【10章】迷走するトリックスター

【2-2a】汝、帰還を望むか

 昨日に遡る。


 ここは、ダート勇士学院の校舎の屋上に設けられた温室の庭園。


 霊晶剣コールブランドを額に掲げ、精神を統一するように目を瞑るアーサー。赤いオーラが立ち上るが、一分でオーラは消え、思う結果には至らず剣を下ろした。


 傍で見守っていたアナスタシアは心配そうにアーサーに語りかける。


「アーサー、やはり難しいでしょうか……?」


 アーサーは頷きもせず、愛剣を難しい顔で見る。


 聖女シャウトゥから授かった禁断の奥義『剣憑依』。従来、霊晶剣は魔法を使う媒介にすぎず、戦うための体力・技術・精神は結局各々が鍛え上げなければいけないものだが、『剣憑依』は結果的に身体能力を向上させ、人間を超える強さを得ると言う。


 これの習得を課せられたが、アナスタシアやギネヴィア、Sクラス筆頭のアーサーでさえ発動には至れなかった。


 アーサーは再びコールブランドを掲げて念じる。しかし、一分ともせずオーラが消えてしまい、憤りで芝生に剣を突き立てた。アナスタシアは止めるよう肩を掴む。


「ちょっとアーサー、休憩を入れた方が……」


「大丈夫だ……。俺は必ず術を使いこなす……!」


「なんでそこまで……」


「俺は……力を示さなきゃならない……! もう二度とあんな事には……!」


 アーサーの表情が苦渋に歪み、剣の柄を握る力が強まった。




「あ。おーい! 米原!」




 ハスキー調な男の声がアーサーを別の名前で呼ぶ。それを聞くと眉間に皺が刻まれる。その声の元へアーサーは振り向こうとしない。


 アナスタシアが呆れたように声の主に物申す。


「ちょっとガヴェイン。アーサーと旧友とはいえ、新しい名前にも慣れてください」


「わりい。でもオレにとっちゃ、米原は米原だしなぁ」


 ガヴェインは頬を掻き、やっとなんともない顔でこちらに向き、霊晶剣をしまったアーサーの肩に腕を乗せて、


「よっ! 元気か!?」


「……。まぁまぁかな」


 友好的に接しようとするガヴェインだが、アーサーは目線すら合わそうとせず、控えめに、というより拒絶するように肩に乗せた腕を取っ払う。


「お、おい……」


 あしらわれたガヴェインはなだめる。アナスタシアもアーサーの態度に心配して、


「アーサー……?」


「……。なんでもない。次、授業あるから……」


 アーサーはそう言うと、そのまま庭園を後にした。ガヴェインは怪訝な面立ちで見送るしかなかった。短めの頭髪を掻いて、


「なんだよ……、久しぶりに会ったってのに……」


「あなた、アーサーになにかしたんですか?」


 アナスタシアが聞くが、ガヴェインは悩むことなく頭を横に振る。


「何もしてねぇよ。気の合うダチ同士だったんだぜ? 何があったんだ、アイツ?」


「同郷の仲なんですよね?」


「まぁな。オレはサッカー部でアイツは帰宅部だったけど、高校のクラスは同じだったんだ。って言っても分かんねぇか」


「それにしても、アーサーがあんな態度をとるなんて、やっぱりあなたアーサーになにかしたんじゃありません?」


「だから、知らねぇって……」


「『知らない』ことこそ問題じゃありません? アーサーの気に触ること、何の検討もつかないんですか? 自分を疑えないなら、アーサーも私もあなたを認めるつもりはありませんから」


 アナスタシアが冷徹に言い放つと、ガヴェインをないがしろにするように庭園を去った。


 庭園に一人残されたガヴェインは舌打ちをして庭園の土を蹴る。


「なんだよ、つまんねぇな……。汚名返上になんかやっとくかな……」


 悪態をつくガヴェイン。


 すると、庭園に一人入ってきた気配にガヴェインは振り向く。


「お前確か……、ぎ……、ギネ……」


「ギネヴィアよ。アンタどうしたの?」













 黒猫が死んでいた。


 中学校に住みついて生徒や教師からも可愛がられていた一匹の野良の黒猫。


 全身打撲を負い、グッタリと動かなくなっていた所を部活の朝練に来た生徒によって発見された。


 学校中の誰もが悲しんだ。体育館の中で行われた全校集会の中で追悼された。


 そんな中、とある男子生徒が壇上に上がり、黒猫を死に追いやった容疑者を告発した。


「照木迅くんです! 棒で殴っているところを僕は見ました!」


 整列する幾人の生徒の中の一人に注目が集まった。本人は訳が分からず慌てふためいて右往左往する。


 迅に浴びせられる目線。ある者は愕然とし、ある者は冷淡な眼差しで見据える。生徒だけではない。教師からの目線も迅に突き刺さる。


「お、俺は……、やってません……」


「なんで殺したの?」「またとぼける気かよ!」「照木くんならあり得るかもね」「そんな……、クロちゃんかわいかったのに……」「なんで自信なさげなわけ?」


 迅は自身でも確証が持てず、弱々しく疑いを否定したが、周囲から避難を浴びせられた。


 集会は解散となり、迅だけが体育館に残って教師たちから問い詰められる。


「本当に君がやったの?」「また『僕は知らない』か……。今更通じると思うのか?」「小さな動物にも尊い命が……」


「本当に……、知らないんです……。俺は帰ったら下宿にいて……」


 迅の否定する声が弱々しい。『もしかしたら』という疑いが拭えず、その場を凌ぐ為に頭を下げて謝罪を口にした。


 教師たちの質問攻めから解放され、トボトボと校舎の廊下を歩く迅。


 壇上で迅を告発した男子生徒とすれ違うと、クスクスと笑う声が聞こえてきた。




『覚えているか……? 元の世界の出来事を……』




 背後からよく知っている声にそう語りかけられた。


 すると、時が止まったように、廊下の生徒たちの歩きや話し声が止まる。


 迅が振り返ると、黒い焔に包まれた、迅と同じ姿をした者が立っている。


「ストームブリンガー……」


『不都合なことがあれば俺に代わり、粛清してきた。その結果がこのざまだ。元の世界に帰るならば、この仕打ちは続くだろう。不幸と理不尽に塗れた世界に、お前は戻れるのか……?』


 その問いかけに一度は沈黙する迅。


 小学生の頃から人が変わったかのように攻撃的になり、我に返るなり「俺は知らない」と主張していた迅。


 それは解離性同一性障害、つまり二重人格であると診断され、誰か告げ口したのか中学校では噂として広まってしまった。


 そして先程の出来事は、別人格の存在によって自分ですら否定が難しい出来事をでっち上げられたのだろう。


 目の前のストームブリンガーから解放され、元の世界に戻れば、別人格もといストームブリンガーを盾に被害からの逃避は出来ず、二重人格の事実を知る者たちから何をされるかは分からない。


 しかし、首を横に振る。


 迅に振り返って微笑む少女。その顔を思い出して、


「今は、帰りたいかな。そりゃ、悪いこともあるだろうけどさ。でも、あの人と過ごして楽しいのは、きっとあの世界だろうから……」


『あくまで地獄への帰還を望むのか。なら、絶望するまで抗うがいい。そうでなくては面白くないからな』


 黒い焔に包まれたもう一人の迅の姿は焔とともに消え去り、迅をとりまく世界が白に染まっていった。













「……るきくん……。照木くん……!」


 意識が目覚め、自分を呼ぶ声に目を開くと、簡素なベッドの側に茶髪と青い服の誰かが座っていたが、眼鏡がないのでぼやけている。しかし、その声で誰なのかはハッキリしていた。


「先輩……。おはようございます……」


 目覚めたのは壁や床が木製の部屋。迅は寝る前の記憶を辿る。


 ケテルの京都にて戦士たちの軍勢を仲間たちで制したあと、迅はトリックスターたちの霊晶剣を何本か吸収し、魔王エヴァンの剣に物を言わせた脅迫と、オルフェの「私たちがいれば元の世界に帰れる」という交渉によって船をダート王国領の港まで出してくれることになった。


 そして、今は海路の途中。戦闘で疲れ果てた迅はベッドに倒れ、今に至る。


「おはよっ。てかうなされてたけど大丈夫? はい、これ眼鏡」


「あぁ、すみません」


 ひかるから手渡された眼鏡をかけることで鮮明になる視界。側に座っているひかるの端正な顔立ちがハッキリ見えると迅は目線を横にずらしてしまう。


 クスリと微笑むひかるに迅は眉をひそめ、別の話題をふる。


「ていうか、うなされてました?」


「うん。なんかうめき声上げてさ。あ、腕組んで寝ると悪夢見るって言うからやめた方がいいかもよ?」


 悪夢。そう聞いた迅は俯く。





『不幸と理不尽に塗れた世界に、お前は戻れるのか……?』




 ストームブリンガーが問いかけたことを忘れることはなかった。不意に迅は口を開く。


「先輩は、元の世界に帰りたいですか……?」


「は? なに急に?」


「あ、いえ。なんとなく……」


 特に理由がないという突然の疑問だったが、ひかるは腕を組んで堂々と、


「そりゃあね。スマホ使えないでしょ? コーラはないし、ゲーム出来ないし、あとは……」


 と指を折りながらアバロンにいられない理由を並べる。その様子にクスリと迅は苦笑する。ひかるはムッとして、


「なに?」


「あぁ、すみません……。先輩らしいなって。でも確かに俺も久々にゲームやりたくなりました」


「でしょ? 早く戻んないと流行に遅れちゃうよ、私ら。んで、帰ったら即行ハンバーガーとコーラをいただきます、ってプランね」


 ある種安心させるようなひかるの思考に迅は「ははは」と愛想笑いしてみせた。

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