スゴイ! ヴォイニッチ手稿!

「おう、またやるか?」

 再び、オレも流星刀を起動させる準備をする。


「欠片はオレたち忍者が管理するぜ。海賊は、おとなしく宇宙へ帰りな」


「あたしたち海賊が正しく運用するべきだわ。あんたたちなんて、単に保護するだけじゃないの。それじゃあ宝の持ち腐れよ」


 保護を優先する忍者に対して、海賊はオーパーツの欠片を「貴重な資源として有効活用するべきだ」と提唱している。これまでも、両者の間で話し合いの場が持たれたが、譲歩案などは出されていない。


「それとこれとは話が別だ。オレ達は欠片の力を慎重に扱ってる」


「自分たちばっかり特別扱いって言いたいわけ? 笑わせないでよ! 真の力に触れてもいないのに、ないと決めつける。アンタたち忍者の思考回路自体がナンセンスよ!」


「そのせいで、どれだけ文明が滅んだって言うんだ? 火星や水星だって、元々人が住んでいた星だった。欠片の力に関わりすぎて滅びちまったってのに!」


 大げさに、優月がため息をつく。

「呆れた。そんな大昔の説を信じてるの? さすがMIBの犬ね!」


 MIBは有史以来存在する組織だと言われている。忍者の服が黒いのは、MIBと同一の役割を果たしていた名残だ。


「テメエら宇宙海賊だって、星雲大帝の下部組織なんだろ?」

「あんな野蛮人共と一緒にしないでよ!」


 いよいよ戦闘再開となる瞬間、カガリが間に入って止めに入った。 


「やめるんだ、ユーニス・ブキャナン君。これはデートだ。ここでケガでもしたら大変だ」


「はあ? 何が悲しくてこんな奴とデートなんかしなきゃいけないのよ!」


「それが任務だ、って言ったら?」



 優月は武器を納めた。ムーンダンサーが浮遊端末へと姿を変える。


『なるほど。では、十文字カガリどの。あなたがこのデートを企画したとして、目的は何でしょう? まさか、本当に優月様とこの忍者との間を取り持つ、恋のキューピットになられるつもりだとは仰いませんよね?』


「それでもいいかなーって思ってる」

 腕を組んで微笑むカガリ。


「おい、てめえ! 冗談にしても程があるぜ」

「そうよ、誰がこんな!」


 オレたちを、カガリは手で制する。


「まあまあ、抑えてくれ。任務というより、頼みだね。さっき話してただろ? オーパーツの欠片のこと」

「どうせまたレプリカだろうけどな」


 世界中でオーパーツ呼ばわりされている物は、実はレプリカであり、本物ではない。本物は即時に回収され、銀河警察やオレたち忍者が管理する。でなければ、技術が悪党の手に渡り、大変なことになるのだ。


「あれは、地球では《ヴォイニッチ手稿の原典》と呼ばれている。君たちがオーパーツの欠片と呼んでいる物質の一つだ。それを回収するのが任務だよ」


 ヴォイニッチ手稿とは、ポーランド系アメリカ人で古書収集家ウィルフリッド・ヴォイニッチが、一九一二年にイタリアで同書を発見した手稿である。


 欠片は、その大元だという。


 作者不明。いつ頃に書かれて、何語で書かれているかも不明だ。一説では、薬草学のことが色々書かれているのではと言われている。


「偽書って噂も絶えないよな、それって」

「解読者のひとりは、『解読できても、植物辞典が出来上がるだけ』って言っているわ」


 オレと優月とが、手稿にまつわる逸話を語り合う。


「けれど、原典は恐ろしい力を秘めているらしい。鏡華君は、それの回収を目論んでいるみたいなんだ」


 頼まれるまでもない。それら欠片を保護するために、オレ達忍者は設立されたのだ。


「オレ達、両陣営に頼むのか? どちらか、片方にじゃなくて?」

「それで、今回のダブルデートってワケだ」


 オレと優月も同じような難しい顔をした。


「この二人は、どうも欠片を接点があるらしい。それを調査してもらいたいんだ」

「わかった。それで、二人を泳がせて、欠片の所在を突き止めろと」


 カガリの主旨をオレが代弁する。


「話が早くて助かるよ。では早速、二人にはカップルのフリをしてもらうから。鏡華君と太一君両名に怪しまれないためにね」

「それは断る。どうしてオレが、海賊とデートしなきゃなんねえんだよ?」


「……その言葉も、想定通りだよ」

 カガリが笑顔のままため息をつく。


「忍者の言う通りよ。普通の尾行ならまだしも、デートなんてありえないわ!」

「彼とのデートは嫌かい?」

「ええ。忍者は信用できないわ。いつ寝首をかかれるか」


 優月は、オレに敵対の視線を向けてきた。

 さっき怒らせちまったしな。


「もし、それでも断ったら、アタシはどうなるの?」


「宇宙海賊だという事を銀河警察に報告する。惑星外追放扱いになり、身柄を銀河警察預かりになる。まともに活動はできないよ」


 くっ、と優月は歯を食いしばる。


「どうしてもデートじゃないとダメか?」

「デートの方が自然だからさ。いざという時に二人を守りやすい。素直に護衛ですって言ったら、かえって敵にも警戒されるからね」


……敵だと?


 優月が腕を組む。


「どうして二人を守る必要があるんだ?」

「どういうわけか、二人を狙ってる奴らがいる。それと、欠片は絶対に、奴らの手に渡してはならないんだ」

「奴、だと? 欠片を狙っている奴らがいるってのか? 誰から欠片を守ればいいんだ?」



「星雲大帝、だよ」



 マジかよ。宇宙最強の軍団のボスじゃねえか。


「彼が地球に降りているという情報をキャッチしたのが数週間前。しかし、未だにシッポを掴めないでいる。頻繁に外宇宙とコンタクトをしているのは確からしいんだけどね」


 煮え切らない返答だ。しかし、所在までは分かっていないのは断定した。巧妙にカモフラージュされているという。


 その巧妙さが、星雲大帝の仕業だと、かえってMIBに思わせた。

 天才的なテクノロジーがある割には、随分間抜けな帝王様だな。


「星雲大帝ですって……」

 なぜか、優月が拳を固める。


「どうした、優月?」




「あんたの提案を受けるわ。カガリ」

 急に態度を変え、優月はデートの提案を承諾した。



「お前さ、何か知ってるのか?」


「アタシも星雲大帝を追ってるの。その手がかりとして、あいつに協力してる奴らをあぶり出してる所よ。それを邪魔してくれたのは、あんただっての」

 優月が腕を組んでそっぽを向く。


「ホントかよ。あいつらと手を組んで、地球支配でも企んでいるんじゃ――」


「冗談じゃないわ!」

 急にムキになって、優月はオレを睨む。


「まあまあ」と、カガリがオレ達の間に入る。「ケンカはやめてくれよ。僕が二人の戦闘に割って入ったら、ボクなんて一瞬でお星様になっちゃうよ」


 そうだ。MIBって戦闘はからっきしだったな。


「太一が、星雲大帝と関係があるのか?」


 あるわけないと思うが。


「まだまだ調査中だよ。分かり次第、連絡を入れる」と、カガリは首を振る。


「続いて虎徹君、キミは、特に何にもならないよ。その代わり……」


 カガリは真剣な表情を向けてきた。どこか、カガリ自身もノリ気じゃないような。



 そういうことかよ。



「……わかった。引き受ければいいんだろ?」


「ごめん、虎徹」と、カガリがオレに詫びを入れる。


「どういう事? ねえ、忍者」




「家族を人質に取られてるんだよ。オレは」




 詳しくは聞かないでくれ、とだけ、オレは優月に告げる。


 優月もそれ以上、何も聞こうとはしなかった。


「とにかく、欠片があんな危険極まりない異星人の手に渡ったら、とんでもないことになる。絶対に星雲大帝より早く手に入れるんだ。オーパーツの欠片が手に入るまで、二人はケンカしないこと。仲良くするんだよ」


「善処するよ」


「冗談じゃないっての」


 カガリは「じゃあ」と、オレ達の前から姿を消す。

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