【9章】自由を掲げる戦い

【2-1a】魔王軍の出陣

 次元の大樹『セフィロト』。


 トリックスターの始まりの街『ダート』にそびえ立つ大樹である。いくつもの並の木の幹が束になったような連理木が雲の上まで突き抜けている。


 その表面にはヤドリギが生い茂り、青白い光に包まれた。


 その大樹を囲むように作られた石畳の広場の中、煌めく大樹を前に百人ほどの人間たちが集まっている。


 8割はとある人物を護衛するダートの騎士たち。残り19人は研究者やダート勇士学院の上級クラスの生徒。生徒はほとんどが青い制服の上に白いケープを纏っている。


 そして、彼らの先頭に立つ一人の女性。


 地面まで届きそうな黒い長髪。前髪の隙間から青い宝石のような瞳が覗いている。


 彼女は『聖女シャウトゥ』。


 学院の創立者にして現学院長。そして、100年前の『勇士戦役』において魔王を討伐した勇者筆頭の一人。その出で立ちは神々しく、聖母を思わせる。


 煌めく大樹の前でシャウトゥは静かに目を閉じながら両手を広げると、その輝きは増していく。一同も目を閉じ、やがて大樹全体が光に包まれる。


 一瞬の眩い光が収まると、大樹の根本から円状の広い光が現れ、その中から一人の人間が現れた。


「なんだここ……? は……? 何これ何これ!?」


 現れたのは青年になる一歩手前程の少年だった。髪は爽やかそうな短髪で、Tシャツから露出した腕は細くも筋肉がついていてたくましい。シャウトゥと同じように耳は丸く、肌も黄色に近い。少年は半ばこの状況が面白そうに慌てふためいている。


 シャウトゥは彼の前まで歩み寄ると、跪く。


「ようこそ、新たなトリックスターよ。ここはアバロン。大樹に導かれた者たちが集う世界。あなたは新しい秩序の担い手として、この世界に召喚されたのです」


 少年はキョトンとする。この場にいる誰もが、読心のブローチがないから当たり前だと知っている。


 少年はキョロキョロ景色を見渡すと、身をワナワナと震わせて、


「これってもしかして、異世界転移ってやつ……? チーレムしちゃうやつ……!? うぉお……! キタァァァアアア!!」


 少年は嬉々として両手の握り拳を天高く上げた。


 その少年を凝視する人物が一人。青い制服の上に白いケープを纏い、黒い髪を揺らす少年。ダート勇士学院Sクラス筆頭のアーサー。またの名を米原切雄。


「……! あれって……、高峰俊児!?」


 突然、現れた少年を見て驚愕すると、少年もまた切雄の姿を見るなり指を指して、


「お前……、米原か……!?」













 そこは見渡す限り白い空間だった。


 地面も空も分からない空間の中で、迅はふよふよと浮いていた。


 すると、目前に黒い火玉が生まれ、それは勢いを増して黒い焔となり、その中に人の形が現れる。


 髪や眼鏡、パーカーの上にブレザーを羽織った姿。紛れもなく迅と瓜二つだ。しかし、色が反転していて、本物の迅の意思に関わりなく口が弧状に歪む。鏡などではない。これは、いつか話に聞いた、


「これが……俺……?」


『初めましてだな、照木迅』


 迅の姿をした何かは迅に語りかけた。


 仲間たちが教えてくれた。気絶すると剣を握り、無差別に襲いかかる迅の姿。おそらく二重人格を患う迅に表れるもう一つの人格。それが、こうしてまるで別人のように対面している。


『どうやら、誤解しているようだな』


「誤解……?」


『俺はお前から生まれたものではない。朧気だが、俺はかつて間違いなく人として生まれた魂だ』


「え? いや、お前はアイツの虐待で生まれたはずじゃ……」


 迅が言う『アイツ』。理由なく迅を虐げていた女、照木麗奈。実の母で、施設に保護されて以来日本で状況を知ることはなかったが、何故か異世界で聖女シャウトゥと名乗っていた。


 迅の解離性同一性障害つまり二重人格は彼女の虐待に起因すると医者も推測していたが、目の前の迅に似た者は否定したのだ。


『お前は己の都合で俺を表に出していたに過ぎない。それを病と勘違いしていのだ』


「お前が……、別の人間の魂? なんでそれが俺に……?」


『さてな……? ヒヒッ……!』


 迅らしきものは、面白おかしそうにもったいぶるが、迅には面白くなく眉間を歪ませた。


『お前を乗っ取って面白い体験をさせてもらった。まさか、剣を喰らうことになるとは思っていなかったぞ。アレはいい……。力が手に入る感覚は面白い……!』


「俺を使って好き勝手してたんだってな。でも、それももう終わりだ。自分であの剣で戦える」


『終わり……? お前はただ歪みの発端となったアイツに反逆の意思を示しただけのこと。俺はまだお前のもとにいる』


「まだなら戦ってやるさ、お前と。俺にやるべきことができたんだ……!」


『ただの虚勢ではないようだな……。ならば、あの剣をこれからも喰わせろ。満足次第では、お前の身体を還してやらないこともない。俺は剣に魂を移し、最強の剣となろう』


「霊晶剣を吸収して、お前が霊晶剣に……。本当にお前は何者なんだ……?」


『俺が何者か……。もう忘れてしまったが、ならばこう名乗るとしようか……』


 迅の形だったそれはうねり、一振りの剣へと変貌した。それは切っ先が平らな漆黒の剣。




『吸魂の剣ストームブリンガー』













「刀憑き?」


 オルフェが初めて聞く単語を聞き返し、ひかるが頷く。


 ここは今は廃墟となっているネイティブの長、つまり先代魔王の屋敷。そのロビーで、ひかるやオルフェ、鉄幹、それからソードハンターも輪になって話し合っている。


「うちの神社……、神様を祀る教会みたいなところで伝わってた刀に取り憑く悪霊です。照木くんには多分それが乗り移ってたと思うんです。オカルトものだとは思ってるんですけど……」


「確かにその二重ナントカっつー病気だけじゃ『アレ』だねぃ。で、その悪霊が魔王しか使えないはずの剣を動かしていたってことかい」


 ソードハンターが顎髭を撫でながら納得している。しかし、鉄幹は一人眉間に皺を寄せ、ひかるに尋ねる。


「けど、迅に悪霊が取り憑いてるって、なんでアンタは知ってんだ?」


 そう聞かれて、ひかるは少し考えたが、やがて悪戯っぽく鉄幹に笑いかけて、


「それはナイショかな。んひひ」


 そうこう話していると、階段から迅が降りてきたらしい。


 迅がなんの話をしていたか聞くと、ひかるが真っ先に「キノコとタケノコどっちが好きか討論してた」とからかい気味に誤魔化すが、訝しげな顔をしていた。


 聖女シャウトゥとの一戦から一夜明けて、迅の起床を最後にして全員この魔王の居城から出る準備が整った。


 迅たちが屋敷を出ると、庭に幾つも作られた簡素な墓の一つの前にクロエがしゃがんで黙祷し、その後ろにイリーナ、それから現魔王エヴァンや残った数人の魔族たちが立っていた。


 迅たちが歩み寄ると、エヴァンたちが気づいたらしい。迅は庭の墓を見渡してエヴァンに聞く。


「この魔族たちもトリックスターだったんですか……?」


「……。そうだ」


 聖女シャウトゥが屋敷に乗りのみ、屋敷に控えていた魔族たちが迎え撃ったが、歯が立たずに殺されてしまった。


 しかし、彼ら以外にも今まで遭遇し、迅が知らず内に倒してきた魔族のことが頭に浮かび、迅はいい表情にはなれなかった。


 そんな迅にエヴァンが見向きこそしないが、語りかける。


「哀れみは必要ない。これがこの世界の戦いの結果だ」


「けど、この人たちも帰りたかったかもしれないんですよね……?」


「こいつらは生きて戦った。覚悟も後悔も自分たちで決着をつけたんだ。どんな形であれ」


 するとエヴァンは霊晶剣レヴァテインを取り出し、迅の眼前に突きつけた。迅は急な事で仰け反りこそしたが、真っ直ぐな視線でエヴァンを見据える。


「下手に他人の遺志を背負おうとするな。お前自身の意志だけで動け」


 エヴァンの言葉に迅は強く頷いた。


 エヴァンは翼を翻し、迅たちや残り少ない魔族たちの前で声を大にして言う。


「これより、セフィロト解放に向け進軍を始める。これは、奴らが掲げる『宿命』と、我々の『自由』を賭けた戦いだ……!」

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