【7章】悲恋のアリーナ

【1-7a】闘技大会への招待

「そうか、ネイティブの一人がな……」


 暗い玉座に座り込む魔王が呟いた。その午前に甲冑に覆われた何者かが跪いている。


「申し訳ございません。これはかの者に『保護』を命じた私の責任でございます。いかなる罰もお受けします」


「……。必要ない」


「ですが……!」


「荒くれ者たちを束ねるとはそういうことだ。それでもお前は統制を取れている方だ。必要以上の戒めは必要ない」


「寛大なるお慈悲、痛みいります」


「他に報告は? 学院とやらに探りを入れていたはずだ」


「ハッ。近々、ケテル共和国で開かれる『剣聖祭』に『かの者』が訪れるということです」


 かの者。それを聞いた魔王の口元が笑みで歪む。甲冑の人物は報告を続ける。


「奴がセフィロトを離れる唯一のチャンスです。ここは、進軍で攻め入る時かと」


「くっ……、くくくっ! そうか……。奴らの……。いや、『俺たちの』記念すべき日に……。皮肉だな」


  魔王は頭を押さえながら低く笑う。


「いいだろう。進軍の手はずを整えろ。俺も、その時まで剣を磨くことにしよう……」













 集落に隣接する湖のほとり。湖面に雲で隠れた半月が浮かぶ。


「ふっ! はっ! せいっ!」


 銀の鞘を地面に置き、今は黒い刀身のままのクラウソラスを縦に振る鉄幹がいた。振るうとともに顔に流れた汗が散り、月光が反射して輝く。


 誰かの気配がした。振り返った先に立っていたのは、


「迅」


「あ、ゴメン。邪魔して……」


「いや、キリいいわ。もう寝とくか」


 地面の鞘を拾い剣を納めると、赤い光となって左手に吸い込まれる。赤い片刃の剣印が、白いシャツ越しに光る。


「鉄幹。クラウさんのことは……」


 腕を見つめる鉄幹に迅が語りかけたが、鉄幹の鋭い視線に言葉を失った。ええっと、とあたふたして言葉を探すが、


「気ぃ使うな、迅。オレもちょっと落ち着いてきた」


 鉄幹は笑ってみせた。


 クラウを失って霊晶剣となった後、鉄幹は誰とも口を利かず、飯も食わずが数日続いた。しかし、こうして迅と言葉を交わせるようにはなっているらしい。


「せっかく、いい感じになれたのによ、あんなことになっちまって……。ただ悔しくて、仕方なかった。さっきまで、それしか考えてなかった……」


 一つ間を置いて、左の袖を捲り、剣印を見る。


「今まではよ、嫌なことあったら、ほっぽってグレるだけだった。妹……、秋子が目を覚まさねぇときもさ、逃げるみたいに近場の神社行ってさ、そんでここに来て、秋子のこと忘れようとしたけど、やっぱ無理だった」


 クラウが死ぬ前に、迅も鉄幹から聞いていた。鉄幹の妹秋子がピアノの教師に指を怪我させられた。教師は透かした顔で無罪を訴え、周りも疑わなかったこと。その腹いせに教師に手を上げ退学になったこと。


 鉄幹は左手首を強く握る。その顔は辛さで歪んでいた。


「でもクラウが、『悔しいなら戦え』ってオレに言ったんだ。オレみたいなクズと一緒に戦ってやるってさ。だから……、決めた。オレは帰る。帰ってクソ野郎に罪を償わせる!」


 真っ直ぐな視線で迅に訴えかけ、迅は微笑んで返す。


「俺も鉄幹の望み、叶えたくなったよ」


「ばーか」


 鉄幹は迅に近づくと、イタズラっぽい顔をして迅の額に軽いデコピンを食らわせた。しかし若干強かったらしい。少し仰け反った。


「あ、いった!」


「会いたい? 誰にだよ?」


 冗談っぽく笑う鉄幹に、迅は額を押さえて、


「先輩にだよ」


「だろ? オメェは、オメェのやること忘れんな。コイツはオレのエゴだからよ」


 鉄幹はハウスに向かって歩き出す。迅もそれについて行く。夜の寝静まった集落に冷たい風が吹いて、鉄幹が強いクシャミを響かせた。













 翌日。午後3時頃。


 迅含む採取班は、剣が使えるということで鹿の狩猟に駆り出された。鹿を仕留めるのは迅を除く霊晶剣を使える3人が担当し、同行した大人たちが血抜きや解体をやってくれた。


 解体した鹿の肉を棒に括り付け、集落へ運び出す。その帰りの出来事である。


「やべぇ……、マジでリアルモンハンやっちまった……」


 棒の片方を担ぐ鉄幹がブツブツと言っている。その隣で手ぶらで歩くクロエが話しかける。


「テッカン、それさっきも言ってた」


「クロエぇ……、オレだってなぁ、相手が動物でもなかなか抵抗あるんだぜ? なに、慣れてんの?」


「ママと一緒にお魚取ったよ」


「魚釣りならやったことあるがなぁ……。なんか重みが違うっつーか」


 初々しい鉄幹を大人の男たちは豪快に笑う。


「オジサンも最初はそんなもんだったなぁ。でも、魔法で狩りなんて初めてだな。次も頼むわ」


 こうやって話し込んでいると、集落の入り口にたどり着く。そこにアルドとディーンがおり、こちらに気づくと駆け寄ってきた。


「なんか、お客さん来てるよ? 迅たちに用があるって」


「俺たちに?」


 迅たちはお互い顔を見合わせる。ハウスに来ているということで、そのまま男性用ハウスに入ると、


「えーと……、これマークが全部一緒だから、ストレート?」


「フラッシュ。ワタシはフルハウス。アネの負け」


「ええー!? ゼッタイこれの方がすごいってー!」


 青緑の髪を各々ツインテールとショートにした少女たちが、迅たちが紙で作ったトランプで遊んでいた。迅が最初に話しかける。


「あのー……、君たちがお客さん?」


 迅たちに気づいた二人はこちらを向いて、


「あ、チャリーッス!! お邪魔してまーす!」


「チャリーッスは違う。若者の中で流行しているのはチョリーッス。」


 ツインテールが無邪気に挨拶し、ショートがドライにダメ出しする。二人が揃って着ているのは学院の青い制服。そして赤いケープはだった。


「あっ! お前らあん時の!?」


 鉄幹が思い出したらしい。迅も髪型が違うとはいえそっくりな顔立ちと青い機械的なモノクルに見覚えがあった。


「ああ! あの時のお兄さん! あれから人は見つかったー?」


「ああ……、あん時はサンキューな……」


 鉄幹は斜め下に俯く。人探しの結果はここにいる誰もが知っている結果だ。客の二人ははてなを浮かべるが、話題を変えるように人が、


「ところで、俺たちに用って言ってたけど……?」


「ああ、はいはーい! アタシはティエン! こっちは妹のユエ! アタシたち最近こっちに来たトリックシスターズでーっす!」


「学院から手紙を預かってきた。コレ」


 ショートの妹ユエが便箋を迅に手渡す。不器用に封を切ると、一通の紙が入っていた。アバロン文字で書かれている。迅が声に出して読み上げる。


「『ジンテルキ、テッカンタダ、その他トリックスターへ。

 前略。

 あなたたちが学院に属さぬまま、4本の霊晶剣を所有していると聞きました。

 そこで、2週間後にケテル共和国で開催される剣聖祭の闘技大会。トリックスター部門に参加してください。引率はあなたたちに馴染みがあるオルフェ先生にお願いすることができます。

 強制するものではありませんが、返事はなるべく早めにお願いします。

 ダート勇士学院 Sクラス所属 パーシヴァル』」


 更に便箋の中身を見ると、チケットが4枚入っていた。


 迅や鉄幹たちはお互いの顔を見合わせる。皆表情からよく理解できなかったらしい。


「……。4本の霊晶剣? オレたちのことだよな?」


「どう考えてもそう」


 鉄幹の確認にユエが手紙の事実を肯定する。


「えーっと……、なに? アタシたちに闘技大会に出ろって?」


「だーかーら! そう書いてあんじゃん!」


 イリーナの確認にティエンが答える。四人はそれでも沈黙し、


「は……?」


 口から漏れた素っ頓狂な言葉がきれいに重なった。


「いやいやいや、なんでオレたち?」


 鉄幹が聞いても双子は知らないと揃って首を横に振る。今度はイリーナが、


「てか、誰? パーシヴァルって」


「パーシヴァルはSクラスの先輩で、王国の王子様だよ! 優しい王子様だけど、アーサーほどじゃないねー」


「それより、参加するのか意思決定は早めに」


 なんとも言えない空気が漂い、イリーナが口を開く。


「ええっと……、どうする……?」


「どうするって、オレたちに参加する義理はねぇだろ?」


「でも、お祭りには行きたい。チケット置いていってくれたし」


 チケットをヒラヒラさせるクロエに迅はチケットを見せてもらうと、大会参加者へ向けたチケットらしい。


「観戦ってわけにはいかないみたいだね……。大会に出ないとこのチケットは無効だ」


「……。ねぇ……」


 イリーナが悩みながら、双子に尋ねた。


「この大会、ナーディア……、ギネヴィアは出るのかしら……?」


 ギネヴィアもといナーディアはイリーナが探している妹で、今から一ヶ月ほど前に偶然出くわすなり、殺意を剥き出しにして剣を向けてきた。あれから、オルフェをパイプに会えないか試したところ、都合がつけられずに会うことも話すこともできなかった。


「ギネヴィア先輩は出場します。アーサー、アナスタシア先輩、それからジャンヌ先輩を伴って」


 ユエが答える。やはりナーディアが出場するらしい。迅はその面子の名前を聞き逃さなかった。


「アーサー……、米原切雄と一緒にか……」


「てか、ジャンヌ? 誰だそりゃ?」


 鉄幹が頭を捻って疑問を口にする。アナスタシアは鉄幹の戦力裁定に立ち会っていたらしいので知っているが、『ジャンヌ』は知らないらしい。


「ジャンヌ先輩はぁ、一年前にこの世界に来たSクラスの先輩だよー。からかうと面白いお姉さん!」


 ティエンが嬉々として答えた。すると、イリーナは真摯な眼差しで、


「みんな。この大会、アタシは出たいのだけど……」


「妹と会えるからか……。けど、したらクロエと迅を戦わせることになんだぞ?」


「別に勝つ必要はないわ。会って話をするだけなんだから、なんなら途中で棄権してもいいんだし。テッカンは、出場するなら優勝したい?」


「……。挑む戦いは逃げねぇのが男のロマンだけどよ、別に目立つのもガラじゃねぇ。オレはお前らがいいって言うならついてくぜ?」


 と鉄幹は迅とクロエに向いて尋ねる。


「どうする? お前ら」


 クロエと迅はお互い向き合って、強く頷きあった。

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