【2-1b】蹴散らせ 意志を貫いて

 『自由』を掲げた迅たちを伴う魔族の進軍が始まった。セフィロトを解放するためには、王都ダートまで、ケテル共和国の都を経由して海を越えなければならない。


 則ち、一度は越えた砂漠へ再び引き返さなければならない。


 幸い、オルフェの考慮で往復分の水は確保していた。しかし、ひかるやエヴァン、ソードハンター、魔族たちが一行に加わり水の配分等は困難を極め、空を飛べる魔族たちの手を借りてオアシスを探し回ることとなった。


 そして再び砂漠を越え、精神や体力が消耗しきってケテルの都に到着したとき、彼らを待ち構えていたのは……、


「来たぞー!!」「あれが魔王軍!? 人間も混じってるぞ……!?」「構うな! 聖女に仇なした敵だ!」


 武装したトリックスターたちが勢揃いだった。学院の生徒たちはAクラスからBクラスまで霊晶剣を構え、霊晶剣を持たない戦士たちも中にはいた。


「クソが……! 死にものぐるいで帰ってきたのによ……!」


 気力が切れかけている鉄幹が悪態をつく。ここにいる誰もが自分の体力の限界をむかえていた。


ただ一人を除いて。


「一度は意志を掲げたトリックスターがこのざまか。呆れるな」


 そう言って迅たちより前に空から舞い降りたのは、竜のような翼を広げた魔王エヴァン。威圧を放つその風体から相対するトリックスターたちは武器を構えて気を引き締める。


 エヴァンはレヴァテインを引き抜き、その剣先を突きつける。


「聖女の教えを乞うた者どもよ。俺が魔王だ。俺を倒すために研鑽を重ねたはずだろう? かかってこい。魔王直々、胸を貸してやろう」


 トリックスターたちは一時は沈黙するが、先頭の学院生たちが雄叫びを上げて魔王へ駆けていき、それにつられて後の者たちも続いていった。


 エヴァンは口元を歪ませ、紫のオーラを纏ったレヴァテインで地面を一閃した。


 地面から紫の光波が立ち上りトリックスターたちの障壁となった。霊晶剣を持つ者たちが魔法を放つが、光波に当たると霧散する。


 こちらに近づくこともできないトリックスターたちにエヴァンは嘲笑した。


「くだらん……! 英雄の教えで得た力がこの程度か! 貴様らでは勇者どころか道化にもなれん……!」


 エヴァンはレヴァテインを突き立て、そこから地面に亀裂が走る。光波の障壁を越えてトリックスターたちの中心まで入った亀裂から紫の光波が吹き出すとトリックスターたちは高く吹き飛んだ。


 その圧倒的な力を後で目にした迅たち。しかし、迅はハッとして皆に言う。


「これじゃ死者が出るかもしれません……!」


 迅の言葉にオルフェは頷く。

 

「王国に渡るには船が必要だ。殺してはいけない。戦意喪失に追い込む程にしなければ……」


 とは言うものの、砂漠を越えてきた彼らにとてもそのような体力はないと、ここにいる誰もが分かっていた。


 そこに、ソードハンターが呼びかけると瓶を6人分投げ渡す。迅たちが受け取ると、瓶には水色透明な液体が入っている。


「そりゃ『アレ』だ。えぇっと……。いいから飲みな!」


「不安だわ! このタイミング、栄養剤だよな!?」


「そう! それだ! てっ……テツアレイ!」


「『アレ』とゴッチャにすんじゃねぇ! 鉄幹だ! てか本当に大丈夫だろうな……?」


 鉄幹は瓶を見て躊躇するが、その傍でオルフェは瓶の中身を飲み干していた。手の甲で口元を拭う。


「先に失礼するよ。教え子たちを死なせるわけには行かないんでね」


 そう言うとオルフェはティルフィングを引き抜いて、まるで疲れなどなかったかのようにトリックスターたちの軍勢へ駆けていった。


 続いてイリーナも栄養剤を飲み、隣で瓶に口をつけようとしていたクロエに「ちょっとだけよ」と言い聞かせる。


 迅とひかるもお互い目を見合わせ、栄養剤を飲む。次々とソードハンターが渡した物を飲む仲間たちの中で鉄幹はあたふたするが、意を決したように瓶の中身を一気に喉に流した。


 すると、オルフェの動きに納得する。鉛がついたように重かった体全身が軽く、力を入れられる。


「エヴァンさん! 後は俺たちがやります!」


 そうエヴァンに語りかけると、エヴァンは霊晶剣を左腕に仕舞う。そして、気力を取り戻した迅たちを見るなり鼻で笑った。


「では、高みの見物をさせてもらうぞ。行け! 魔王一味よ!」


「うっせぇ!!」


 鉄幹が一蹴すると、迅たちは相対するトリックスターたちへ向かって行く。






「オルフェ教官! あなたも魔王の軍勢に寝返ったのですか!!」


 魔王たちを迎え撃つトリックスターの中には学院の生徒、つまりオルフェの教え子たちも加わっていた。


 オルフェに向かって霊晶剣を構える教え子の問いかけに一瞬こそ躊躇するが、すぐに曲剣を掲げて緑色の魔法陣を展開していく。


「私でも迷いもしたさ。でも、私を待っている人がいるんだ。最後まで師になれなかったお詫びに見せてあげるとしよう」


 思考の下で構築した魔法が完成し、オルフェを中心に風が渦巻き、解き放つ。


「己の意志を信じる戦士たちの姿を……!」


 強烈な竜巻が生徒たちを巻き込み散り散りに吹き飛ばしていった。






 イリーナに向かって霊晶剣を持たない戦士たちが斧や槍を振るうが、アスカロンの重い一撃で刃を切断し、複数人が向かってくれば重量のあるアスカロンを投げつけよろめいた所を回し蹴りで追撃する。


 そこでハッと振り返る。剣を抱きかかえるクロエに大人たちが武器をホレホレと見せつけてジリジリと寄って来ていた。


 イリーナはクロエのもとへ走り出すが、それは杞憂だった。


「カラドボルグっ!!」


 クロエが叫ぶと大人たちの真下にパッと落とし穴が作られ情けなく悲鳴を上げて落ちていった。


「クロエ!」


「イリーナっ!」


 イリーナは心配そうにクロエへ駆け寄るが、クロエは嬉々として、掌を高く上げている。


 イリーナは呆れため息をつくが、安堵で微笑み、掌にハイタッチを当ててあげた。






 鉄幹の刀の形の霊晶剣は武器とのぶつかり合いを重ねて、その刃は熱を帯びたような赤に染まり、煙を上げている。


 軍勢との間合いができた頃に、刀身を鞘に納めて腰を落とす。敵は間合いを詰めて大剣を振りかぶる。集中してその一瞬を待っていた。


「行くぜ、クラウ!!」


 鞘の引き金を引いて抜刀ざまに大剣の刃目がけて斬り払った。刃は焼き斬れ敵は唖然とする。


 クラウソラスにはまだ熱が残っていた。目の前の敵を踏み台にして高く跳躍し、後続目がけて振り下ろす。


 クラウソラスから炎の刃が飛び、後続の中心部に着弾すると爆発し、十数人を巻き込んで吹き飛ばした。






「布都御魂!」


 ひかるが剣を掲げると、透明な波が学院生のトリックスターたちに吹き抜けて行き、それに触れた学院生たちは力なく崩れ、スヤスヤと眠ってしまった。


 その後ろに控えていたのは一人の赤いケープを身にまとったAクラスの男子生徒だった。レイピア型の霊晶剣を縦に構え、ひかるに向かって駆けて来る。ひかるは剣を横にして相手の攻撃に備える。


 男子生徒は刺突を繰り出したが、それを間に入って刃を払い上げた者が一人。


「照木くん、ナイス!」


 攻撃を防がれ、男子生徒は迅に狙いを定め剣を振るう。次々と繰り出される技にスキがなく、迅は防戦一方だった。


 そこへひかるが斬りかかって入ってきた。男子生徒は軽快に後ろへかわし、迅はその一瞬を逃さずストームブリンガーを左腕に戻し、オレンジ色の光から次なる剣を引き抜いた。


「ダーインスレイヴ!」


 サーベル型のダーインスレイヴ、その切っ先を相手に突きつけると魔法陣が展開され、中から伸びる鎖を腹にグルグルに巻きつけた。


「うぉぉおお……!! せぃやぁぁぁああ!!」


 後に振りかぶり、思い切り前に振り下ろす。それに同調するように鎖はうねり男子生徒を船着き場目がけて投げ飛ばした。


 水柱を立てて海へ落ちたのを確認した迅は、安堵の溜息を漏らしてその場に座り込んだ。


「よっ! おつかれさん! やるじゃん!」


 と、ひかるが迅の背中を払い叩きからかっている様。しかし、迅はまんざらでもなく口元をニヤつかせた。






 力を振るい相対するトリックスターの軍勢を千切っては投げるように蹴散らしていった迅たちを闘技場の上から見ていたエヴァンはまたもや鼻で笑う。


「道化としては上出来だな。だが道化のままではその剣、聖女には届かんぞ」













 ダート勇士学院学院長室。


 広い室内にビオトープを作り、虫や小魚、草花を生かしている。


 その学院長室に白いケープを羽織ったSクラスの生徒たちが集められていた。


 霊晶剣フラガラッハを操る女子生徒アナスタシア。この世界へ来訪した姉を憎むギネヴィア。100年前の英雄の血統を受け継ぐ王子パーシヴァル。学院最強と謳われたSクラス筆頭アーサー。


 そして、彼らに加えてもう一人。新しいトリックスターがSクラスに配属された。


 『ジャンヌ』が魔王側につき、今や5名の勇者筆頭候補の前にデスクに座った聖女シャウトゥがいる。


 新しいトリックスターを除いた4人が揃って聖女を前に跪く。新しいトリックスターは慌てふためくが、真似をして跪いた。その様子にシャウトゥはほくそ笑む。


「楽になさい。特に『ガヴェイン』。私に遠慮することはありませんよ」


 新しいトリックスター『ガヴェイン』は顔を上げて、


「いやぁ、それでも空気は読まねぇと。あと『ガヴェイン』ってのも慣れないっすねー。なぁ、米原」


 と、隣で跪く米原ことアーサーに振るが、アーサーは応えることはなかった。他の生徒も無遠慮に聖女に軽い口のガヴェインにハラハラしている様子。


 シャウトゥが口を開く。


「さて、皆さん。ジャンヌが魔王側に落ち、魔王軍がセフィロトを狙って進軍を開始しました。ケテルの防衛線が破られるのも恐らく時間の問題でしょう。セフィロトの守護の要はあなた達だけです。そこで、あなたたちに霊晶剣の『奥義』を授けたいと思います」


「奥義……ですか……?」


 ギネヴィアが顔を上げて聞き返すとシャウトゥは頷き、口を弧状に歪ませた。


「あなたたちなら使いこなせるでしょう。禁じられた決戦魔法『剣憑依』を……」







To be continued

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