非情! 虎徹の過去!

「キミと優月さんとを戦わせたのも、キミを欠片の奪還役に指名したのも、優月さんの船に細工したのも、すべて彼の仕業だ」


「なんで、あんたが」


「羨ましかったんだ。お前が」

 オレが尋ねると、隊長は舌打ちをした。


「お前は昔から強かった。しかし、実力のあるお前より、正当な忍者の家系である俺の方がみんながついてきやすいだろうって、オレが隊長になった。明らかに腕が劣る俺の方をだ。部下は全てお前を当てにした。これがどんなに惨めか、お前に分かるか!」



 机に頭を押さえつけられながら、隊長は今にも噛みつかんばかりの形相で、悪態をつく。


「たったそれだけの理由で」



「ケッ。十分な動機だと思うがな。オヤジが抜け忍のくせしやがって!」

 元隊長が、薄ら笑いを浮かべる。


「親が抜け忍でも、実力がある奴はいいよな! 血を継いでるんだもんなぁ! そらぁ強いわけだ!」

 なおも、隊長は毒づく。


「それで、海蛇団を率いる星雲大帝と手を組んだと」


 大帝と緋刀は、元隊長を海蛇団の幹部にしてやるって言っていたらしい。


「しかし、裏切られた」

 司令官が聞くと、隊長は首を振った。


「今頃、大事なデータが大帝の手に渡った所だろう」


「忍者と海賊の戦闘データ採取……」

 優月が青ざめた顔で呟く。


 オレと優月、そして緋刀 蘭の戦闘データが。


 確か亜也子が言っていた。「オレ達は試されているのかも」と。


 公園でオレ達を襲った紅いロボットは、オレらの戦闘データを集めるために送り込まれたのではないか。

 そう考えると、辻褄が合う。


 諦観の表情が隊長に浮かぶ。


「俺が知っている情報は以上だ。さっさと殺せ。もう長くないんだ。やがて宇宙は、星雲大帝のものになる。死ぬのは怖くない」


 隊長に銃が突きつけられる。


「どうする虎徹。殺すか?」


 確かに殺すべきだろう。


 しかし、殺すほどのことか?


 殺した「程度」で、優月を危険にさらした罪は晴れるのか?



 オレは優月を見る。「お前、殺されかけたんだよな?」



「どうでしょうね。別に殺意はなかったみたいだけど、下手をすれば死んでいたかもね」



「許せないよな……」



 優月は答えない。言葉に困っているようだ。


「やったこと自体は、裁かれるべきね」



 殺すまでは恨んでいない、と。だとしたら、いい方法がある。



 オレは、あるところに電話を入れた。


 二回コールが鳴った後、女性が出る。


「あの、すんません。今、隊長の部屋っすか? だったら丁度よかった」


 司令官がオレに、誰と電話しているんだと聞いてきた。


「司令官、これから死に行くんですから、その前にそいつの恋人に電話してみますね。事情を説明したい」



 諦めの境地にいた隊長の顔が、露骨にアブラ汗まみれになる。




「やめろ……。やめてくれ虎徹!」


 いい顔だなぁ。


 これならいい制裁になる。




「ベッド脇に押し入れがあると思うんですが、二段目の天板をどけて下さい」




 カノジョさんに、オレは電話越しに指示を送る。隊長にも聞こえるように、大声で。


「やめろ……」 


「ああ、そうです。それです。他のオンナの家に通じてますんで。はい。マジです。オレ、直接聞いたんで」




「やめろテメエエエエエッ!」





 オレは、隊長から二股自慢を直接聞かされていたのだ。




「今そっちに向かってるってさ。直接手を下したいって」




 オレが着信を切った瞬間、取調室の壁をぶち抜いて何者かが姿を現した。



 エプロンを着けたゴリラが隊長の前に立ち、大きく鼻息を吐く。


 勝手知ったるなんとやら。隊長を拘束していた隊員たちも、そのゴリラ女性に隊長を差し出す。






「自業自得だろ。自分を殺せって言ったのはあんただろ? いっぺんケツの毛まで毟られて来いや」




「あ、あ……」

 涙目で、隊長が「殺さないで」と懇願する。

 さっきまで「殺してみろ」とほざいていたくせに。




 しかし、ゴリラ娘さんは隊長の足首を掴み、床や天井へ何度も叩き付けた。スッキリしたのか、隊長をポイと投げ捨て、どこかへ去って行った。


 壊れたおもちゃのように隊長はぐったりとなる。


「どうです。死にました?」

「意識は回復していないが、死んではいないだろう」


「死ねばいいんですよ」

 オレは吐き捨てた。



「それは困る。彼には、黒幕の居場所を吐いてもらうまでは殺せない。居場所さえ言えば、然るべき処置を施す」


 おっかねえ。オレよりドライじゃねーか。


「とにかく、進展があったら連絡するよ」

 司令官は通信を終えた。


「あんたのお父さん、抜け忍だって……」


 優月が、言い辛そうに告げる。


「ああ。そうさ。隠す必要もなかったんだけどな」


 オレの父親は、地球人と恋に落ちた。

 それで、オレが産まれる。

 しかし、それは、許されざる恋だった。



「どうして? 愛し合っていたんでしょ? 別に地球人と付き合っててもいいじゃない」




「交際相手が問題だったんだよ。優月君」

 カガリが、話に割って入る。



「それって、どういうこと?」




「MIBだったんだ。オレのオフクロは」





 忍者や海賊、銀河警察などの宇宙関連機関とMIBには、掟がある。



「両名は深く関わらないこと」


 地球の文化を守る以上、欠片などの秘密が地球に漏洩してはならない。


 欠片を扱う忍者といえど、いつ心を乱されるか分からないため、そう決まっていた。

 結婚など、もっての外なのである。


 MIBの方も、メモリーイレイザーなど、オーバーテクノロジーを多数保持している関係上、秘密保持が厳重で、情報漏洩を何よりも恐れている。


 他勢力とあまり深く関わらないことが鉄則だ。


 だが、オレの父はそれを破った。

 それだけ、母を愛していたのだと思う。



「虎徹君の母君から記憶を消したのが、ボクたち十文字家。ボクの父さ」


 二人はどこで何をしているのかは、オレにも分からない。


「前に言ったろ。オレは家族を人質に取られてるって。そういうわけだ」


「十文字家だけが、二人の所在を知っているのさ」


「ひどい……あんまりじゃない!」

 優月は眉をひそめた。



「そうでもない。記憶を消される前に、オレは母親と写真を撮っているんだ」


 スマホを出して、母と写っている写真を見せる。

 当時、オレはまだ赤ん坊だった。

 けれど、温もりはなんとなく覚えている。


「あんまりよ。幸せそうなのに、どうして離ればなれにならなきゃいけないの?」

 優月が口に手を当てた。夕陽に照らされて目が光り出す。


「仕方ない。オレたちは忍者だ」


 オレ達はいつ死ぬか分からない。

 そんな戦いに地球人を巻き込むなんて許されない事である。


 ましてや相手はMIBだ。宇宙の秘密を握っている。

 だから余計狙われてしまう。


「泣くな。お互い分かり合ってオレが生まれたんだ」


 今は両親に感謝している。優月にも。


『優月様は、こういう話に弱いのです。長い間、天涯孤独でしたから』

 優月の同志パルであるロンメルが、相棒にハンカチを差し出す。


「その後、この道場に引き取られたの?」

「ああ。最初はヒドイもんだった」



 周りが全て敵に思えて、オレは周りと打ち解けられなかった。

 実際、オレは家族を忍者に奪われたのだ。表現は間違っていないと思う。


 修行もサボり、毎日迷惑ばかり掛けて。


「わたしだけには優しかったよね、お兄ちゃんは」


「こいつだけはオヤジの事とは関係ないからな。血が繋がってるってのもあるし。何より小さかったし」


 だがある日、オレは緋刀と戦って死にかけた。

 あいつが亜也子の大事なものを、奪おうとしたから追いかけたのだ。


 オレが話している途中、亜也子がショートカットの髪から、髪留めを外した。

 手の平で、ビー玉のような物を転がす。

 お気に入りの髪留めだ。


「それって、大戸惑オオトマトイ? ヒュドラが持っていた」

 四つん這いになって、優月は亜也子の元へと這っていく。


「似てるでしょ、緋刀の眼帯に埋め込まれていた宝石に」


 ウンウンと、優月が首を振る。「欠片じゃないの?」


「ただのオモチャだよ。両親から初めてもらった物なの。でもね、緋刀はこれを欠片だと勘違いした。わたし、ずっと大事にしていたから」


 宇宙忍者組織を抜け、緋刀はウチに保管していた欠片を根こそぎ奪おうとしていた。


「お兄ちゃんね、わたしのために、取り返してくれたんだよ。必死で緋刀を追いかけて、死ぬ思いまでして」



「そんなカッコイイもんじゃねえよ」と、オレは首を振る。


 そうしなければ、自分の居場所がなくなっちまうんじゃないかって思っていただけで。


 亜也子の宝物を取り返したのが油断を誘ったのか、オレは崖から転落し頭を強く打った。


 髪留めを奪おうと、緋刀が迫るのが見えたのが最後の記憶だ。意識を失いかけながら、それでも髪留めを強く握って、守ろうとしたっけ。


 救ってくれたのはジイサマだ。クナイを緋刀の目に突き刺したらしい。


 しかし、緋刀には逃げられてしまう。


 亜也子は、死にかけていたオレの手をずっと握ってくれていたのを、オレは忘れない。


 従姉妹だけじゃなく、ジイサマも、亜也子の両親も、オレを心配してくれた。抜け忍の息子であるオレを、本当の家族と思ってくれているかのように。


 それが転機となって、オレは少しずつ打ち解けようと思った。その頃からだ。毎日必死で修行に励むようになったのは。


「あんた、辛かったのね」

 オレの話を聞きながら、優月はずっと泣いている。

 優月はかなり泣き上戸のようだ。


 さりげなく、亜也子がティッシュを提供する。


 ティッシュ二、三枚では追いつかないほど、優月は鼻をかむ。


「そうでもないさ。辛いと思っていたのはオレだけだった」



 突き放していたのは、オレの方だ。

 周りは心配してくれていたのに。

 その優しさに気づくには、結構な時間が必要だった。


 優月には家族がいない。

 支えてくれるのは、小型端末のパルだけ。


 そう考えると、義理の家族とはいえ、オレは恵まれている。


 泣いている優月を見て、オレは改めて実感した。

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