【1-7b】驚愕の再会

 ケテル共和国。ダート王国の隣国で、黄道に近いため熱帯気候となっている。また、海にも接しており、食べ物やビーチなどの避暑観光地としても有名である。迅はマレーシアの文化に近い印象を受けた。


 そして、闘技場で行われる闘技大会をメインとした『剣聖祭』が今日と明日、2日に渡って行われることとなる。


 石を積み重ねて建造された堅牢な闘技場『ケテルアリーナ』周辺は、戦士たちや観客たち、露店を巡る者やいい席を取ろうと足を急ぐ者たちなどでお祭り騒ぎだった。


 ケテルアリーナ選手用ブロックの観客席。ここは共和国の重鎮たちが座る貴賓席の次に高い位置にあり、更に人通りも少ないためにストレスなく観戦することができる。


 その一角に、オルフェが引率する迅たち4人が集っている。


「まさか、君たちが出場するなんて。相手は君たちと歳近いが、訓練を受けている者たちだ。大丈夫なのかい?」


 オルフェが心配そうに尋ねるが、対照に迅たちの顔はどこか清々しく、引き締まっていた。代表して迅が、


「大丈夫です。いざとなったら棄権しますんで」


「なるほど開き直ってるだけか……。うん、素晴らしいと思うよ……」


「あ! 開会式始まるんじゃない?」


 イリーナが呼ぶと、闘技場の中心でビキニとパレオを身に着けた褐色の女性司会者が立っていた。


「皆様、お待たせしました! これより、第47回剣聖祭バトルアリーナ開会式を執り行います!」


 歓声が湧き上がり、それにつられてクロエも耳を塞いで「ワー!!」と声を上げる。


 この国の首相の挨拶に始まり、次の人にバトンタッチされる。


「続いて、ゲストにお越しいただいております! 現ダート学院長にして勇士戦役の英雄、聖女シャウトゥ様です!!」


 またも歓声が上がり、ゲートから女性が現れた。その時、


「うっ……!!」


 迅が口を押さえて背中を丸くした。皆が顔を覗うと真っ青になっている。


 異様に長い黒髪の女性が四方八方の観客席に向かって手を振っている。


「ジン? どうかしたの……?」


 イリーナが背中を擦るが、大丈夫とも言わず、目尻に溜まった涙が溢れた。


「おいおい……、トイレ行っとけ、トイレ」


 鉄幹が迅を立ち上がらせると、トイレへ連れて行く。


「ジン……、大丈夫かしら……?」


「キンチョーかな……?」


 心配そうにトイレに向かう迅の背中を見送ったイリーナたち。


 一方、聖女シャウトゥの挨拶が続けられていた。


「皆様トリックスターたちにより、この世界の新しい秩序が形作られてきました。人々を傷つける闇は少しずつ払拭され、やがて私達の秩序は確固たる光に照らされる。この大会は、その導き手たる戦士たちを選ぶ試練なのです」













 嘔吐を治まった迅と付き添う鉄幹がトイレから出てくる。迅は自分を落ち着かせるため、通路の壁に背を預ける。


「ふぅ……、ゴメン鉄幹」


「一応出場選手だしな、オレたち。緊張すんのは当たり前だ」


「いや……、それもあるかもだけど、多分違うような……」


 闘技場に現れた学院長の女性。見たら鳥肌が立ち、吐き気が込み上げてきた。一瞬意識が飛びそうな気さえした。それがなぜなのか迅には分からなかった。


 いや、分かりたくなかった……?


「あ、アンタは……」


 通路で出くわしたのは、学院の制服と白いケープを身に着けた黒髪の少年。この間会って間もない顔。


「アーサー……」


「パーシヴァルから聞いたけど、アンタらも出場するんだな」


 アーサーの言葉に「まぁな」と鉄幹が肯定する。


「アーサー……!!」


 通路の向こう側から誰かが駆けてきた。


 その姿に迅は目を大きく見開いた。


「あ……」


 アーサーと同じく学院の制服と白いケープを着た、茶色く染めた髪をボブに切り揃えた人。


 その姿。その声。それは紛れもないあの人だった。


「先輩……?」


 伊吹ひかる。城華大学付属高校に通う女子生徒で、迅の一つ上の先輩。サボりの常習犯で、一緒にゲームをする仲で、神社の巫女をしていて、何かに飲み込まれて行方が分からなくなっていた。


 紛れもない伊吹ひかるがそこにいた。迅の目尻に涙が溜まる。


「先ぱ……!」


「え? 君、誰……?」




 …………。




「え……?」


 耳を疑った。そういえば耳掃除をこの頃していなかったから。そのせいかもしれない。本気でそう思った。


「せ、先輩……。探したん……ですよ……?」


「いや、だから誰? 私の知り合い?」


 確かにそう聞いてきた。本当に知らなそうな顔で。


「……。照木迅、ですよ……? ほら、保健室登校してた後輩の……」


 迅が名乗ると、ひかるは眉間に皺を寄せてうーん、と考え込んでいた。


「ごーめん、私知らないや。似てる人なんじゃない?」


「そんな……! 伊吹ひかるさん……ですよね……? 半年前、一緒にこの世界に来て……」


「ん? 違う違う。私、『ジャンヌ』。こっちに来たのも一年前だし……」


「え……!?」


 自分の名前を否定するひかる。驚愕する迅の横から鉄幹が入ってくる。


「おい。アンタ、いい加減偽名はやめろよ。アーサーと同じだろ? 」


「え? いや、そう言われても……。ねぇ……、アーサー……」


 ひかるはアーサーの側に寄る。二の腕同士が少し触れるほど近く。


「……っ」


 迅の顔が血の気が引いたように青くなる。その表情を見た鉄幹がすごい剣幕でひかるに詰め寄った。


「いい加減にしろよ……! コイツは……!」


「やめろ」


 目を鋭くしたアーサーが割って入って遮る。ひかるはアーサーの二の腕を掴んで後ろに退いた。


「俺の仲間……の前にさ、女の子にそんな物言いはないだろ? もっと紳士的になるべきじゃないか?」


「あ? 外野が入ってくんじゃねーよ? アンタも……!」


 縮こまっているひかるに鉄幹は更に詰寄ろうとするが、後ろから腕を掴まれた。振り返ると迅が腕を掴んでいた。顔を俯けて。


「いい……。俺は大丈夫だから……」


 迅は首を横に振ってそう言うが、鉄幹は納得できないらしい。


「けどよ……!」


「ジャンヌ。行こう」


 アーサーがジャンヌにそう言うと、二人は踵を返して小走りで向こう側へ去って行った。鉄幹は追おうとするが、迅が回り込んで遮るように鉄幹の両肩を掴む。


「待て! ざけんなよ!! 迅が……! どういう思いでアンタを……!!」


 二人は通路を歩く人の影に消えて、見失ってしまった。鉄幹は追うことはやめたが、張り付く迅を引き剥がす。顔を見ると口を食いしばっている。


「んなことでカッコつけんなよ……! それに、アイツに何があったか、何も知らねぇじゃねーか!」


 鉄幹が迅の肩を揺らす。しかし、俯いて黙ったままだった。鉄幹は消えた先を鋭い目つきで睨んだ。


「……」













「おかえり。……、どうしたの……?」


 観客席に戻り、迎えたイリーナも、クロエも、オルフェも意気消沈とした迅に感づいたらしい。鉄幹は迅の肩に手を置いて、


「お前ら、やっぱ棄権はナシだ。ぶん殴らなきゃいけねぇ奴らができた」


「……。なにがあったの……?」


 鉄幹が代わってひかるたちに出会ったあらましを伝えた。イリーナは複雑そうにそれを聞いた。


「うぅん……。身を引くのも大事だけど……」


「でも、ジンかわいそう……」


 イリーナもクロエも一緒にビラを配ったり、迅の想いを親身に聞いていた身としていたたまれない気持ちになったらしい。オルフェは顎に手を添えて考え込んでいる。


「しかし話が妙だね。ジンくんを知らないどころか、『来たのが一年前』か……」


「どういうこと、先生? 話が合わないっていうか……」


 イリーナにも考えが及ばないらしく、オルフェに聞くが、オルフェもすぐに答えは出せなかった。やがて口を開く。


「同時にあの穴に飲み込まれたはずが、こちらに来たのには半年も間がある……。なら、ジャンヌくん……、いや、ひかるくんは半年前のこの世界に飛ばされたのかもしれないね」


「半年前って……! 時間も超えてきたってのか!?」


 鉄幹たちは驚愕するが、迅は項垂れているままだった。


「ただの辻褄合わせだけどね。セフィロトが時間にも干渉するとは、突拍子すぎて私も考えたくはなかったよ」


「ねぇ。話変わるけど、ジンのことを覚えてないって……、記憶喪失にでもなってるんじゃないの?」


「先輩が……?」


 イリーナがふる話に迅は少し顔を上げる。


「もし、そうなら覚えてなくても仕方ないけど……」


「けどよぉ……! 迅があんだけ探したのに、その間勝手にコイツのこと忘れて、男作ったってのか!? オレだったら……、許せねぇよ……!」


「……。仕方ないよ。先輩が彼氏作るの、何回もあったからさ……」


 項垂れながら迅はそう言うが、


「ねぇ、ジン……」


 声をかけたのはクロエだった。


「大会出よう? わたし知ってるよ。ジンが強くてカッコイイって。ひかるって人にすごく一生懸命だったって。だから、ジンのカッコイイところ、見せてあげよう?」


「クロエ……」


 クロエの言葉を受けて迅は顔を上げて、鉄幹は微笑んで迅の首に腕を回した。


「クロエのお墨付きだってよ。いや、オレもあんなモヤシよりお前の方が何倍もイケてると思うぜ。奪い返してやんだよ、お前が」


 イリーナも立ち上がって強く頷く。


「アタシもナーディアとちゃんと話さないとね。ぶつからないと分からないこともあるのよ。テニスと同じでね」


 仲間からかけられる言葉を受けて、迅は俯いて目の潤いを隠そうとするが、眼鏡に一滴が落ちてしまった。

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