そんな宗教じみた説など、宇宙中の誰も信じていないが。


 鏡華の父やMIBを一方的に責められない。

 誰だって、欠片に魅了されてしまう可能性があるから。

 訓練されたMIBですら、この有様である。


 オレ達忍者が存在するのは、欠片を悪用されないように見張る必要がある為だ。


「鏡華君や母親は、欠片の危険性を熟知していたから、操られなかったんだ」


「欠片が、人を操るなんて」

 優月がぼそりと口に出す。


 海賊達は、欠片の危険性までは把握できなかったらしい。


「太一も、翻訳チームの一員として参加していたよな。資料館を貸す代わりに」


「あたしにも、吉原までが巻き込まれた理由までは分からなかったの。ねえ虎徹、吉原ってどんな人間なの?」


 太一と知り合いになったのは、両親と離ればなれになってすぐ。ここに引っ越してからの事だ。

 あいつは、オレに勉強を教えてくれた。その当時からあいつは天才だったっけ。

 

「だが、待てよ。いくら太一がインテリとはいえ、それほどか?」

「まあ、理系は理系だったけどね。宇宙に関しては、オカルトに詳しい程度だよ」


 それにしては、急に膨大な知恵を手に入れたような気がするが。


「ただの高校生にしては、デタラメに近いわね。あの知識量は」


 オレも優月も、同じ感想を抱いていたようだ。


「それが、デタラメとも言い切れないんだ。彼はオカルトマニアだからね」


「感受性が強かったせいで、手稿に目を付けられた可能性があるな」


「なんでも、世界各国から集めた翻訳チームが解読に四苦八苦していた暗号を、太一君は、ほんの数日で解いてしまったらしい」


 といっても、秘匿されてはいるが。


「ウソでしょ……あたしやロンメルでさえ解けなかったパスコードの暗号を、どうして一般人の吉原が解けるのよ?」


「優月、パスコードって?」

 オレは優月に耳打ちした。


「アクセスキーを差しただけじゃ、ヴォイニッチ原典は作動しないの。パスコードを入力してようやく発動するの。けど、鏡華も解読できないって。コードも長い年月の中で失われたらしいわ」


 キーを手にしたとしても、世界の書き換えはすぐに行われないわけか。


「だが、とある地球人が、それをわずか数日で解読してしまった」


「それが、太一か?」


 カガリは「そうだよ」と告げる。



「ちょっと待ってよ。まさか、原典が吉原を選んだって事?」



「そういう事になるかな? 自分が手稿から知識を得たというより、原典側が太一君に知識を会得させている、と言った方が正しいかもね」


「どうして、原典はそんな事を太一に?」


 カガリは首を掘った。さすがに、原典の目的までは把握できないらしい。


「何かの暗号でも解かせようとしているのかも、となれば、しっくりくるんだけどね」


 太一は原典に利用されて、暗号を解読させられているってわけか。


 毒電波って言わないか、それ?


 いくら欠片が人を魅了するって言っても、そこまでするのか?


「これだけは言っておくよ。鏡華君は誓って、太一君をどうこうする気はないよ」


「だろうな。もしそうなら、とっくに星雲大帝に引き渡してるぜ」


 太一に色目を使ってでも。


「鏡華君は、太一君の誠実さに好意を持ったに過ぎない。しかし、自分が銀河団に狙われていると知り、もう逃げられないと悟って、身を引いたんだ」


 自分で決着を付けに行ったかもしれない。

 太一に危険が及ばないために。


「だから、キミのせいじゃないよ。虎徹」

「けどよ……」


 そんな事情も知らず、オレは鏡華を冷たく突き放した。

 太一を気遣うあまり。


「一人で行ったとなると、鏡華は多分、相手の潜伏先に目星を付けていたみたいね」


「太一君の事も、最初は保護している感覚に過ぎなかったんだろう。彼の暗号解読能力は、過激派にも知られていたらしいし。鏡華君も責任を感じていたんだろう。今では、彼が唯一の、原典を起動できる存在だからね」


 しかし、付き合っていくウチにマジになった、と。

 惚れてはいけないと思いつつ、あいつの心根に感化されて。


 唐突に優月が立ち上がる。

「あたしが、何とかするわ」

 優月は、ロンメルを置いて、出て行ってしまう。


『優月様!』


「ついてこないでよ!」

 玄関を出て、優月の腕を掴む。


「バカ野郎、一人でどうする気だ!」


「ほっといてって言ってるでしょ!? 鏡華の身に何かあってからじゃ遅いんだから!」


「だから、なおさら闇雲に探し回ったって意味ねえだろっての!」

 オレはスマホを取り出した。片っ端から電話を掛けまくる。


 優月が、オレをジッと見つめながら、呆気にとられていた。口

をパクパクさせている。


「ああ、一つでも怪しい情報があったら連絡をくれ」

 一通り知り合いに電話をしまくって、スマホをしまう。

 肩を叩き、優月を落ち着かせた。


「今、仲間が手当たり次第に鏡華の行方を追ってくれている。ちょっと待ってようぜ」


 こういう人海戦術は忍者の専売特許だ。

 お役所仕事のMIBにだって負けるかっての。


 カガリの方も、仲間と連絡を済ませたようだ。


「……どうして、そこまでしてくれるの?」

 渋々部屋へと戻りながら、優月が悔しそうに言う。


「アタシ達は敵同士じゃない? なのに、アンタはあたしのために」


「太一のためだ。お前のためなんかじゃねえし」


 オレは頭を掻く。


「鏡華が消えたのは、オレの責任だ。なのに、太一は自分のせいだと思ってる。オレだってな、少なからず責任感じてるんだぜ」


 刺すような優月の視線が、オレを見据える。


「協力に感謝は、するわ」

 言いづらそうに、優月は頭を下げた。


「だからって、こんな大がかりな捜索までして」


「オレがやりたいからやってるんだ。クラスメイトを巻き込まないためによ」


 欠片を太一が手放してくれたらいいが、今はそれすらも難しい。欠片の存在が世間に大っぴらになってしまったからな。


 無理に手に入れようとしたら、窃盗と思われかねない。


 太一の両親は無自覚だったんだろうが、厄介なことになってしまった。


 だったら、黒幕を排除して、安心してから欠片を譲ってもらえばいい。


『そういうことにしておきます』

 意味ありげなセリフを、ロンメルが吐いた。


「どう言う意味だよ?」

『何でもありません。とにかく連絡を待ちましょう』


 部屋に戻ってすぐ、忍者の一人から連絡が入った。


「なんて言ってきたの?」


「鏡華と関係あるかは分からねえが、公園跡を調べたら妙なことがわかったらしい」


「行ってみましょう。鏡華の行方が分かるかも」


 いても立ってもいられないといった風に、優月はオレの家を飛び出していく。


 やれやれと思いつつ、オレも後を追う。


「亜也子、念のために太一についてやってくれ。今のあいつは、何をやらかすか分からん」


「わかったー。いってらー」

 緊張感のない妹は、ユルく返答してきた。

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